1-23 塔上の目線


「どんな硬さで作られてんだ!クソッ!」


 目の前にあるシャッターは、エイキチの拳で何度も殴っても破壊どころか、跡すらつかなかった。


 うす暗い鈍色をしていて、わずかに明るい光に照らされても、完全な暗闇の中にいても、不自然と存在感のある蒼さを放っている。

 表面は普通に腐食しているのに、錆が発生していない、うねった様な模様が全体に走って、それがまるでダマスカス鋼みたいに、

 最初からそう言う見た目に作られたかのように感じれた。



「そこら辺のボロの金属だったら今頃、ぶち壊して中に入れてんのによぉ……うぉし、

 も一回だ!」


 こじ開けようとシャッターの溝に指を嵌め込んで、力が入るようにシャッターに張り付き踏ん張っている。

 顔は首から徐々に赤くなってきて、耳まで真っ赤になっても、シャッターの前で足を広げて情けない姿を晒しているだけだった。


 そのエイキチの背後では、アセビは静かに足を崩し座っていた。


 大きな目に涙を浮かべて、絆創膏を貼った額を抑えている。


「おかしいな、前はそんなに痛くなかった……はずなのに」

 過去の暴力と今の頭の傷、自分の歩いている速度でぶつける衝撃を比べてみて、不思議そうに絆創膏の表面をカサカサと摩っている。そんな事を口にしていると、


 ーーッッガッシャーーン

 激しい衝撃音、の前に無音の時間がかかった凄まじい破壊力で青鈍色あおにびのシャッターをぶち壊した。

 吹き上がったホコリがやがて落ち着くと、頑丈な金属のシャッターにエイキチの体数倍はある大きな穴が空いていた。


「うっし、開いた!」

 拳からも煙をはためかせて、異常なほどに熱を持った右拳を飛び跳ねて熱がりながらも

 左手で振り払い、最後は息を吹きかけて熱を逃した。


「アイツッこんなこと一言も言わずに行かせやがって、帰ったら一発殴ってもバチあたらねぇよな。」


 俺は拳から血は出てない事を確認して息を整えると、アセビの方を見て手招きをして、腕を中心に身体に不調がないかストレッチで肩を伸ばしながら歩いていく。


「しゃあねぇ、もう二仕事だ。」


 俺たちが作業員しか通らないような細くて通りずらい通路を歩いて行くと、

また登りずらい鉄製のホッチキスの針が刺さっただけの梯子を登っていき。

ビルを上がってくる時からずっと見えていた天井の窓に遂に到達した。

「アセビ、少し離れて待ってろよ。」

「ウン!」


 ここにハシゴがかかっているなら、何かがあると確信して透明な窓を探っていると、窓の端っこ俺の腕の長さでもギリギリに小さな留め具があり、それを外すと天窓が軽く上に開いた。

「登ってこい!」

 窓が開く事と梯子に体重をかけても壊れない事を確認すると、一旦梯子を降りた。

 アセビにくくりつけた紐を上にいた俺がつかんで命綱として登らせる、当然だが俺より小さい音を立てて登ってくる、アセビの歩幅に任せて少しずつ引っ張り上げる力を入れて行く、

 最後の段に二人の足と膝をかけて、俺は片手でアセビを支えてつつもう片手で天窓を開ける。すると何も混じっていない、純粋な光を顔に溢しながら開かれる、窓の隙間から鳴っていた風の音がより大きくなる。


「オ、」

「おーいアセビー、お前が動かねぇと登れねえよ、ヨッッと…景色良いな、」


 登った直後で膝を曲げて立とうとしている状態なのに、つい言ってしまう景色は、

 街の全てが下に見えて、街中を反射している光の線が見える、空気の青さで街全体が薄く染まっている、

 自分の今見ている場所から別の街の建物までも下に見えてしまう。この街、いやそれどころじゃない、今まで行ったどの場所よりも高い、今までの自分の生活していた世界はどんだけ狭い範囲だったんだろうと考えさせられてしまうが、また思考を景色の綺麗さで、単純な感動に引き摺り込まれる。


 澄んだ空気が世界中から強い風に運ばれてくる、そう思ってしまうように全方向から絶えず吸い込むだけで肺がスッキリする、風が吹く。

 ニットの帽子を飛ばされないために、少し上を見た瞬間、俺の目は空がいつもより近い気がした、太陽や月はもちろん、夜でもないのに星がうっすらと見えて、空気が澄んでいるとこんなに濁っていないのか、と思わされる。


 いつも警戒する足元より景色に目をとられて見ていなかった、屋上は通常、一番に雨風にさらされる場所のはずなのにこのビルはやはり綺麗だった、白い塗装は剥がれてコンクリートが剥き出しになっていたが、腐食も錆も起こっていない。


 二人で少し歩いて目的のものを探すと、二人ともコンクリの摩擦で靴が置いて行かれていた。

「…なんか変な感じ」

「おっと俺もか、気をつけろよ、コンクリだから滑りが悪い、今までフローリングだったのもあって慣れねぇよな。」


「うんなんか、気持ち悪い、」

「…何回も言わなくて良いって、気持ち悪いけど。」


 黒いコードを頼りにアンテナを探すと、よくでかい建物の屋上にあるボックス型の機械の影に隠れて、そこにはそれはそれは立派な、手作り感がある木造のアンテナが。


 事変に教えていられなかったら、土木系の職人が使わなかった材木が積められているものにしか見えない、アンテナ。

 強度自体はアンテナ全体を覆っている接着剤のような蒼いコーティングがされていて、頑丈にはなっている。

 でも見た目だけでは到底頑丈そうには見えない、そこに逆に鳥の巣にアンテナが生えてるようにも見える程の大きい鳥の巣、

 120階のビルを上がってくるまでの労力を使ってやっと着いた屋上で自分たちの目指していたものが、枝の塊なだけの鳥の巣に紛れるアンテナだ。


 ヒューヒュオーーーーッ

 急に二人の目の堀が深くなって、目を閉じてもいないのに、目が影になって瞳が見えない、眉も太くなって筆で描いたような眉になる、あまりのショックと拍子抜け感が合わさり、二人の顔はかなり劇画チックになった。


 二人の髪が風になびく、大きく広がった髪が顔にかかろうとも二人は無表情でアンテナを眺めていた。



「コ、コレか?」

 エイキチはライトが嫌な顔をして言っていた最悪な出来事とやらを思い出す。


「な!に!が!何の知識もないバカがアンテナを壊した最悪のどうのこうのだッ!

 こんなの何もしらねぇ奴なら重要なものだと思うかッ、そこら辺のゴミと間違えても仕方ねぇわ!」


 エイキチは思い出したら、虫唾が走ったようで舌を出して心底嫌そうな顔をして言ったが、アセビはまだ顔の堀が深かった。


「フハハ、フハハハ、」


 夕暮れの

 覇者たりウルフ

 嗚呼ロリよ

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