4.個人レッスン
「よ、よろしくお願いします……」
綺麗な顔立ちの中性的な男の子。
それが真琴を見た龍之介の第一印象であった。
(え?)
いつもの女の子の真琴とは違った声色に驚き後ろを振り返るキヨ。そこには伊達メガネをかけ髪を全て上げて深く帽子をかぶり、全く色気のないジーンズをはいた真琴が立っている。
驚いた顔をしているキヨに、真琴が『私に合わせて!』と言った合図を送る。キヨが龍之介に言う。
「わざわざありがとうございます。ささ、どうぞお入りください!」
「あ、はい。お邪魔します……」
妙な空気を感じながら龍之介が部屋に上がる。龍之介をリビングに案内したキヨが、まだ玄関近くの廊下にいた真琴の元へ駆けより小声で言う。
「どうしたんだい、その格好? まるで男の子じゃないかい」
深く帽子をかぶった真琴が恥ずかしそうに答える。
「だ、だって……、知らない男の人と話すなんて恥ずかしくて無理だよ……」
「だからってこんな男装してどうするのよ?」
「いいの! 今日だけだから」
真琴は自分のような暗い陰キャが『明るくて優しい大学生』と会話することを恐れていた。
相手に『暗い奴』とか『キモイ』とか思われたらどうしよう。折角キヨにいい感じでスマホを教えてくれているのに、こんな陰キャの孫がいたら恥ずかしい。
とにかく今の真琴に本当の自分をさらけ出す勇気はほんの少しもなかった。
「はあ、仕方ないわね。一応話は合わせるけど、いつかは必ずあなたから言うんですよ」
「うん、大丈夫だよ……」
きっと会うのは今夜だけだ、そう思って適当に返事をした真琴。まさか少し先に、この相手と同棲することになろうとは夢にも思っていない。キヨが真琴を連れて応接室へ行く。
「ああ、ごめんなさいね。龍之介さん」
「いえいえ、それよりやっぱりこれですか?」
応接室のソファーに座る龍之介の前のテーブルに、無造作に置かれた真新しいスマホがある。キヨは恥ずかしそうな顔をしながら龍之介の前のソファーに腰を下ろす。真琴も下を向きながらその横に座る。
「そうなんですよ。真琴が買ったんですけど、全く使い方が分からなくてね。高校生なのにこういうのが苦手で。ほんと、朝比奈家のじょ……」
『女性』と言いかけてキヨがすぐに言葉を飲み込む。
「冗談みたいでしょ? 高校生なのに。ほら、真琴。あなたがちゃんとお願いしなさい」
そう言って隣に座る真琴の膝を軽く叩くキヨ。それに反応して真琴が少し顔を上げて声色を変えて言う。
「あ、あの、すみません……、教えて貰えると助かります……」
自信の無い声。
それに気付いた龍之介が明るい顔で言う。
「了解、分かったよ。真琴君。そんなに難しくないから、大丈夫だって!」
(明るい笑顔。元気な声……)
真琴は今自分の周りに全くないそんな彼の顔をしばらくぼうっと見つめた。キヨが言う。
「じゃあ、私はお茶を入れて来るから、真琴はしっかり教わりなさいね」
「え? あ、うん……」
キヨが居なくなることに少し不安を感じた真琴だったが、すぐにスマホを手にして真剣な顔で見始めた龍之介に気付いて黙ることにした。
(『真琴君』か……、良かった。バレてないみたい。悪い気もするけど、今日だけだから……)
真琴は龍之介を騙していると言う罪悪感を感じながらも、別の『真琴』を演じることに少しずつ面白味を感じ始めて来ていた。龍之介が尋ねる。
「それで何を教えればいいのかな?」
「あ、あの、電源が入らないんです。充電はしっかりしたのに。壊れているのかな……」
そう言って真琴が龍之介からスマホを貰い電源ボタンを何度も押す。
(細い手……、彼の手、女の子みたいなだな……)
その細く白い手に見惚れていた龍之介が、スマホと格闘する真琴を見てあることに気付く。
「ねえ、電源ボタンだけどさ、長押しした?」
「長押し?」
意味が分からない真琴。
「だっておばあちゃんのスマホは軽く押したらすぐについたんだよ」
「……」
電源が完全に落ちているスマホは軽く押しただけではつかない。
「ちょっと貸してみて」
そう言って真琴からスマホを受け取った龍之介が側面にある電源ボタンを長押しする。
「あっ!!」
真っ黒だったスマホの画面が、命を吹き込まれたかのように明るく光を放つ。真琴は思わず両手を口に当てて叫んだ。
「すごーい!! 凄いですよ、龍之介さん、ついたついた!!!」
龍之介はこれは正真正銘の機械オンチだと苦笑いしながら尋ねる。
「それで真琴君はスマホで何をしたいの?」
真琴はまるで手品でも見せられた少女のような目になって言う。
「はい、ラインってやつと、それから友達がやっているアプリって言うので……」
真琴は昼間学校で友達から誘われたSNSの名前を龍之介に告げた。
(あら、楽しそうにやってるじゃない)
キッチンでジュースとお菓子を準備していたキヨは、あれほど恥ずかしがっていた真琴が予想よりもずっと楽しそうに会話している姿を見て安堵した。
「よし、今メッセージ送ったから確認して見て。マコ」
そう言われた真琴がじっと自分のスマホの画面を見つめる。
「はい、はい、はい……」
そしてスマホからメッセージの受信を告げる音が響く。
「来たーーーーっ!! 来たよ、龍之介さん!!!」
余ほど嬉しかったのか、半分涙目になって真琴が喜ぶ。龍之介が言う。
「じゃあ、今度はマコが送って見て」
「は、はい!!」
そう言って真琴はスマホを片手に真剣な眼差しで文字を打ち始める。少し時間は掛かったが、真琴が嬉しそうに龍之介に言う。
「い、今送りました。届くかな……」
少して龍之介のスマホが同じくメッセージ受信の音を出す。そしてその画面を真琴に見せて言う。
「届いたよ!! やったね、イエーイ!!」
「きゃー!! やった!!!!」
そう言ってハイタッチをするふたり。
(やだ、なんか楽しい!!!)
真琴はいつの間にか苦手なスマホを手にしながら、明るい龍之介のペースにすっかりはまってしまっていた。
(お邪魔しちゃ悪いわね)
キヨはそっと飲み物をテーブルに置くとふたりの邪魔をしないよう別の部屋へと消えて行った。
「よし、じゃあ次は何が知りたい??」
「えっとね、えっとね……」
真琴は全身の力が抜け、知らぬ間に龍之介と過ごすことが楽しくなっていた。
「ありがとうございました、龍之介さん!!!」
気が付けばすっかり夜も更け、外は真っ暗になっていた。夕方から数時間、一心不乱にスマホを習っていたようだ。
「いいよ、それだけ喜んでもらえれば教えていても楽しかったよ」
「ありがとうございます。本当に良かった……」
思わず目が赤くなる真琴。
「終わったのかい?」
ずっとふたりに気を遣って別の部屋にいたキヨがやって来る。
「あ、おばあちゃん! ちゃんとできたよ!! もう大丈夫!!」
キヨは少し前までの不安そうだった真琴の顔を思い浮かべて思わず苦笑する。そして龍之介に言う。
「ありがとうね、龍之介さん。本当に助かりました」
「いえいえ。それじゃあ、俺、この辺で」
そう照れながら言った龍之介に真琴が声を掛ける。
「あ、あの……」
立ち上がった龍之介が真琴を見つめる。
「どうしたの、マコ? 分からなかったらまた連絡してな」
真琴が小さく首を振って言う。
「うん、そうなんだけど、あのね。良かったら、ご飯食べて行かないかなって思って……」
それを聞いたキヨの顔がぱっと明るくなる。
「そうよね。もうお夕飯の時間だし、教えて貰ったお礼もあるし。それがいいわ!!」
龍之介が遠慮気味に言う。
「いや、でも大したことしてないし……」
「私達にとっては『大したこと』なんです。私、準備してくるから!!」
真琴はそう言って立ち上がるとキッチンの方へと走り出す。驚く龍之介にキヨが言う。
「安心して龍之介さん。ああ見ても真琴は料理が上手なんですよ」
「え!? そうなんですか!!」
料理など全くできない龍之介。
年下で同じ男であるマコが料理が上手と聞いて驚きを隠せない。キヨが言う。
「いつもふたりきりで食べているんで寂しいんですよ。是非食べて行ってくださいな」
そこまで言われたら断り切れない。
「はい、じゃあ。お言葉に甘えて!!」
龍之介はにっこりと笑ってそれに答えた。
「うわー、凄いじゃん!! 本当にマコが作ったの!!??」
食卓に上がったのは野菜の煮物にぶりの照り焼き、サラダなど見栄えも栄養バランスも抜群の料理。とても男子高生が作ったとは思えないほどの出来栄えだ。真琴が照れながら答える。
「うん。おばあちゃんにしっかりと教えられて……」
高校から親元を離れた真琴。
そんな彼女を心配して祖母のキヨが一緒に住むことになったのだが、ひとりでも生活できるよう家事の一切を真琴に叩き込んでいた。
「いただきまーす!!! うまっ!!!!」
「ぷっ、クスクス……」
普段では有り得ないほどの大きな声と笑い声が食卓に響く。龍之介がひとりいるだけでこんなに変わるものかとふたりが微笑む。
「マコ、マジすげえな!! 俺いつもカップ麺ばっかだから、こんなに美味いもん食べたの久し振りだよ!!」
(え? カップ麺ばかり……)
何気なく言った龍之介の言葉が、真琴の胸の優しく突き刺さる。
「あの、龍之介さん……」
「なに? もぐもぐ……」
真琴が龍之介の目を見て言った。
「今度、良かったら私がご飯作りに行きましょうか……?」
真琴自身、いや隣にいたキヨですらその意外過ぎる言葉に驚いた。
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