6.通い妻、真琴?
(どうして、どうして男ってみんなああなのよ!!!)
新山剛に浮気され別れたユリがひとりベッドの上で涙を流す。
(私ミスコン取るぐらい美人だし、スタイルいいし、性格だってこんなに素直なのにどうしてあんな男しか寄って来ないの!?)
――ユリちゃん
そんな彼女の頭に笑顔で自分を呼ぶ男の顔が浮かぶ。
「龍之介君……」
剛と共に暇つぶしで接近した男。
何の興味もなく、ただの笑いのネタにしか思っていなかったはずなのに何故か彼の顔が浮かんで消えない。
(そう言えば龍之介君はいつも私を大切にしてくれていたな……)
決して付き合ってもいない男だったがいつも前向きで、決して嘘や人を騙したりしない男。見た目はまあまあだが、口だけは上手かった剛。彼と別れたことでユリの心の中で、冷静かつ客観的に龍之介を見ることができ始めていた。
「元気にしてるかな。怒ってるよね、きっと。でも、ちょっと顔が見たいな……」
ユリは化粧を直し身支度をして、一度だけ行ったことのあるその古いアパートへと向かった。
「お邪魔します……」
龍之介の部屋にアパートに上がった真琴。瞬間に思った。
(汚っ!!!)
廊下に積もった埃、脱ぎ捨てられた衣服、部屋には食べかけのカップ麺にファストフードの包み。台所も洗っていない食器が置かれたままでビールの缶もあちこちに散乱している。龍之介が笑って言う。
「ちょっと汚いけど入って」
(ちょっと? これがちょっとなの!!?? 信じられない……)
特に真琴がキレイ好きと言う訳ではない。
ただ彼女が生きてきた十数年で見た最も汚い部屋だったことは間違いない。真琴が言う。
「あの、龍之介さん。ご飯作る前にちょっと掃除してもいいですか?」
深く被った帽子に大き目の伊達メガネ。ゆったりとした長袖のパーカーに、少しぶかつくズボンをはいた真琴が困った顔をして言う。
「え? 掃除?? 大丈夫だよ、俺、気にしないから」
「私が気にするんですっ!!!」
珍しく強めの語気で言った真琴。今度は龍之介が困った顔で言う。
「いやでも、マコに掃除までして貰うのはさすがに悪いよ」
少なくともここでご飯を作り一緒に食べる。このように汚れた場所でそんなことはできない。龍之介の為と言うよりか、自分の為である。
「大丈夫。私、お掃除も得意なんですから」
そう言って真琴はスーパーの袋を廊下に置くとてきぱきと掃除を始めた。
(いや、ほんっと汚い!! マジで汚い!!!)
あちこち散らかった物を整理してきぱきと拭いて行く。どこにあったのか掃除道具も見つけ出し、まるで家政婦のように手際よく片付けて行く。部屋の隅で立って見ていた龍之介が感心して言う。
「マコ、すげえな……」
悪いとは思いつつも余りに見事な動きに感心してしまう。
(私、一体何をしているんだろう?? 男の人の部屋に上がり込んで掃除なんて……、ん??)
自分の行動がよく理解できない真琴。だが彼女が手にした『ある布』を見てそんな考えも瞬時に止まってしまった。
(え、これなに……?)
「きゃっ!!」
大きな声を出しかけて口を閉じる。それは祖母との二人暮らしでは決して真琴が見ることもないもの。
(パンツじゃん、これ!!!!!!)
「おーい、どうした? マコ」
洗ったか洗っていないか分からない龍之介のパンツを手にしたまま真琴が固まる。そしてこちらに歩み寄ってくる龍之介を感じながら必死に考える。
(落ち着け、落ち着け、私。今は男の真琴。こんなもの手にしたぐらいで動揺する方がおかしいのよ!!)
とは言え見たことも触れたこともないものを目の前にし、否が応でもガン見してしまう。
「あ、それ、俺のパンツじゃん! そんなことにあったんだ。探してたんだ」
春なのに汗をかきながら真琴が訪ねる。
「あの、これって洗ってあるんですか……?」
龍之介が首を振って答える。
「いや、洗ってないと思う。洗濯しとくわ」
そう言って真っ赤になっている真琴から、脱いで洗っていないパンツを受け取り洗濯機の中へ入れる。
(ひとり暮らしの男の子の部屋、魔境過ぎ……)
真琴は真っ赤になった顔を隠すように、更に帽子を深く被った。
トントントン……
ようやく一通り片付けが終わった龍之介の部屋で真琴が料理に取り掛かる。
ひとり暮らしの狭い台所。まだ掃除もきちんとできていない場所で真琴が手際よく下準備をする。それを見に来た龍之介が感心しながら言う。
「マコ。本当に家事、何でもできるんだな。マジすげえよ!!」
家事に関しては厳しかった祖母のキヨ。
褒められたことなどなく渋々やっていたこともあったが、つまりはこういう事に繋がるのかと思った。龍之介が言う。
「俺も家事ちゃんとやらなきゃいけないと思っているんだけど、全然できなくてさ。あ、ただ、カップ麺のお湯を入れた時間なら時計見ずに正確に計れるぞ」
「ぷっ、それって全然役に立たないじゃん」
料理をしながら真琴が笑って言う。
「そんなことないさ。カップ麺のお湯の時間は重要だぞ。長いとふやけるし、短いと固すぎる。今度作ってやるよ」
「ありがとうござます。楽しみだな~」
真琴は龍之介と一緒にカップ麺を食べる姿を思い浮かべにこっと笑う。
(え?)
龍之介はそう言って笑う真琴を見て不覚にも一瞬可愛いと思ってしまった。
(おいおい、俺、一体何考えてんだよ!! ユリちゃんに振られたからってさすがにそれはアウトだろ……)
「龍之介さん、できましたよ!!」
一瞬ぼうっとしていた龍之介に料理が出来上がった真琴が声をかける。
「え? あ、ああ。おおっ!! 凄いな、マコ!!」
出来上がった料理を見て感嘆の声をあげる龍之介。
「龍之介さん、テーブルの上をちょっと片付けてくださいね」
「了解っ!!」
すぐに部屋に置かれた小さなテーブルに乗っていた物を片付ける龍之介。それから真琴が出来上がった肉じゃがを持って歩いて行く。
ピーピーピー
同時に炊き上がる白米。
「ごはん、よそいますね」
真琴が炊き立てのご飯を茶碗によそっていく。それをテーブルの前で座って嬉しそうに見つめる龍之介。真琴がふと思う。
――なんかこれ、新婚さんみたい。
狭いアパートの部屋。自分が作った料理を楽しみに待つ彼。
誰かのために掃除やご飯を作ってあげたいなどと思ってことのなかった真琴が、初めてのその嬉しい気持ちを感じ体が震える。
「美味いっ!!!!」
肉じゃがを食べた龍之介が大きな声で言う。
「めちゃくちゃ美味いじゃん!! 凄いよ、マコ!!」
オーバー過ぎる喜び方に真琴が照れながら言う。
「おばあちゃん秘伝の肉じゃがだからね。でも、そんな言われると照れるな~」
こんなにストレートに褒められたことのない真琴が顔を赤くして答える。龍之介が肉じゃがをがつがつ食べながら言う。
「あちっ! あちあちっ!! でもうめえ!!! 最高っ、イエーイ!!!」
「イエーイ!!」
そう言って何故かハイタッチをするふたり。
――やだ、どうしてこんなに楽しいの?
まだ知り合って間もない年上の大学生。
それでもこんなに自分のことを褒めてくれて、認めてくれる。
『マコ』と言うお面はつけてはいるが、恥ずかしがり屋で人と会話などしていけないと思っていた自分がこんなにも楽しく話ができる。
(楽しい、楽しい、本当に楽しいよぉ……)
明るく冗談も面白い龍之介。
こんな時間がずっと続けばいい、そう思っていた真琴。だが楽しい時間はやはり長くは続かなかった。
ピンポーン
「ん? 誰だろう……?」
ふたりの夕食がそのチャイムの音で一瞬止まる。龍之介が立ち上がって真琴に言った。
「誰か来たみたい? 誰だろう??」
そう言って玄関の方へ歩き出す龍之介。
「あっ……」
真琴は彼を止めたかった。
止めなければ何もかもが終わってしまいそうな気がした。
不安からか真琴も立ち上がり部屋の影からそっと玄関を覗く。
カチャッ
開けられるドア。
その訪ねてきた人物は遠慮なく玄関に入ると言った。
「久しぶり、龍之介君」
それは金色の長髪で大きな胸の女性。スタイルも良く一見してただの女ではないと分かる大人の雰囲気。真琴とは真逆に位置するような女性。
「ユリちゃん……」
それは数日前に龍之介をからかいながら振ったミスキャンパスである九条ユリであった。
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