3.男装ガール
「良かったですね、連絡がついて」
再びやって来たスマホ教室。
そこでまた会ったキヨに、憧れのトラさんから返信が来たことを知った龍之介が言った。ただぎこちない会話のやり取りだけで、具体的にまた会う約束までには至っていないらしい。龍之介が尋ねる。
「どこかに誘ってみればいいんじゃないですか?」
真面目な顔をして言う龍之介にキヨが答える。
「それはできないわ」
白髪の上品なキヨが言う。
「どうして?」
割とストレートな性格の龍之介。ずっと会いたかった人ならすぐにでも会えばいいと思っている。些細な会話を続けるラインの画面を見つめながらキヨが言う。
「女はね、こういう時は男性から誘って欲しいと思うんですよ」
「そうなんだ……」
それを頷いて聞く龍之介。
「まあ、少なからず私はそう思っていましてね……、ごほっ、ごほっ……」
話しながら咳き込むキヨ。驚いた龍之介がキヨの背中に手を当て言う。
「大丈夫ですか??」
キヨがテーブルの上に置かれたお茶をひと口飲んでから答える。
「ええ、ありがと。ちょっと体が悪くて。私が逝く前にまた会えるかしら……」
そう言いながらスマホを見つめるキヨに龍之介が自信を持って言う。
「大丈夫っすよ、絶対!!」
「まあ、それはありがとう」
キヨはそんな龍之介に笑顔で答えた。
(あ、いない……)
朝、教室に入った真琴はいじめグループの中にカエデが居ないことにすぐに気付いた。
「ん? 今日、橘は休みか」
始まった授業で担任がカエデの休みを口にするのを聞いて、ようやく真琴に少しの安堵感が生まれた。
(良かった……)
主犯格のカエデがいないだけで随分と見える景色が違う。
いじめグループも核となるカエデがいない時は目立った動きはしない。クラスメートだって真琴のことを傍観している者がほとんどで、率先してその嫌がらせに加担する者はいない。
「ねえ、朝比奈さん」
だからごく稀にひとりで座る真琴に話し掛けて来るクラスメートもいる。
「……なに?」
呼ばれた真琴が顔を上げ見つめる。数名の女の子がスマホを持って話している。ひとりが真琴に尋ねる。
「朝比奈さんは、スマホ持ってないの?」
真琴が一瞬回答を躊躇う。
最近とある理由でスマホを持つようになってはいたが、超機械オンチの真琴は契約以降怖くて一度も触れていない。何も答えようとしない真琴にクラスメートが言う。
「まあ、朝比奈さんはそう言うの苦手そうだしね」
「あ、あるわ! 持ってる。ちゃんと使えてるし……」
思わず出てしまった言葉。
カエデが居ない安心感から心の隙ができ、思ってもみなかった言葉が真琴の口から出た。少し驚いたクラスメートが言う。
「へえ、そうだんだ。朝比奈さんが使っているとこ一度も見たことがないから持ってないと思ってた。じゃあ、見せて」
そう言って真琴の前にやって来るクラスメート。真琴が動揺しながら答える。
「ご、ごめん。今日家に忘れて来ちゃって。明日持ってくるわ……」
「そう、分かった。じゃあ、明日見せてね」
「う、うん……」
ちょうどそのタイミングで担任が教室にやって来て授業が始まった。真琴はこれ以上会話が続かないことに安堵しつつも、明日までに苦手なスマホを何とかしなければならなくなってしまった。
(どうしよう、どうしよう……)
その後の授業、真琴にとっては何ひとつ頭に入って来なかった。
「おばあちゃん、おばあちゃん!!」
学校が終わり、祖母とふたりで暮らすマンションに帰って来た真琴が今でスマホを見つめている祖母に言った。祖母が言う。
「あら、おかえり。真琴。どうしたんだい、慌てて?」
真琴は学校の鞄を床に置くと青い顔をして言った。
「おばあちゃん、スマホできるようになったでしょ? 使い方教えて!!」
祖母同様にスマホが苦手な真琴。祖母が答える。
「いいえ、私もスマホ教室で教えて貰っているだけで。先生と一緒の時はいいんだけど、ほら、ひとりになるとまた良く分からなくて……」
そう言いながらスマホの画面を持ったまま難しい顔をする祖母。真琴が自分の部屋に向かいながら言う。
「大丈夫よ。ねえ、ちょっと見てよ。今持ってくるから」
そう言って真琴が自分の部屋に行き、買ってから一度も使っていない真新しいスマホを持ってくる。
「うーん、良く分からないわね……」
一緒に買うと割引になると聞き、いい加減持った方がいいと思い購入した新品のスマホ。ただ朝比奈家の女性はとにかく機械が苦手で、その際たるものがスマホであった。真琴が頭を抱えて言う。
「あー、どうしよう。明日までに何とか使えるようにならなきゃいけないのに……」
「まあ、どうしてそんなことになったの?」
「クラスメートに言っちゃったんだよ。明日持って行くって」
「まあまあ……」
真琴と同じく困った顔をした祖母が考える。そして言った。
「ねえ、私の先生に来て貰おうかしら」
顔を上げた真琴が言う。
「先生って、そのスマホ教室の人?」
「そうよ。とっても優しい人よ」
真琴が少し困った顔をして言う。
「でも、その人男の人なんでしょ?」
真琴が真っ黒なおさげを触りながら尋ねる。
「そうよ。大丈夫ですって。明るくて素敵な人だから」
(明るくて素敵な人……)
限りなく陰キャに近い真琴には、それは最も苦手な人種のひとつであった。祖母が言う。
「とにかく連絡とって見るわ」
「お、おばあちゃんが話してよ……」
スマホに文字を打ちながら祖母が言う。
「あなたが習うんでしょ? 嫌ならお願いしないわよ」
「わ、分かったわよ。来て貰っていいわ……」
藁にもすがる状態の真琴。もはや我儘は言っていられない。
(ん? キヨさんからだ)
バイトを終えた龍之介がキヨからのラインに気付く。
『孫か、スマホにi使い方を教えて、来て……』
そこで文章が途切れていて住所だけが張り付けてあった。
(何だこれ? 誤字だらけ。っていうか家に来いってことか?)
龍之介がラインの返事を送る。
『キヨさんの家に行けばいいんですか?』
『緊急。すくu来て』
返事は早かった。それだけでも何か切羽詰まっていることが分かる。
『すぐ行きます』
龍之介はそう返事を送ると、指定された住所へと向かった。
「良かったわ。龍之介さん、今から来てくださるって」
(龍之介さんって言うんだ……)
初めてキヨから聞いたそのスマホの先生の名前を頭で繰り返す真琴。
でもやはり男。超恥ずかしがり屋の真琴にとって、男から何かを教えて貰うことなど考えただけでも体が震える。
(でも明日までに何とかしなきゃいけないし、おばあちゃんが信頼している人ならきっと大丈夫じゃないかと思うけど……)
「ちょ、ちょっと私、準備してくるわ」
真琴はそう言うとひとり部屋へと消えて行った。
(うわっ、ここかよ!? マジか……)
龍之介は指定された住所に立つ超高級マンションの前に立って唖然とした。
「キヨさんって、もしかしてめっちゃ金持ちとか?」
恐る恐るエントランスにある呼び出し用インターフォンで部屋番号を押す。
「はい、朝比奈です」
「あ、あの、三上ですが……」
「まあ、待っていたわ。すぐに上がって来て!」
「はい……」
そう言い終わると目の前のガラスのドアが自動で開いていく。
(すげー!!)
ボロアパートにひとり暮らしの龍之介にとってはまさに別世界。
ピカピカに磨かれた床や壁、観葉植物などが置かれたゴージャスな廊下を歩きながらエレベーターに乗りキヨの部屋へと向かう。
(孫って書いてあったけど、キヨさんって孫と暮らしてるんかな?)
エレベーターに乗りながらそんなことを考えた龍之介がキヨの部屋の前に立つ。
ピンポーン
そして部屋のチャイムを鳴らす。
カチャッ
ドアが開かれ、そこには笑顔のキヨが龍之介を出迎えた。
「すみませんねぇ、龍之介さん。わざわざ来て貰って。孫のスマホを見て貰いたくて。真琴、おいで!!」
広い玄関。
名前を呼ばれたキヨの孫が奥からゆっくりやって来て、頭を下げながら言った。
「よ、よろしくお願いします……」
深く被った帽子に丸い伊達メガネ、細めのジーンズ。龍之介の初めての印象は『綺麗な顔立ちの男の子』であった。
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