第五話  東シナ海イージス艦

 第四話  東シナ海イージス艦


 沖縄にある米軍基地や石垣・宮古両島の自衛隊駐屯地がミサイル攻撃を受けたことにより、長崎県佐世保にある海上自衛隊の艦船に出動命令が下った。佐世保は規模や在籍艦艇数では横須賀や呉に及ばないものの、艦隊の中核を担う護衛艦が海自五大基地の中で最も多く配備されるなど、戦略的な重要性、とくに沖縄本島を中心とする南西諸島周辺海域の守りの要として近年、戦力増強が際立つ基地である。

 なかでも海上自衛隊の虎の子ともいえるイージス護衛艦が全保有数八隻のうち、三隻が配備されていることからも、日本がいかにこの方面を重視しているかがうかがえた。三隻のうち一隻は平時から東シナ海に展開中であったが、残りの二隻もあわただしく佐世保の港を後にした。

 イージス艦に期待されるのは、その優れた防空戦闘能力である。同時に200以上の目標を追尾できるフェーズド・アレイレーダーを搭載し、高度な情報処理、射撃管制指揮システムにより、10個以上の目標を同時に攻撃できると言われている。特に主要装備として搭載されているSM-3は、敵が弾道ミサイルを発射後、大気圏外でこれを迎撃するために開発された最新鋭の対空ミサイルであり、放物線を描いて飛行する目標弾頭が落下を始めて速度が加速する前の段階で迎え撃つため、迎撃率も非常に高いと言われている。

 三隻のイージス艦が南西諸島を守る盾のように、ようやく同海域の配備に就いたころ、中国本土から更にそれぞれ数十発ずつの短距離弾道ミサイルと攻撃用無人機が発射され、艦内戦闘指揮所のスクリーンには一斉にそれらのプリッツ(輝点)が同時に表示された。直ちに高性能コンピューターで飛行解析が行われ、発射されたこれらの飛翔体が沖縄本島の米軍嘉手納基地に向かっていることがわかった。中国軍側が宇宙空間に保有する軍事衛星による分析の結果、数日前の攻撃による効果は十分なものではなく二次攻撃が必要と判断されたのであろう。

 これらの弾道ミサイルを迎撃すべく、各イージス艦からそれぞれ数発ずつ、合わせて10発のSM-3が発射された。海上自衛隊が保有する最新の迎撃ミサイルSM-3の総数は最大180発程度とされており、決して潤沢な数量ではない。したがって今回のような多数の弾道ミサイルによる飽和攻撃を受けた場合、100%迎撃するのは困難と言われていた。うち漏らしたミサイルを迎撃するのが、地上配備型のPAC2やPAC3であり、日本のミサイル防衛はこの2段構えで対処するように構成されている。こちらで使うミサイルの数にももちろん限界があるが、更に輪をかけるように、日本国内でライセンス生産したペイトリオットミサイルを米国に逆輸出できるようにするために、最近になって武器輸出の制限を閣議決定で変更したばかりである。米国がウクライナへの防空ミサイル供与を拡充するために生じる、米国内で生じる欠損を穴埋めするためと言われているが、今回のように台湾有事が現実となった今では、兵站に大きな影響を及ぼすこととなった。

 付近に展開する米海軍のイージス駆逐艦から発射されたSM-3も含めて、10数発の弾道ミサイルを撃ち落としたが、残りの弾頭は依然として目標めがけて落下を続けていた。加えて10機ほどの無人攻撃機は、無傷のまま沖縄本島に向かっていた。


 米軍嘉手納基地から、配備されていた米空軍のステルス戦闘機F-22と、那覇基地から自衛隊のF-15Jが緊急発進し、これら攻撃用無人機の迎撃にあたった。

 1990年代に初飛行したF-22は、30年以上経過した現在でも世界最強の戦闘機と言われている。その所以は、他の追随を許さないステルス性能と、空対空の戦闘に特化した優れた運動性能である。最近では中国製の偵察用気球を、他の戦闘機では到達できない20,000m以上の高高度で撃墜したことで、その性能が広く知られるようになった。

 あまりの高性能ゆえに、技術流出を恐れた米国は現在に至るまでFー22の海外輸出を禁止している。かつては日本の航空自衛隊も主力戦闘機としのて導入を望んだが、実現しなかったという経緯がある。

 次善の選択として空自に採用されたのが、第四世代のジェット戦闘機F-15Jである。こちらもステルス性こそないものの、防空戦闘機としては優れた性能を有する。航空自衛隊への配備が始まったばかりの、第五世代のステルス戦闘機F-35に全数が置き替わるまで、日本の空の守りには欠かせない存在である。

 F-22が圧倒的な上昇力と運動性能を生かして無人機の真横まで近づき20㎜機関砲で、またF15Jは搭載する空対空サイドワインダーミサイルで目標のほとんどを撃ち落とした。ただし安価に製造できる無人機を、一発一億円近いコストのミサイルで迎撃するのは、コストパフォーマンスの点からいかにも効率が悪い。最近、ウクライナの民間施設に対するロシア軍による無人機攻撃同様、中国軍が無人機を多用するのは、日米の迎撃用ミサイルを枯渇させる目的もあるとみなす必要があった。

 その間にもイージス艦からの迎撃を逃れた弾道ミサイルは、その弾頭が大気圏に再突入し、攻撃目標に向けて落下速度を速めていた。残された迎撃手段は地上に配備されたPAC3ミサイルしかない。嘉手納空軍基地に向かった6発の弾頭のうち4発を沖縄本島近海上空でPAC3が迎撃、破壊した。残りの2発が空港の滑走路や付近の施設に着弾、爆発により損害を与えたが、ただちに基地の空港保全班が出動し数時間で滑走路を修復、事なきを得た。

 

 沖縄本島を中心とする南西諸島の防衛には、今や欠かせぬ存在となった海上自衛隊のイージス艦であるが、その脅威となる4機の長距離爆撃機が中国内陸部の空軍基地から飛び立った。H-6と呼ばれるその大型爆撃機は、もとは旧ソ連時代のツポレフTu-16爆撃機のライセンス生産品で、中国では1970年ごろから実戦配備が始まった息の長い航空戦力である。その特徴は長大な航続距離と、並はずれた武器搭載力である。

 かつてのB-29のように、大きな弾倉から大量の爆弾投下のイメージが強い長距離戦略爆撃機だが、現代ではミサイル護衛艦などから発射される対空ミサイルの射程外から、一度に数発の対艦、対地巡航ミサイルを発射することが主な攻撃手段となっている。

 いわゆるスタンドオフ攻撃という戦法であり、敵がいかなる優れた防空システムを有していても、こちらが射程外にとどまる限り手が出せない。台湾海峡上空に達した4機のH-6爆撃機から、それぞれ数発ずつの対艦巡航ミサイルが発射された。

 自らを狙った攻撃であることを察知した三隻のイージス艦は、対空用SM-2ミサイルを続けざまに発射した。速度の遅い巡航ミサイルを十数発撃ち落とし、さらに艦に接近してきた数発のミサイルを、近接防空システムのCIWSファランクス20㎜機関砲が破壊した。

 しかし防空網をかいくぐった2発のミサイルが、二隻の愛宕型イージス艦に達した。一隻は海面すれすれに飛んできたミサイルが艦中央付近に被弾、船内の弾薬庫の誘爆で大爆発を起こした。数分後には流入してきた海水により沈没、もう一隻は後部にあるヘリ飛行甲板下部の操舵部分に大きな損傷を受け、自力航行が不可能な状態に陥ってしまった。日本にとって虎の子のイージス艦を、二隻も一度に失った影響は深刻で、自衛隊は日本海近海で哨戒任務にあたっていた金剛型イージス艦二隻を急遽、沖縄近海に向かわせた。

 また米海軍横須賀基地からは、新たにアーレイバーク級イージス駆逐艦二隻も派遣されることになった。中国の保有する弾道ミサイルの攻撃から沖縄の米軍基地を守るには、イージス艦が搭載するSM-3対空ミサイルによる迎撃が不可欠と考えられたためである。防空ミサイルによる防衛対象の優先順位が、沖縄本土の米軍基地にあることはあきらかであった。


 

 

 

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