第七話  沖縄南西諸島

 

 台湾周辺での米中の本格的軍事衝突のエスカレーションにより臨戦体制を強いられたのは、沖縄周辺に展開する日本の自衛隊も同様であった。台湾に近い石垣島、宮古島の陸上自衛隊駐屯地では、両島に新たに配備されていた12式対艦ミサイル部隊が、即応力を高めるための準備に追われた。

 この純国産の巡航ミサイルは、地上に展開された移動式車両から発射し、海上を航行する敵の艦艇などを攻撃するためのものである。公表されている有効射程は、陸自が保有する装備の中で最長クラスの約200㎞であり、宮古島から狙えば同島と沖縄本島間の宮古海峡、また石垣島からなら、同島と台湾本島の間の海域を十分にカバーする能力を持つ。

 中国側が設定する、いわゆる第一列島線を超えて中国艦船が東シナ海から太平洋側に抜けようとする際には、大きな脅威となることが予想された。弱点は小さな島からの地上発射型のため位置の特定が容易であり、敵航空機からの攻撃や弾道ミサイル、巡航ミサイルの標的に晒されやすく、有事の際にはその残存性に問題があると指摘されていた。

 しかし日本が現有する数少ない攻撃用兵器であり、将来的には1000㎞程度まで射程を伸ばして中国本土まで届く、いわゆる敵基地攻撃能力を持たせようと計画されている。通常は、発射機や射撃管制装置などを搭載した移動車両ごと、コンクリートに覆われた半地下シェルターに格納されているが、発射時にはそこから引き出して戦闘配備する必要がある。

 現在、台湾までの直線距離が100㎞と最も近く、住民1700人が暮らす与那国島の監視レーダー施設の大幅増強、そしてPAC3対空ミサイル部隊の配備が検討されている背景には、宮古・石垣両島に配備した虎の子の対艦ミサイルを、空からの攻撃から守る戦術的理由があるとされていた。


 中国が弾道ミサイルなどによる沖縄本島の米軍基地攻撃を行ったことにより、何もなければ平和そのものの南国の島、宮古・石垣両島周辺での動きが急にあわただしくなった。沖縄本島への攻撃は、米軍基地というだけにとどまらず、明らかに日本領土に対する攻撃でもある。

 日本政府が好んで用いるところの、いわゆる「国家の存立危機事態」に該当し、国会の承認を経たうえで自衛隊の武器使用を認める根拠とすることができる、としている。そして日本の国会が形がい化し、重要な事項でもすべて政府の閣議決定で事足りる昨今の状況を考えれば、自衛隊による武力行使は時間の問題であった。同盟国の米軍からは、「展示用の軍隊」などと陰口をたたかれ、実戦経験のない自衛隊の実力を示す機会がようやく訪れたのである。

 宮古・石垣両島の対艦ミサイル部隊に武器使用許可の命令が下ったのは、閣議決定からわずか数日後のことである。最初の標的となったのは、宮古海峡を通り抜けて台湾本島東側に抜けようとしていた中国海軍の二隻のフリゲート艦である。宮古島の対艦ミサイルシステムの捜索評定レーダーを、この二隻にロックオンしたと同時に、相手艦艇もこちらに向けて火器管制レーダーを作動させた。

「発射!」

 高角に打ち出された2発の12式対艦ミサイルが、オレンジ色の炎とともに上空に消えた。しばらく上昇したのち、敵レーダーの探知をかわすため高度を下げて海面すれすれに飛んだ。シー・スキミング(超低空海面追随飛行)というミサイル誘導技術である。

 ミサイルは数分後、発射基地の追尾用レーダースクリーンが2個の目標に命中したことを示していた。対艦巡航ミサイルの弾頭には、フリゲート艦のような小型艦艇なら一発でも撃沈させるほどの威力を持つ高性能火薬が搭載されている。それを同時に食らった二隻の中国艦は大爆発を起こし、瞬く間に海中に消えた。

 対艦ミサイルが実戦で最初に使われたのは、英国とアルゼンチンの間で起こった1982年のフォークランド紛争であった。当時イギリス海軍自慢の最新鋭フリゲート艦が、アルゼンチン空軍の攻撃機から発射された一発の仏製エグゾセ対艦ミサイルによって撃沈されたことは、世界の軍事関係者に衝撃を与えた。そのほかにも航空機を運ぶ英国コンテナ船も同ミサイルで撃沈されるなどの戦果により、緒戦でイギリス海軍の空母機動部隊は、フォークランド諸島に近づくことが出来なかったほど、脅威を与えたと言われている。


 宮古島の駐屯地では、直ちにミサイル発射用車両をシェルターに格納する作業に追われていた。予想される敵の反撃から守るためである。果たして10分もたたないうちに、複数の東シナ海上空の中国軍機から、対地攻撃用巡航ミサイル数発が発射された。基地の対空ミサイル部隊の防空レーダーがこれを補足し、ペイトリオットミサイルを発射、ほとんどを迎撃破壊したが、2発が駐屯地内に着弾し爆発、軍用車両や建物施設の一部が損害を受けた。

 しかしこの攻撃はほんの序章に過ぎなかった。南西諸島の主要な日本側軍事施設は、中国弾道ミサイルの攻撃目標としてあらかじめ設定してあり、宮古・石垣両島の自衛隊駐屯地も当然それらに含まれていた。両島や与那国島の監視レーダー施設に狙いを定めた東風15弾道ミサイル十数発が、中国本土から一斉に発射された。

 中国が、500発以上保有するこの短距離弾道ミサイルの有効射程は約800km以上とされ、台湾本土はもちろん、沖縄本島をはじめとする南西諸島全域をカバーする。発射地点に最も近い与那国島の監視レーダーがいち早くミサイル攻撃を探知し、リンクされている宮古・石垣の防空部隊から直ちに迎撃用のPAC3ミサイルが発射された。

 速度の遅い巡航ミサイルに比べ、弾道ミサイルは、発射直後の放物線軌道から目標に向かって落下を始める段階で、その速度は音速の10倍ほどにまで達するとされ、迎撃の難易度は格段に高くなる。ましてや同時多数の飽和攻撃となれば、いかに高精度のPAC3とはいえ、うち漏らしが生じるのは避けられない。

 各々、数発のミサイル弾頭が三島に降り注いだ。防災行政無線により大音響のサイレン音が鳴り響いたが、避難のための安全なシェルターなど整備されていないため、住民は不安に駆られて上空を見上げるしか、なすすべがなかった。

 ただし弾道ミサイルは精密誘導の巡航ミサイルと比べて命中精度はそれほど高くなく、半数ほどは自衛隊駐屯地の周辺に広がる民有地のサトウキビ畑などに着弾、爆発した。そして迎撃をかいくぐった数発の弾頭が大きな爆発音とともに駐屯地に着弾し、施設に深刻な損害を与え自衛隊員にも死傷者を出した。

 格納してあった対艦ミサイルシステムは、半地下の堅固なシェルターにより直接的な損害こそなかったものの操作要員に深刻な支障をきたし、機能不全に陥ってしまったのである。

 

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