第八話  第一列島線の攻防

 

 中国が対米国を念頭に、海洋上に独自に設定した軍事的防衛ライン、いわゆる第一列島線内には、台湾本島もすっぽり含まれる。その列島線を東西に挟む海域では、米中両国の海軍機動部隊が厳しく対峙していた。空母を含む中国海軍の艦艇は、台湾本島を囲むように事実上の海上封鎖態勢にあり、アリ一匹通さない布陣で備えていた。

それに対して世界最強とうたわれる米国の空母打撃軍は、そこからかなり離れた海域にあった。空部キラーの異名をとる、中国の新型弾道ミサイル東風21Dによる攻撃を警戒してのことである。中国軍発表の情報によれば、この対艦弾道ミサイルは航行中の古い商船を標的にした実験も成功させ、すでに中国沿岸部への実戦配備も完了済みと目されている。

 通常の弾道ミサイルならば、陸上にある動かない目標を攻撃するために使われるが、空母は常に航行しているため弾道軌道を描いて落下するだけでは絶対に当たらない。それを克服したのが東風-21Dなのだ。

東風-21Dは発射後、飛翔途中に目標となる敵空母の現在位置データを衛星経由で受け取る。さらに弾着前には、弾道ミサイル自身の弾頭に組み込まれているアクティブレーダーや、赤外線センサーを組み合わせた終末誘導システムが作動して、大型艦を正確に捕捉し突っ込んでいくミサイルである。

この弾道ミサイルを無力化するためには、発射をいち早く探知したうえで、イージス艦に搭載するSM-3ミサイルで迎撃するのが最も有効な防御方法であるが、その時間を稼ぐためにも目標となる空母などを、できるだけ離れた位置にとどめておく必要がある。FA-18ホーネットなどの空母艦載機が、台湾周辺海域で作戦行動を行うためには、ぎりぎりの距離であった。

 しかし米海軍には、地理的制約を受ける制空権の劣勢を補って余りある、強力な攻撃用兵器があった。海の忍者とも呼ばれ、長期間の連続潜航が可能な攻撃型原子力潜水艦である。空母打撃群の近くには必ずこれらの攻撃用原潜が随伴し、敵の艦艇や潜水艦などの攻撃から艦隊を守る役割を担っている。中国の攻撃型原潜も就役はしているが、まだ歴史が新しく、隻数や運用実績においてはまだまだ米軍には及ばない。

 いま無音に近い静粛性で中国の艦隊に忍び寄りつつあるのは、米軍の誇る最新鋭のバージニア級原潜であった。4門の魚雷発射管の他に12基の垂直ミサイル発射装置VLSを備え、対艦、対地攻撃も得意とする万能型潜水艦と言ってもよい。

艦首部分に取り付けられた高性能ソナーが、遠くに数隻の水上艦のスクリュー音をとらえていたが、周囲には脅威となる敵潜水艦がいないことを確認していた。敵味方の識別をするには、海中でとらえる音響分析以外に手段はなく、十分な訓練を積んだソナーマンの仕事である。

 ソナーマンは多くの経験を積むことによって判断の迅速性、正確性を磨いていく。かつての冷戦時代には七つの海を駆け巡り、旧ソ連軍と潜水艦同士でしのぎを削ってきたアメリカ海軍に、中国軍に比べて一日の長があると言われるのはそのためである。

 最近でも、悲劇の客船タイタニック号沈没現場ツアーの小型潜水艇事故で、同潜水艇が深海4,000mの水圧で船体外殻が押しつぶされたことを、米海軍がいち早く察知していたことを後になって発表したが、恐らく、付近にいたと思われる米潜水艦の聴音能力の高さによるものであろう。

ソナー室で聴音監視の対象となっていた水上艦うち、一隻の音が次第に大きくなってきた。同時に発令所のモニタースクリーンに映し出される音源の波形から中国のミサイル駆逐艦であることが確認できた。

「潜望鏡用意!」

 潜望鏡と言っても旧来型潜水艦のような光学式と違い、米原潜の最新型では完全にデジタル化されている。伸縮性の細いポールの先端に取り付けられた三種類のテレビカメラで瞬時に360度の範囲を撮影し、発令所のモニタースクリーンに送ることができる。そのため、旧来型のように敵に発見されるリスクも少なく隠密性も高い。

 従来の光学式潜望鏡の太さでは、潜水艦の船体を構成する耐圧殻の一部に、潜望鏡を貫通させるための大きな穴を開ける必要があった。これに対してデジタル化された非貫通型潜望鏡では、信号をやり取りするケーブルを通すための小さな穴ですむため、原潜の性能を左右する水中での航行速度と、潜航深度を最大化させることに大きく貢献している。ちなみに日本の海上自衛隊が運用する潜水艦で非貫通型を採用したのは、2022年に就役した「たいげい」型が初めてである。

 海面にスルスルと伸びたポールを通して送られた画像は、ミサイル駆逐艦にしてはかなり大きな船体を示していた。南昌級駆逐艦と呼ばれ、排水量は10,000トンを超え、全長は180mにも達するため、米戦略研究所ではミサイル巡洋艦として分類されている。大きな船体にふさわしく対空、対艦、対潜水艦、対地攻撃用の各ミサイルを発射できる汎用VLSセルを112基も装備し、強力な攻撃力を有する艦艇であることが知られている。

 また黒海でウクライナのネプチューン対艦ミサイルの攻撃で沈没した、ロシアの巡洋艦モスクワのように、ミサイルなどの兵装が無防備に甲板上に露出してはおらず、防御力も高いとみられている。

 「1番、2番、3番魚雷発射!」

 装備する533mm発射管から、3本のマーク48魚雷がそれぞれ異なる角度で射出された。弾頭に300㎏近い高性能爆薬を搭載するこの大型魚雷は、命中すれば圧倒的な破壊力を有している。目標となった中国艦は、船底の音響ソナーで魚雷特有の高速スクリュー音をとらえ、直ちに回避行動をとった。全速で回頭するとともに、魚雷の追尾用音響センサーを妨害するためのデコイを射出した。

艦の至近距離をデコイによって惑わされた1本の魚雷がかすめていった。しかし執拗に追尾を続ける他の2本の魚雷から逃れるすべはなかった。1発が艦首部分に当たり、2発目は中央の弾薬庫付近に命中、誘爆により大爆発を起こして、艦は間もなく沈み始めた。

 付近にいた中国の僚艦が、救命ボートで海上に投げ出されて波間に漂う乗組員の救助活動に当たるとともに、艦尾の飛行甲板から対潜ヘリを発艦させた。海中にソノブイを投下して敵潜水艦の痕跡を発見するのに躍起となったが、その頃、役目を終えた米攻撃型原潜は、安全な距離まで静かに離れつつあった。


 一方、軍事用偵察衛星から送られた画像により、空母を中心とした米機動部隊の展開を察知した中国の弾道ミサイル部隊に攻撃命令が下った。使用するのは中国が実戦配備を急いできた前述の東風21Dである。

 1,500㎞の射程を持つ弾道ミサイル3発が、中国沿岸部から同時に発射された。目標に到達するまでの時間はわずか15分程度であり、迎撃は非常に難しいと言われている。2発は沖縄周辺に展開していた米海軍のイージス駆逐艦がSM-3ミサイルを発射し、放物線の軌道が高速落下に入る前に迎撃に成功した。しかしもう1発が機動部隊の海域に到達し、ミサイルの弾頭部分に組み込まれた終末誘導システムに誘導されながら、艦隊の中で最も大きな目標である空母めがけて突っ込んでいった。そして飛行甲板の船首部分を直撃した。弾頭の爆発による大きな損傷を与え、それ以降の航空機の発着艦を不可能にした。

 これにより第七艦隊の空母ロナルド・レーガンは、自力航行こそ可能だったものの戦線離脱を余儀なくされ、大規模修理を行うため米本土の向かった。最近、日本の造船所で修理ができるように日米政府で今日に入ったが、それは空白期間を少しでも短縮したいとする米軍側の事情によるものである。しかしそれはまだ先の話で、現状、これほどの大修理には数か月以上を要すると思われたが、その穴を埋めるためニミッツ級大型空母セオドア・ルーズベルトが、ハワイの海軍基地から、あわただしく台湾沖の海域へと向かった。

 


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