S.7 「わたしの記憶を探してほしいの」

 蒼い髪の少女はリアと名乗った。

 だが、彼女について得られた情報はそれだけだった。自分が何者なのか、どこから来て、どうしてディア・ノクトにいるのか、リア自身も全く思い出せないというのだ。

 

「ここはディア・ノクトというの? 暗くて重苦しい場所ね。わたし、本当にどうしてこんなところにいるのかしら」

 

 居心地悪そうに顔を顰めるリアにムッとする。確かに今日は少しいつもと様子が違うが、俺にとってディア・ノクトはとても魅力的な場所なのだ。悪く言われて良い気はしない。

 

「この街にいるのが嫌なら、どうして『案内してほしい』なんて言ったんだ?」

「嫌なんて言ってないわ。それに、この街を出るわけにはいかないの」

 

 ただの勘だけどね。そう前置きしてリアは甘く微笑む。

 

「多分、わたしは理由があってここに来たと思うの。例えば、あなたに会うためとか」

 

 上目遣いで見つめられて、うっと言葉に詰まる。こういう人物には慣れていない。彼女が何を考えているのか分からない。支配することができない。それだけは確信できる。

 戸惑い後退りそうになった俺の腕をぱっと掴んで、リアは俺に縋るような瞳を向けた。

 

「ね、お願い。あなたが理由ではないというなら、他の理由が見つかるまで側にいて。一緒に、わたしの記憶を探してほしいの」

「・・・・・・本当に困っているなら、情報屋を紹介してあげるよ」

 

 散々困った末、俺はエルドに全部任せることにした。

 そもそも、これからエルドに会いにいくつもりだったのだ。ならばリアも一緒に連れていってそのまま押し付けてしまおう。きっと一番それがいい。

 未だ擦り寄ってくるリアを背に追いやり、エルドがいる場所に繋がる扉を描こうと金属の棒を持ち直す。俺はエルドが存在することを確信している。エルドがディア・ノクトにいることを確信している。ならば、扉をひとつ描けば俺はどこからでも彼に会うことができるはず。

 

「望めば見つかる欲しいもの。会えば知りたいことをあなたの都合が良いように教えてくれる情報屋。やっぱり、あなたは今も我儘な神様のままなのね」

「えっ?」

 

 背後からリアの声。それに疑問を覚える暇もなく、描いたばかりの魔法陣が崩壊した。入ることができない扉。それは即ちエルドがディア・ノクトにいないことを意味する。また行方をくらました? そんな馬鹿な。その時、今度は女の細い悲鳴が響いた。

 

「なにこれ、なにこれー‼︎ 気持ち悪い!」

 

 慌てて後ろを振り返る。と、リアを囲むように複数のバグが出現していた。何でこんな時に! しかも今回の奴らも武装している。仕方なくリアを背に庇って拳銃を取り出した。未だパニックから抜けきれていないリアが半泣きで俺の腕にしがみつく。

 

「やだ無理気持ち悪い! あなたよくこんなのを相手にできるわね⁉︎」

「うるさい俺だって気持ち悪いわ! いいからちょっとじっとしてろ」

 

 リアの腕を振り払って銃口をバグに向かって構える。邪魔さえなければ、こんなの大した敵じゃない。武装しようが虫は虫。俺なら一瞬で無力化することができる。

 ただ、少し厄介だと思った。俺はともかくリアが襲われるのは。リアはバグはもちろんディア・ノクトについても全く知らない。彼女に自衛の手段があるとも思えない。土地勘もなければ逃げることもままならないだろう。そこら中にあるトラップに嵌って迷って死ぬのがオチだ。頼みのエルドは、何故かディア・ノクトにいないらしい。

 不本意ではあるが、最初のリアの要求を受け入れるしかないようだ。バグを全て撃退した後。残骸に近づくのも嫌そうなリアに向き直り、俺は深いため息と共に告げた。

 

「・・・・・・とりあえず、君の記憶が見つかるか俺がエルドと再会できるかまででいい?」

「え?」

 

 リアが紅玉の瞳を瞬かせる。さっきまでこっちのことなんかお構いなしにぐいぐい縋ってきたくせに、不意打ちを喰らって言葉が出ないらしい。俺は思わず笑いそうになって、慌てて真面目な顔を取り繕う。リアは恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「一緒に、いてくれるの?」

「ひとりにしとくのも危ないし、俺がエルドを探すついでで良ければ?」

 

 悪戯っぽく首を傾げて見せると、リアは瞳を伏せて呟いた。

 

「あなたって、よく分からない人だわ」

「それは君の方だと思うけど」

 

 俺の言葉は聞こえたのか否か。リアは何かを確かめるようにひとつ頷くと、俺の方を見て微笑んだ。

 

「それじゃあ、しばらくよろしくね」

「こちらこそ。そんなに長くないことを祈るよ」

 

 そう言いつつ、俺は自分が今の状況を少なからず楽しんでいることを自覚していた。エルド以外の人とディア・ノクトを歩くのは初めてだ。しかも女の子。さっきまでちょっと面倒だなと思っていたけど、可愛いところもある。

 

(エルドに話したら羨ましがりそうだな)

 

 再び勝手に消えた罰だ。後でたくさん自慢してやろう。俺はリアがついてきていることを確かめながら、軽い足取りで歩きだした。薄暗い夜道を、月の光に向かって。ディア・ノクトに慣れていないリアには、明るい場所の方が良いだろうから。俺が好きな場所を、彼女もまあ帰るまでにちょっとぐらい気に入ればいい。そんなことを思いながら。

 「いつもと少し違う」が重なる夜。しかしあまり危機感はなくふらふらと歩く俺の耳元で、プーンという小さな羽音が響いて——消えた。

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