1-26 猛獣の鉄拳
仕事を始めたライトの部屋を出た。
器用に質問に答えたりも出来るライトだが、アイツには一つ駄点があり、一番光る時、情報を漁っているその時だけは周りが見えなくなって、どんな質問にも答えない所だ。
それにわざわざ今、急いで聞く事もないから、あんな空気の汚ない部屋にいる必要がないと思って部屋を出た。
電波塔の上で、俺らは暇つぶしをしていた。
「何もねぇな、マジで。こんな場所じゃ空も見えなければ、土も無いし、アセビも暇だよなぁ」
「……ウン」
ひと言だけ言うと下を向いた。
その目線の先には大きく開いた口が、
そしてその中から何かが覗く、指の薄皮なんて簡単に切ってしまいそうな、白くて鋭そうなものが。
「ん?……そういえば、こんなの持って来てたな!」
エイキチが、指を刺して数秒後、
「譜面だよ、」
「そうそうピアノの譜面、よし…じゃあ読んでみっか。」
ピラッ
アセビはバックの中から、紙の譜面を取り出して、嬉しそうにトコトコ歩いて来て、エイキチの足の近くに座った。
わからない譜面を見ていると、勝手にかなりの長い時間が潰れた。
ビルの4階を丸々使った、ピアノホールに置かれていたピアノの譜面は、二人がかりで見ても、
「これがドか?」
何も分からなかった。
「譜面って文字が書いてあるんじゃないのか。ん〜この列に、リズムが乗っているのはわかるけど、変な記号ばっかだし……ダメだわっかんね〜」
自分から見る事を提案して、勝手に自爆したエイキチとは対称に、アセビはじっと見ていた。
二人が数枚の譜面を見初めて、30分は経っているのに、まだまだタコの中では仕事をする音が聞こえる。
タイピングの音が振動になって背中から伝わってくる。
「こんなの見続けて面白いのか」
「ウンッ」
いつの間にかあぐらの上に座ったアセビは、髪が耳にかかってるのが見えるだけで、顔は見えないのだが、見なくても分かる、多分だけどアセビは今、あの顔をしている。
見た目相応な子供みたいな眼、
輝かせた少し興奮して紅上させた顔。
見たくて覗き込もうとしたら、譜面の上の方に書かれた、英語が目に入る。
「面白いのか、そうか〜〜…
あ、名前は読めんじゃねぇか。」
ショパン
Frédéric Chopin
「フレデリック・ショパン?ショパン…ピアノ曲かそういや…、アセビちょっと待ってろよ。」
「ショパン…分かった…」
立て付けの悪いドアをこじ開ける、
部屋の中の空気が圧縮されて、ずっと中にいたライトの耳を攻撃しながら、部屋に入る。
「オイ 早くしろ。」
「ああ、もう情報収集は終わったよ、でもごめ〜ん、ちょっと分からないや。」
「は?」
息が喉を通り抜けて出た、声に込められた感情は怒りではなく、驚きのは?だった。
日本全土にカメラを配置し、盗聴器を仕掛け、それを繋ぐためにアンテナまで支配している、日本ではおそらく一番の情報屋が、
エイキチの中でも一番信用がある情報屋が。
情報が無い。と言い切る
ほどの事に驚いてるんだ。
無いと言い切るには、全部を知る必要がある。あると言う場合には一つ証拠を発見できれば出来るが、無いと言う方が遥かに困難だ。それを言える実力も情報網もある。
ライトが本当のことを言っているのならば。
「はー、
ため息をつきながら、エイキチはドアの方を見た。
「と言うか極限まで少ないんだよね、数軒前の家の防犯カメラ映像からね。
数年前、あの家の初めてきて以来何も無い、
ある一部屋の窓を眺める習慣もあったけど、そこの窓からの情報なんて…独房みたいな扉があったぐらいしか。
敷地内までは盗聴器も仕掛けられなかったし、そしてもう、エイキチが行く数ヵ月前から、窓を見ることもなくなった。」
俺はアセビの心情を想像して、胸が苦しくなる。
それに伴ってかライトも言葉を詰まらせる。
「到底、ビル探索の素敵な報酬とは言えないだろ、だから呼びたくなかったんだけど。」
「そうか、残念だな」
そう言ったエイキチの顔は、情報が得られなかったことに関しては、そんな重要そうではない。
「まあいい、」
続く言葉も、どこか他人事の様な雰囲気を醸し出す。
今はこの情報だけでいい、
本人の事は、直接本人に聞く。
ライトからして見合った報酬を出せなかったのに、エイキチの反応があまりに呆気なくて、エイキチの顔を見て少し本物か疑った。
「早く、金を詰めろ。」
銃を持った強盗が言いそうなセリフを言ったの人は、素手、だがその素手がそこらへんで手に入る様な小銃や機関銃なんかよりも遥かに威力が高い凶器である事を、知っているライトは。
結局のところ全肯定で金庫を開けた。
「お、OK、」
ダイヤルを合わせて、ハンドルを握る、扉を開くとぎっしり詰まっている硬貨と札束。
そしてその金庫の中にある、金は全部が偽札だ。本物の金を取り出すにはもう一つ仕組みがある。
俺はそこまで見ていると、ライトがこっちを見た。仕方ないと方を落とし、見えない様に後ろを振り返った。
カチカチカチカチ……
何かの音、が数秒間鳴って、
扉を閉めた音が2回鳴った時やっと振り返る。
地面には大量の札束が置かれていた。
人間の顔、建物の種類は数々の絵柄があるが、全ての札に共通する、数字だけは固定さ
れている。
今の時代、政府が囲っている街では、札の製造もされているが、こんな辺境では纏まったそんな物出回らない。
でも高額札の上限は10000
目の前にある、札束の全部はもらえるはずはなく、まずは機械を通して数えられる。
100枚を数え終わると、一旦エイキチにもライト自身にも手の届かない、小さめの木製テーブルの上に置かれる。
そして次は、ライトが10枚ずつ数えていき、また同じく遠い場所に置かれる。
三束と目の前で数えられた7枚。
金の精算をここまで正確に詳しくやるのは、
エイキチ自身の要求だ。
「37枚、先に数えた100枚と合わせて、
137枚、センパイ…もう良いですよね。」
目を凝らして、やり辛くなるほど凝視してくるが、ミスをしようものなら、多分やり直される。
運良くミスは一度もなかったのだが、
既にこれを、5回以上やり直させている。
金の亡者は、どんな相手にだってこんな態度を取る。
「いや…もう一度数えろ。」
「ハイ…OKっス」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます