S.2 「オマエは何でもできる」

 エルドとはディア・ノクトで出会った。俺の唯一の友人だ。

 そもそも、ディア・ノクトは人が少ない。昔何らかの原因で廃都市になってから、ルブフォルニアによる再開発もされることなく放置されている。何故廃都市になったのか。何故再開発をされないかは知られていない。が、長年の探索によって何となく推測はできている。しかし、これはまた追々語ることにしよう。

 人が全く住まない都市なので、当然ながら人口は少ない。が、全くいないというわけでもないらしい。俺が毎日ディア・ノクトを訪れたように、この古びた魅力的な廃都市を訪れる人々は少なからずいる。ここでしか手に入らない貴重な素材や道具。きっとディア・ノクトにならあると考えられる、ルブフォルニアの謎に迫る情報。それぞれ目的や野望を抱き、人々は日々夜闇の底へ沈んでいく。

 そんなディア・ノクトで、エルドは情報屋として行動していた。誰よりも都市に精通し、訪れた者が目的や野望を叶えるために必要な情報を売る存在。ディア・ノクトに関して、彼が持つ知識量は全ての人間を凌駕している。俺も、何度彼に助けられたか分からない。

 圧倒的な知識量だけではない。俺と会う前から情報屋として生きていた彼は、常に強かかつ冷静だ。危険を避けながら最大限の利益を得ることに長けている。だからこそ突然消えたことが謎だったのだが。

 

『オレを覚えているか、シン』

 

 まさか、姉が殺された直後彼からメッセージがくるとは思わなかった。

 行方不明だった友人から連絡がきたのはとても嬉しい。だが、タイミングがタイミングだけに疑う気持ちもある。

 

「エルドのことは覚えているよ。ずっと探していた。けど、お前は本当にエルドなのか?」

 

 モニタに映ったメッセージを見ながら呟く。するとタイミングを見計らったように、再び数件のメッセージが届いた。

 

『オレのことを覚えていなくてもいい。疑っていても、まあ仕方ない』

『オレはエルドだが、今は証明している時間がない』

 

 連続して届くメッセージ。エルドは何か焦っているらしい。その割には探るような、言い訳するような文章を送ってきた。が、唐突に彼は切り出した。

 

『とりあえず、今すぐそこから離れろ。危険が迫っている』

 

 ここから離れろ? エルドの発言に俺は困惑する。あまりに突然の発言だからというのもあるが、何より。

 

「危険が迫ってるつったって、ここは俺の部屋なんだが?」

 

 周囲を見渡したところで、普段と何も変わらない。いつもの窓、ベッド、椅子。机の上にエルドからのメッセージが表示され続けているモニタ。変化といえばその画面ぐらいで、後は姉が死に襲撃者が現れても変わらぬ沈黙を保っている。

 そこまで考えて、俺ははっと顔を上げた。

 

 ——

 

 否、俺の部屋を出て直ぐの廊下だったかもしれない。あれ、部屋とリビングが隣接していたような。それとも、俺の部屋と姉の部屋が隣接していた? いや、そもそも部屋から玄関の扉をくぐってディア・ノクトに行くとき、他の部屋を経由した記憶がない。

 まるで、部屋の扉が俺の望む場所に繋がっているような。それ自体は別に不可能なことではないけれど。本来の間取りを思いだそうとすると、途端に頭を抱えてしまう。

 

「思い出せない・・・・・・」

 

 モヤモヤする。何故長い間住んでいる家の、自分の部屋の隣にあるものが分からないのか。

 暫く何とか思い出そうと頭を捻っていた。が、忘れたなら実際に見て確かめればいいと思い至るのにそう時間は掛からなかった。

 そう、ここが俺の部屋であることは確かなのだ。だったら、実際に部屋のドアを開けたらどこに繋がっているかなんて一瞬で分かる。俺はモニタに背を向け、部屋の扉を開けようとした。

 確かに開けようとした。が、ノブを回し押しても引いても、鍵なんて掛かっていないはずの扉はぴくりとも動かなかった。

 

「はあっ⁇」

 

 ガタガタ揺らしてもぴくりとも動かない。途端に自分の部屋が得体の知れないもののように思えて、縋るように窓に手を掛ける。だが、こちらも鉄でも嵌め込んだかのように固く口を閉ざしたままだ。

 どうしても部屋から出られない。閉じ込められた。その言葉が頭を過ったとき、エルドからのメッセージを思い出した。

 

「『危険が迫っている』ってこういうことか?」

 

 理由は分からないが、危険を事前に察知していたエルドなら何か事態を突破する方法が分かるかもしれない。再びメッセージが届いてないか、俺はモニタを覗き込んだ。

 

 だが、そこにあったのは脱出の手掛かりなどではなく、意味不明な文字の乱舞だった。

 

 エルドからのメッセージを表示していたはずの画面は、いつの間にか無数の文字に埋め尽くされていた。それらは虹色に明滅し、悪意をもって俺の脳内を掻き回そうとする。

 奴らは、俺にする。

 

「動くな」「余計な詮索をするな」「全部忘れろ」

 

(そんなもん聞けるか)

 俺はそう思うのだが、突然脳内を占領しようとする命令に混乱してまともに反応することができない。思わずたたらを踏んで後ずさった時、乱舞する文字を破壊して再びエルドからのメッセージが表示された。

 

『何を遊んでいるんだ、シン』

 

 嘲笑うような口調にむっとする。こっちは部屋から出られなくて困っているというのに。

 脳内でぼやいてから、ふと思う。二年前のエルドはこんな口調で話さなかったような。

 彼は従順で、典型的な少年で、

 

『とっとと逃げろって言ってるだろ。オマエならできる』

 

 彼は本当にエルドなのか。再び疑問が頭をもたげる。が、続けて届いたメッセージに目を見開いた。

 

『シンを閉じ込めることは誰にもできない。出ようと思えば出れる。行こうと思えば行ける。どこへでも、どこからでも。その意思が誰よりも強ければ、オマエは何でもできる』

 

 「その意思が誰よりも強ければ」。その言葉は魔法の前提だった。今や誰でも知っている世界の理。だが、俺は誰よりも苦手な。しかし、彼が言いたいのはそういうことではないのだろう。

 覚悟が足りない。そう言われている気がして、俺は一度深呼吸をして目を閉じた。疑問は多い。姉は何故殺されたのか。襲撃者の正体は。「エルド」と名乗る人物は、本当に俺の友達なのか。今、俺の周りで何が起きているのか。

 何もかも謎で、でもここで終わるわけにはいかなかった。まだ死ねない。全部忘れることなんてできない。そのためには、まずこの部屋を出る必要があるのなら。

 床に転がっていた石の像を懐に仕舞う。拳銃も見つけて、右手で強く握った。

 

「顔見れたら全部吐いてもらうぞ、エルド」

 

 拳銃で部屋の窓を砕く。

 その瞬間窓どころか部屋も全部砕けて、少なくとも一瞬はそう見えて。

 ——次に俺が立っていたのは、見慣れたディア・ノクトの崩れた建物の前だった。 

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