S.3 「ここは本当にディア・ノクトなのか?」

 「魔法」はおとぎ話の技術ではない。それが分かったのは、まず「魔素」と「心エネルギー」の発見が切っ掛けになったという。

 魔素は、宇宙空間を含めたあらゆる場所に存在する物質だ。ほぼ全ての状況下において気体の状態を保ち、人間が目で認識するのは不可能であると言っていい。密度も小さく、ひとつの例外を除いて周囲に影響を与えず、受けることもない。そのひとつの例外というのが、魔素が心エネルギーに引き寄せられるという特性だ。

 心エネルギーは、あらゆる生命が心で何かを望んだ時に発生する。ここでいう「心」とは生命が生きるためにする全ての行動の源であり、本能も含まれる。つまり全ての生命は微量の心エネルギーを常に垂れ流しており、生命の数が多い場所ほど魔素も多い。しかし本能を超えて何かを望んだ時、心エネルギーの量は垂れ流しの比にならないほど増大する。それは当然のことながら大量の魔素を集め、互いに反応することで「魔力」を発生させる。

 魔力は特別なエネルギーだ。これは今ここに存在するあらゆる問題や科学的法則を無視し、源となった心の「願い」を叶えることができる。言うならば魔力は無から有を生み出し、世界を書き換える力。

 魔力を発見した人間は興奮した。彼らは効率良く魔力を発生させて使用する方法を求め、「魔法」という形で取り纏めた。魔力は願いと魔素さえあれば発生させられるが、呪文・道具・魔法陣といったものを組み合わせればより効率が上がる。魔法は初め、そういった儀式的な手法と法則を集めて編纂された。が、時の流れと共に科学技術との融合を果たした。俺が住んでいる現在のルブフォルニアは、その頂点に至った国と言えるだろう。

 だが、発展の裏には失敗がつきものだ。廃墟と夜の街ディア・ノクトは、そうした失敗の中でできたのではないかと予想している。

 壊れた建物に遺された、確かに人の生活が在ったことを証明する物品の数々。相反するように点在する、現在のルブフォルニアでは見られない超技術の粋が詰まった装置や儀式の形跡。そこに残った魔力の残滓——こびり付いた願いの欠片が見せる幻想によって、日ごとないし一歩道を曲がるごとに姿を変える。それが、ディア・ノクトと呼ばれる場所だ。

 二年前、エルドと探索していた時はその変化すら楽しかった。進む度に新鮮な驚きが現れる街は俺の好奇心を満たし、この場所に歓迎されているのではないかと思ったほどだ。恐らくルブフォルニアの黒歴史であり特大の地雷として放置されているこの場所は、俺にとって宝の山。俺のための廃都市だった。

 だが、今日のディア・ノクトはいつもと違う気がする。

 

「なんか静かだな」

 

 誰にともなく呟く。静か過ぎる。綺麗過ぎる。廃墟といっても、他の探索者の声や踏み荒らす音はつきものだ。誰もいないのに動く装置。願いなど絶えて久しいのに繰り返される儀式。本来、ディア・ノクトはもっとうるさい場所だ。灰と瓦礫に埋もれ、血と肉片がこびり付いたまま取れないこの街はもっと汚いはずだ。

 凍ったように静かな、理路整然と壊れた建物が並ぶ街。それはまるで、作り物のゴーストタウン。

 

「ここは本当にディア・ノクトなのか?」

 

 危険だと言われて部屋を脱出したが、この「ディア・ノクトみたいな場所」の方がもっと変なのではないか。

 このままで本当に大丈夫なのか。突然脱出を促したエルドに愚痴まじりの確認を取ろうとして、それができるものを一切持っていないことに気付いた。

 

「エルドのやつめ、急過ぎるんだよ」

 

 何もかもが突然過ぎて、ろくな装備を身につけていない。足しげく通って慣れていても、常に何が起きるか分からず入念な準備が欠かせないと言われるこのディア・ノクトで! 辛うじて拳銃を持っていることを良しとするべきか。

 

「それでも、何も知らないままエルドと連絡取れないのはきついな・・・・・・。お?」

 

 いつもと違い過ぎる夜の街に、多少怖気づきながら歩く道の隅。俺が見つけたのは、掌に乗る大きさの通信機だった。四角くてマイクとスピーカーが付いているやつ。まあ壊れてはいるが、どうにかエルドに文句を言える可能性くらいは出てきたような気がする。

 

「こういうのはいつもと変わらないんだな」

 

 通信機を右手で弄びながら言う。降ってわいた幸運を、俺はそれほど不思議に思わなかった。二年前に探索していた頃から、ディア・ノクトではよくあることだ。必要なものが落ちている。考えていたことを証明するものが、最高のタイミングで見つかる。そういう「幸運」はエルドと一緒にいても俺の方が良く起きたので、ちょっとしたラッキーに遭遇するたびに彼に称えられたものだ。俺はとても鼻が高かったことを覚えている。

 

「けど、俺だとこれだけじゃどうすることもできないんだよなあ」

 

 魔法が苦手な俺は、通信機道具だけじゃどうすることもできない。せめて描くもの、というかこのオンボロ機械の表面に傷を付けられるものが欲しい。

 持ち前の幸運で、何かぶっとい針でも降ってこないかな。馬鹿でかい月が浮かんでいるだけで星はひとつもない空を見上げながら、俺はそんなことを考える。が、やってきたのは全然違うものだった。

 

「うげえ、バグはいんのかよ」

 

 四本の脚に二枚の羽を持つ機械。蝿のような虫に似た形状をしているが、拳大ほどの大きさがある。ぎょろりとした眼がこちらを観察しているようで気持ち悪い。

 ディア・ノクトのあちこちで見かけるこのロボットを、俺とエルドはバグと呼んでいた。魅力的な宝の山であるディア・ノクトを侵すバグ。じろじろ見てくる(ように見える)だけで別に危険でも何でもないのだが、楽しい探索にこいつが不躾にも現れるだけで興が削がれるというもの。何より一匹現れたら十匹くらいは追加で出てくるというのが無理。叩き落としたくなる。

 だが壊したところで追加で幾らでも現れるし、気持ち悪いだけで害はないのだ。だから相手にするだけ無駄。無視した方が楽だと今回もそのつもりでいたのだが。

 

「なっ⁉︎」

 あろうことか、バグから俺に向かって銃弾が飛んできた。

 

 慌てて倒壊した建物の陰に隠れる。俺は混乱していた。記憶にある限り、バグが探索中の俺を襲ったことは今まで一度もない。が、今銃弾を撃ってきたのがバグであることは確かだ。現に奴の眼は今まで見たことがない赤色に輝き、口のような部分から銃口が覗いている。

 

「何なんだいったい‼︎」

 

 堪らず俺は叫ぶが、それで状況が変わるはずもない。仕方なく俺は拳銃を取り出し、とりあえず銃弾を確認した。丸い弾頭に刻まれた紋様を読み取る。

 

「範囲爆発・・・・・・。まあ、これなら何とかなるか」

 

 拳銃に詰めていた弾の詳細は忘れていたが、とりあえず使えそうな魔法陣であることに安堵する。これが無ければ俺は魔法を使えない。

 魔法陣は誰でも、魔法が苦手な俺でも使える凄い技術だ。本来魔法は魔力を発生させれば誰でも行使できる技術で、そのために最低限必要なのは魔素と願いを叶えたい己の身ひとつ。しかし、魔力により世界を捻じ曲げて願いを叶えるのは存外難しい。己の叶えたいもの唯一つを、絶対の確信を持って信じる必要がある。誰にも何にも覆えさせない意志。そこにほんの一瞬でも疑念が入った瞬間、魔力は消え魔素は霧散し魔法は成立しない。

 だからこそ、かつての人間は魔法の成功率を上げるため集中と確信に関する研究をした。特別な言葉を唱える呪文や、特定の道具を使うことも、己の脳にできると確信させる方法のひとつ。魔法陣はそれらの目的に加えて、特殊な図形によって脳に暗示めいた効果をもたらす。催眠をかける要領で、深く一つのことだけに集中するように促すのだ。

 俺は魔法が苦手だ。それは興味の幅が広く好奇心が旺盛で、中々ひとつのことに集中できない性格に起因していると考えている。だが、魔法陣で意識の方向を整えてやれば。

 

「面倒だから、あんまり動いてくれるなよ」

 

 呟きながら、銃口をバグに向ける。いつ集まってきたのか、攻撃してくる虫は二十匹を超えようとしていた。悪趣味極まりない軍団である。

 でも、まあ大丈夫だろう。威力だけはあるはずだし。

 

「そんじゃまあ、とっとと消えろバグども」

 

 銃弾が飛び出す。刻まれた紋様を俺の目がはっきりと認識する。爆発。全ての虫を巻き込み、ひとつ残らず破壊。幻想イメージ現実リアルになると脳が確信する。

 そして、全ては現実のものとなった。

 

「壊れても気持ち悪いな。いつも一体どこから現れるのか・・・・・・。あ、これ」

 

 爆散したバグの残骸を足で蹴飛ばしていた俺は、折れた脚を見つけて拾い上げる。先端が鋭く尖った金属片。これなら、見つけた通信機に魔法陣を刻めるのでは?

 

「エルドー、エルドー。もしお前が本当にエルドなら、とっととその場所教えやがれー」

 

 適当に鼻歌を作りながら魔法陣を刻む。完成した陣に向かって「もしもしー?」と声をかけると、不機嫌そうな声が返ってきた。

 

「相変わらずチートのくせに外には出られなかったのか、シン」

 

 言っている意味はよく分からなかった。が、声は確かに記憶のままのエルドだったので。

 

「俺は家の外にいるぞ。ずーっと行方不明だったエルドくん!」

 

 俺は心底安堵して、高らかに笑い声を上げた。

 

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