第六話 米中軍事衝突の勃発
宮古島での陸自ヘリ墜落事故から半年が過ぎた2023年秋、米空軍のRC135偵察機が台湾海峡上空を通過しようとしていた。米軍にとって海峡上空の飛行は、度重なる中国側のクレームにもかかわらず、あくまでも国際空域での通常任務とのスタンスであり、もちろん今回が初めてではない。例によって中国沿岸部の航空基地から緊急発進した4機の戦闘機、殲16が追尾・監視を行うため近づき、そのうちの1機はお互いの操縦士の顔が視認できるほどの距離にまで接近した。
台湾海峡上空を飛行する米軍機に対する中国戦闘機による過剰反応は、これまでにも幾度となく繰り返されてきた。しかし今回はそれだけにはとどまらなかった。その時上空で偶然に発生した乱気流により偵察機の高度が乱れ、その主翼が中国機の垂直尾翼に一瞬接触してしまったのである。
双発エンジンを持つ大型機RC135は、すぐに態勢を立て直し、何事もなかったのかのようにそのまま飛行を続けたが、殲16戦闘機が受けた損傷は思いのほか大きく、同機はコントロールを失い錐もみ状態で落下していった。パイロットは操縦席ごと空中に射出され、パラシュート降下の末、海上で中国軍の艦艇によって救出されたが、機体は墜落を免れることはかなわず海中に没した。
中国政府は直ちに反応し、プレス発表の場で報道官は米軍機の度重なる挑発行為が招いた重大事故であると激しく非難した。それに対して記者会見に臨んだ米国国務長官は、国際空域で通常任務にあたっていた米軍機に対して、異常な接近を行った中国機にこそ事故の責任があるとの立場を強調した。
つい最近、サンフランシスコで行われたバイデン大統領と習近平国家主席との首脳会談で話し合われたのは、まさにこのような偶発的な事故によって両国の緊張が抜き差しならない事態に発展することを防ぐために、ペロシ米下院議長が台湾を訪問して台湾議会で中国非難の演説を行った後、中国側が一方的に遮断していた軍事対話を再開するとの合意を確認するためのものであった。
しかしその合意内容とは裏腹に、この偶発的とも思われる軍用機同士の接触事故を契機として、台湾海峡上空の中間線を越える中国機の侵入がその数、回数とも大幅に増え、その度に台湾空軍のF-16戦闘機がスクランブル発進を強いられた。
今回の中台両軍の緊張は空だけにはとどまらなかった。実は、中国福建省の沿岸近くには馬祖諸島、金門島といった台湾が実効支配する小さな島々が存在する。小規模な台湾側守備隊も常駐しているが、普段は経済交易や観光を主とした住民同士の往来も盛んである。がしかし、もし中国の台湾侵攻があるとすれば、真っ先に占領されるのがこれらの島々と目されているほど、中国本土に近接している。
中国戦闘機の墜落事故から数週間が経過した×月×日、中国政府は突然これら島々の海上封鎖を宣言し、許可のない民間機、軍用機の台湾本島からの飛来を禁止、民間船舶を含めた台湾の船が入港することも禁じた。
それからほとんど間を置くことなく、中国本土からの激しい準備砲撃の後、人民解放軍の海軍陸戦隊が攻撃ヘリなどの支援の下、水陸両用車などを使って上陸作戦を開始し、あっという間に島に配備された小規模な台湾守備隊を制圧した。
この電撃的な軍事作戦によって台湾国防軍はもとより、ハワイに司令部を置く米国インド太平洋軍や東京の防衛省にも衝撃が走った。中国海軍による海上封鎖が台湾本土への全面侵攻を企図したものか、または中国にとってのどに刺さった小骨のような存在の、沿岸部から目と鼻の先の馬祖諸島、金門島の占領を目的とした、あくまで限定的な軍事作戦なのかを巡って情報分析が分かれた。
台湾軍守備隊からの緊急無線連絡によると、大陸側からの準備砲撃で、火砲など保有する装備のほぼ半数が失われ、上陸が始まったころには圧倒的な物量の侵攻軍に対して反撃能力の不足はいかんともしがたく、降伏するしか途はなかったという。
台湾、米国両政府によって緊急に開催されたオンライン協議で対応策が検討されたが、先ずは馬祖諸島、金門島の領有権を侵された台湾が、沿岸警備隊の巡視船を派遣して中国側の出方を見ることになった。ここで台湾海軍の艦船が出動すれば即、交戦状態になることは火を見るよりも明らかであるので、直接的な刺激を避ける意味合いが強かった。巡視船といっても派遣されることになったのは、台湾が保有する巡視船の中でも排水量5,000トンを超える大型艦で、機関砲のほかに多連装ロケット砲まで装備した強力な準戦闘艦艇である。
巡視船が台湾海峡の中間線を越えて大陸沿岸部に近づこうとしたとき、その行く手を数隻の中国海軍ミサイル駆逐艦、フリゲート艦などからなる艦隊に取り囲まれ、そのまま拿捕されてしまった。通常の沿岸警備任務なら海警局の役割であるはずであるが、いきなり海軍艦艇が現れたのは、周辺海域がすでに戦闘状態下にあることを意味していた。
そして台湾本土周辺の空海域でも中国軍の動きがあわただしくなり、空では戦闘機や長距離爆撃機も含めた航空機の威嚇飛行が活発化した。また海では中国海軍が保有する二隻の空母やミサイル駆逐艦、補給艦などで編成された艦隊が台湾本土を取り囲むように東部海域にまで回り込み、すでに空母の甲板上では艦載機が頻繁に離発着訓練を繰り返していた。
この事態の急変を受けて、台湾国防部や米軍の司令部ではその対応に苦慮した。挑発に乗って軍事行動にでれば、すでに戦闘準備の整っている中国側の思うつぼであるし、かといって傍観していても事態が鎮静化する保証はない。打開策を探るため、在日米軍の横田基地からは占領された馬祖、金門島周辺の情報収集にあたるべく、無人偵察機RQ-4グローバルホークが飛び立ち、大陸沿岸部に近づいた。ところが直ちに中国空軍の戦闘機が要撃し、警告することもなくこれを撃墜したのである。
これを中国軍による明らかな武力攻撃とみなした米国インド太平洋軍は、警戒態勢をデフコン2まで上げ、即応体制をとった。この最高度の準防衛準備態勢が発令されるのは、アメリカ軍では実に、あのキューバ危機以来のことである。
横須賀に停泊していた第七艦隊の原子力空母ロナルド・レーガンがあわただしく出港、相模湾沖合でほかのイージス巡洋艦や駆逐艦群などと空母機動部隊を編成し、沖縄海域に向けて南下していった。
またインド洋方面で通常任務に就いていた空母ジョージ・ワシントンの機動部隊も、フィリピンと台湾を隔てるバシー海峡を目指して速力を上げていた。米本土からは戦略爆撃機B52やB-1Bランサーの編隊がグアム基地に飛来し、同島への再展開の準備を進めていた。一方で米空軍沖縄嘉手納基地においても航空戦力の増強が続き、滑走路は昼夜を問わず離発着する戦闘機などの轟音が絶えなかった。
米軍の臨戦体制準備が整おうとしているその矢先、中国政府は機先を制するように、現在の中台中間線より台湾に近い空域で、近づいてくる航空機を航空管制官が識別する防空識別圏(ADIZ)の設定を発表した。この発表は、これまで米軍などが国際空域とみなして情報収集のための軍用機を派遣していた空域を、事実上の中国領空として扱うことを宣言するものに他ならなかった。
そして多くの中国軍機は、これまでよりも更に台湾本土に近い空域を飛行するようになり、緊急発進する台湾空軍の要撃機と一触即発の緊張状態が生まれた。
両空軍機同士の最初の交戦は、起こるべくして起こった。従来の線引きである台湾領空を侵犯した中国空軍殲16戦闘機4機編隊に対して、スクランブル発進した2機の台湾空軍F-16戦闘機がサイドワインダー空対空ミサイルを発射したのである。一発が中国軍機1機に命中しこれを撃墜したが、ほぼ同時に他の中国軍機から発射されたミサイルが2機のF-16を撃ち落とした。
台湾空軍機によるミサイル発射を明白な戦闘行為とみなした中国軍は、台湾本土各地に分散されている空港などの軍用施設に対して、短距離弾道ミサイルや巡航ミサイル、更には攻撃用ドローンなどによる攻撃を開始し、防空レーダー施設や滑走路などに大きな損害を与えた。
加えておびただしい数の中国海軍艦艇が、宮古海峡やバシー海峡を通過して、台湾本土を東側から封鎖しようとした。この行動に米軍機動部隊が反応し、原子力空母から発艦した艦載機が中国軍艦艇に対してミサイル攻撃を行った。
文字通り米中軍事衝突の勃発であり、報復として中国軍のミサイル攻撃は沖縄にある嘉手納などの米軍基地も標的となった。沖縄本土が直接攻撃を受けたことにより、日本が武力衝突に巻き込まれることは避けられない事態となってしまったのである。
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