7.ミスコンのユリちゃん

「久しぶり、龍之介君」


「ユリ、ちゃん……」


 龍之介は思っても見なかった訪問者に驚いた。

 一度アパートに来たことはあったが汚い玄関を見て帰って行ったユリ。知らない男と一緒に自分をからかいながら振った彼女が、なぜ今更ここに来たのか分からない。



(誰? すごく綺麗な人……)


 部屋の影からこっそり見ていた真琴は、大学一の美女であるユリの姿を見て一瞬で負けを認めてしまった。龍之介が尋ねる。



「ユリちゃん、どうしたの?」


 ユリが少し妖艶な笑みを浮かべて甘い声で言う。



「うん、ちょっと龍之介君の顔が見たいかな~ってね」


「ユリちゃん……」


 美しい金色の長髪。大きく突き出た胸。スタイルも抜群のユリを見て、真琴は同じ女であることが恥ずかしいとすら思えて来た。

 ユリが玄関に置かれた小さなスニーカーに気付いて尋ねる。



「あら、誰か来ているの?」


(わ、私のこと聞いている!!??)


 悪いことをしている訳でもないのに心臓がどきどき激しく鼓動する真琴。



「うん。知り合いの孫の高校生が来てて」


「孫? 女の子なの?」


 龍之介が首を左右に振って答える。



「ううん、男」


「そう……」


 少し安堵した表情になったユリが、一歩龍之介に近付いて言う。



「私ね、あの男と別れたの」


「え?」


 龍之介に自分を振った時にいた金髪のチャラい男の顔が浮かぶ。ユリが言う。



「あいつね。んん、まあ、ちゃんと付き合ってたわけじゃないけど、他の女にも手を出してて……」


(何の、何の話をしているの……?)


 隠れて聞く真琴はとぎれとぎれの会話に耳を澄まして聞く。

 ユリが龍之介の手の届く距離まで近寄る。甘い香り。甘酸っぱい女の香りが龍之介を包み込む。



「ねえ、龍之介君」


「な、なに……?」


 いつもと雰囲気が違うユリに少々戸惑う龍之介。



「私に告ったこと、まだ覚えてる?」



(告った!? りゅ、龍之介さん、あの人に告白したって言うの!!??)


 真琴の心臓は壊れるかと思うほどばくばくと鼓動する。ユリが言う。



「いいよ、付き合ってあげて」



 一瞬の静寂。

 自信満々のユリ。驚く龍之介。さらに驚く真琴。だがその静寂も龍之介の言葉で終わりを告げる。




「いや、無理。ごめん、ユリちゃん」



「え?」


 言葉の意味が分からないユリ。

 目の前の男はずっと自分のことが好きで、私に告白して振られた男。まだ未練があるはず。このミスコングランプリの九条ユリが『付き合ってあげる』と言っているのに、断るはずがない。



「ちゃんと意味理解している? 私が付き合ってあげるのよ? このミスコングランプリのユリがあなたのものになるのよ?」


 ユリは片手を龍之介の頬に当てながら甘い声で言う。



(龍之介さん、断った?? ミスコングランプリって、一体……??)


 まったく意味が分からない状況の真琴。そんな彼女に龍之介の言葉が耳に入る。



「ごめんね、ユリちゃん」


 龍之介は頬に当てられたユリの手を払いながら言う。



「俺、好きな人ができたんだ」



「はあ?」


 告ったのが数日前。まさかの展開にユリの顔が歪む。



「電車でさ、会っちゃったんだ。天使様に」


「て、天使様……?」


 意味が分からないユリが聞き返す。



「ああ、天使様。ひと目惚れって言うか、女子高生なんだけどひと目見た時から心奪われちゃってさ。ユリちゃんは可愛いから俺にみたいのとは釣り合わないよ」


 ユリが首を小さく左右に振りながら言う。



「なんで、なんでよ……、私が良いってい言ってるのよ……」


 龍之介が困った顔をして答える。


「ユリちゃんに告った時は本当に好きだった。でも振られて吹っ切れて、そして直ぐに出会ったんだ。天使様に」



(天使様……)


 その言葉を聞いた真琴が頭の中で繰り返す。



「認めない……」


「ユリちゃん?」


 下を向き小さな声でそう言ったユリに龍之介が声をかける。



「認めないから!! あなたは私のもの!! ユリが付き合ってあげるって言ってるだから、付き合いなさいよ!!」


 龍之介が頭を掻きながら答える。



「ごめんね、ユリちゃん。ユリちゃん、可愛いからすぐに新しい男なんて見つかるよ」


 そう言われてユリはようやく気付いた。



 ――新しい男なんて要らない。あなたが欲しいの。



 また惨めな思いをするのはイヤ。

 また涙を流すのもイヤ。

 どうして自分は目の前にいる男の価値に気付かなかったんだろう。今の彼だったら適当に私と付き合って遊ぶことだってできる。



(でも、そんなこと絶対しないよね……)


 ユリは目からボロボロと流れ出る涙を両手で押さえながら言う。



「……私、諦めないから」



「ユリちゃん?」


 涙で目を濡らしたユリが龍之介に向かって言う。



「私、龍之介君の彼女になるまで頑張るから!! 私が天使になってあげるから!! また来る!!」


「ユリちゃん!!」


 ユリはそう言って目を抑えながら走って出て行った。





「龍之介さん……」


 部屋に隠れていた真琴が戸惑いながら玄関にいる龍之介の元へとやって来る。


「あ、ごめんな。マコ。変なとこ見せちゃって」


「追いかけなくていいんですか?」


 龍之介が首を振って答える。



「うん。行かない。行っちゃダメなんだよ、今は」


(龍之介さん……)


 今行ったらユリに変な勘違いをさせてしまう。自分が今好きなのは『おさげの天使様』だけ。それ以外の女性に勘違いをさせるようなことはできない。



「ごめん、食べよっか」


「あ、はい……」


 龍之介はマコの頭をポンポンと軽く叩くと部屋へと戻った。





「あ、あの……」


 真琴はテーブルに着きながら龍之介の顔を見る。



「ああ、さっきの子ね。ユリちゃん。ちょっと前に告って振られたんだ」


「そう、なんですか……」


 真琴はそんな大変な話を明るく話す龍之介を見て驚いた。



「可愛いでしょ?」


「あ、はい……」


「大学のミスコン取ったんだよ、彼女」


「そうですか……」


 自分とは次元の違う美女。

 綺麗で華やかでスタイルだって良い。陰キャで根暗の自分とは真反対にいるような女性。真琴が尋ねる。



「でも、いいんですか? あんな美人を振ってしまって?」


 龍之介が肉じゃがを食べながら答える。


「ああ、いいよ。俺さあ、今好きな人ができたんだ」


「はい……」



(龍之介さん、好きな人がいるんだ……)


 真琴はそう思いながら一緒に肉じゃがを口にして聞く。



「電車で見かけたんだけど、すっごく可愛らしい女の子。女子高生なんだけどな」


(女子高生……?)


 一瞬真琴がどきっとする。



令華高れいかこうの子なんだけど、そう言えばマコって高校どこなの?」


(え? 令華高??)


 真琴は偶然自分がその女の子と同じ高校だと知り焦る。



「わ、私も令華高だけど……」


「マジで!? そりゃ偶然だ!!」


 龍之介が嬉しそうな顔で言う。



「電車で見かけただけなんでまだ接点とかないけど、上手く行けばマコを通じて知り合えるかもな。俺の目標は絶対彼女と付き合うこと。こりゃなんかいい偶然だぞ! なあ、マコ」


「え、ええ……」


 それは面白くない。

 真琴は無意識に思った。



「それでマコはいるの? 彼女」


 箸でごはんを食べながら自然に尋ねる龍之介。対するマコは生まれて初めての質問に慌てる。



(か、彼女!? いる訳ないじゃん、そんなの!!)


「いないです……」


 それを聞いた龍之介は何か悟ったような顔になって答える。



「そうか、じゃあ俺達同類だな。マコは顔立ち綺麗だし、中性的な雰囲気あるからそっち系の女の子に人気あるかと思ったけどな」


(そ、そっち系って何ですか!?)



「それでマコは好きな人いるの? 気になる人とか?」



(え?)


 箸を持った真琴の手が止まる。


(そんな人いるはずない。私みたいな女が誰かを好きになっていいはずない。こんなつまらない暗い女が……)


 そう思いつつも目の前の大学生がなぜか気になる。龍之介が言う。



「まあ、無理して言わなくてもいいよ。でもお互い頑張ろうな!」


「あ、はい。……あの、どんな人なんですか? その電車の人って」


 真琴は一体何を聞いているんだろうと思った。聞いてどうする? 自分には関係ないこと。でも龍之介の次の言葉を聞いて再びその箸が止まった。



「まあ、俺もまだ良く分からなけど、すっごく好みの女の子で……」



(好みの女の子なんだ……)


 龍之介が言う。



「『おさげの天使様』って勝手に呼んでいるんだ」



 真琴が朝電車に揺られている姿も、そのおさげであった。

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