1-27 二旅


 ピー……ピー……ピー…ピピピピ、


 ピー……ピー…………


 「ハァォ、ねむ」


俺は早朝に目が覚めて、アラームを止めたと思ったら、いつのまにかアラームの音が車の給油灯の音に変わってた。


本当に意識がなかったとしか言えない、ここに座るまでに、幾つかの工程があるはずなのにその全てをやったことを思い出せない。

今感じるのは、ハンドルにかかる微妙な重さと記憶の違和感に違和感がないと言う、違和感。

今まで何をしたのか、今何をしているのか、もしかしたらコレも夢の中の出来事なんじゃないか?と思ったら、キョウカイの境目さかいめが自分でも認識ができなくて、不安だった。最後差し出された手の残視が、夢みたいに消えてなくなった。


「おはよう、もうとっくに朝だぞ。」


アセビは、あたまをぽんぽんして起こされると、目の前にあったエイキチの顔を見て、白目の部分が赤くなるまで目を擦った。


「オイオイ…どうした、目になんか入ったのか?それとも、なんか怖い夢でも見たか?」

エイキチは不思議な顔をしているアセビに優しく声をかける。


「…ウウン」

アセビは頷きかけた頭を激しく横に振る。エイキチは現在、道なき道に車を走らせている最中で、その焦った瞬間のアセビの顔は見えなかった。

多分その方が双方にいいことだと思われるが、エイキチが知ったら悔しがる事だろう。


「そうか?じゃ目をかくな、そんなにしたら目悪くなるぞ。」

「ウン」

「本当にわかったのか?なんか…目薬でも入れとけよ、」

「ウン わかった、」


2回とも同じようなことを聞かれて、ちょっと鬱陶しさ混ざった返事をすると、アセビは化粧ポーチに手を入れてガサゴソと漁り出した。


カトレアに持たされたピンクのポーチ、それは大きくポーチとか優しい感じでは無くて、完全にエナメル質のバックだった。

そしてバックは見た目だけではなく、中もかなり充実していた、化粧品や薬だけに限らず、包帯や絆創膏、消毒液なんかも入っていた。

そのため、子供用のポーチからは出ないようなガロゴソと言った、低音のゴツい音が聞こえる。

カトレアが持ってきた時の事を思い出すと、かなり小ちゃいポーチに見えたはずなんだけどな。


まだまだ漁っている。


僅かに感じるハンドルの重さに紐づいて、

アセビも攫った時とは、比べ物にならないぐらい感情も言葉も、表情も何となく変わった気がしたけどやっぱり今もそこまで変わらねぇな〜、と思いながらエイキチはほくそ笑んでいた。


そして目薬を指して、泣いた後みたいに異様にウルウルした目のアセビに話しかける。


「帰り道に出て、もう1日以上は走り続けてるだろ、まだ大丈夫か。」

「ウン? 」

エイキチの質問の心意が分からず、頭のY軸を傾かせて、肯定の頷きに疑問符をつけた。


「色々と少なく計算しても、あと4日はこのままだからな。お前の今までのことは分からねぇけど、ここまでの長旅って初めてだろ。」


「別に、平気」

「…じゃあもう寝てろ、見られてるとハンドルを変な方向に切っちまいそうだ。」

平気と返事したアセビは、澄んだ瞳で俺の顔を見続けていて、それが嫌に、本当に嫌になった俺は、アセビの頬を肘でこづいて、頭をシートに押し付ける。


「…あ、そうお前の持ってきた譜面の話なんだけどよお。」


秒で寝息が聞こえて

一人無音の中、ツッコんだ。


ピーーー〜……ピ…

「止まった、またかッ」

昼から鳴り続けていた、燃料計が点灯することも諦めて、ついには燃料計の針が落ち込んだ犬みたいに、分かりやすくヘソを曲げてしまった。


俺は車の外に出て、バックと給油口を開ける。

靴に土が付きそうな、柔らかい地質だ。


タンクの蓋を開ける。

何度注いだのかわからない、ほど嗅ぎ慣れた

数多の化学薬品の鼻に来る物質が混ざった、ガソリンの匂いが漂ってくる。


肺の深くに入るまで嗅いでいると、科学薬品の匂いで脳が痺れるような感覚がある。でもコレがまたアルコールの気持ちよさにも似ていて、たまに盗賊団の酒もない何も無い、永い旅じゃ、コレが嗜好品になることもある、らしい。


「クッセェ、あいつら全員狂ってんだよ。」

俺にはただ鼻に来る匂いで、嫌いだ。

それもそうか俺は酒が好きなわけじゃねぇ、俺は思いのほか綺麗な星の空を見上げて、

気が落ち着く、自分でも安上がりで良い感性してるって思ってるよ。


コレはみんなの物だし、誰のものでも無い。

この世界で一番くらいに綺麗に、残ってる。

俺の中の一番くらいにコレが居る。


トポトポポポポポ、


予備のタンクからガソリンを入れる。

普通はポンプを使ったりするはずなのに、エイキチは給油口に簡単な漏斗をつけているだけで、安全の一文字も無い。可燃物の取り扱い方。


そんな状況なのに、ふとポケットに持った、携帯を見て物思いに耽る。



手を出してと言われ、小銭が多くても入るように深く器方にした手に、何か固い想像していたよりは軽いものが乗せられる。


「ハイ、コレあげる。」


そんな風に軽々しく、携帯を渡される。

コレで何回目だろうか、毎回断っているのに渡そうとしてくる。


「俺は持たねえぞ」

返そうと下投げで振りかぶった。

でも今回は今までの渡し方とは違った。


今までは、必死になって渡そうとしてきた、携帯に手錠のアクセサリーをつけたり、超強力粘着シートを裏に貼っていたり、投げ返せないように鉄製の盾を構えていたり、どれもが躍起になって持たせようとしてきたが、それのことごとくを腕力で解決した。

ちなみに手錠は本物だった。


だが今回は、すぐに仕事に戻っていた、まるで気にしてないですよ、みたいな顔して

「じゃあメタルの店にでも置いといてよ、先輩の家みたいな場所でしょ。」

あくまで平常時の状態で言った。


「チゲ、うぅよ…」

思い返してみると最近は、アセビがいることもあって、近場の物を奪っては売りにかえ、エホン…メディクターにことが多い。


当然のように、俺らの行動をライトが言った事で、この地の全てが監視されていることを再確認する。

改めてコイツの有能おそろしさに固唾を飲み込んだ、言葉は詰まってしまったが、まだ言う事があったのに、


「じゃあねー、バイバーイ、アセビちゃんにもよろしく言っといてねー!…じゃ」

ライトは仕事に戻った。


ポタポタと、軽い音が鳴ってようやく気づく、給油用のタンクに入れておいたガソリンが切れた事に。

「またかよ、めんどくせぇ」


こんな小さいトラブルは、長い旅にはつきものだ、対処法も時折ある整備された給油所で取れば良い、大体のことは起こってからでもどうにかなるもんだ。


タンクはトランクに入れて、キャップを閉めた。これ以上に匂いが広がることは無いし、運転中に気分が悪くなることもなくなる。


「俺はずいぶん変わってきちまった。

認めたくないが、似てるんだよな俺たち、」

エイキチは浮かれない顔で、隣の席いるアセビを見た。

「こんな弱いのと似てるって嫌だけどな。」


「弱いエイキチ…」


言葉を繰り返しただけか、目を閉じたふりして小馬鹿にしているのか。

アセビは灰色のクッションに沈み込みながら、群青の髪で口元を隠していた。


「ほぉう。言うじゃねぇか、」


エイキチは目だけを見開いた笑顔で、拳をぶつけ合う。

拳のぶつかり合う金属音が、徐々にと物々しく響いてきて、鐘の音が鳴る。

灰色のみぞれが土砂降る空が急に上がり、

太陽の光が落ちてきたのを見たような。


もし教会から剥け出した直後なら、人の顔も見ずに殴りかかっていたところだが、今では顔も見えないのに相手のことを考えて、静かに音楽かける。

カセットテープに入ったクラシック音楽をかけた。




俺の熱は今ここにある。


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