きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん……

 終業の鐘、今日から夏休みだ。そう浮かれている連中は多い。夏休みの宿題のことなんて考えている人物は少ないことだろう。

 夏休みといえば、肝試し、花火大会、お祭り、海。それはもう友達という枠組みを越えられるきっかけが盛りだくさんの時期だ。

 そんな浮き足立つやつらを彼らは見逃さない。今やこの学校の七不思議、「リア充撲殺委員会」。壁に耳あり、障子に目ありのような情報網を持つ彼らの魔の手は、譬、夏休みに入ろうと生徒を捕らえようとする。ものすごい執念だ。

 そんな、学校の七不思議は学校のみに留まらないことを知らない者たちは、解放感と共に学校と一月ばかりの別れをするわけだ。

「美月さん、どう?」

「あらあらぁ。校舎を出るまでは学校の敷地内ですのに、皆さんいい感じに油断して手を繋いだりイチャイチャしてらっしゃいますわぁ。うふふ」

 教室の窓から双眼鏡で校庭を覗いていたのは姫カットの美少女。マドンナと呼ばれるに相応しい美貌を持つ少女の微笑みはとても芳しくありながら、嫉妬や怨嗟の入り交じったような恐ろしさも感じさせる。

 その傍らに立つのは目鼻立ちが整っている少女……ではなく、男子の制服を着ているため、少年である。

 彼こそがこの学校に巣食う新たな学校の七不思議が一つ、「リア充撲殺委員会」の会長などと誰が思うことだろう。とても平凡で、虫を殺すのも躊躇いそうなほど、人畜無害そうな少年である。彼の名は鹿谷睦。繰り返しになるが、リア充撲殺委員会の会長である。

 少女は箕輪美月。この十萌市でそこそこの権力を持つ箕輪家の養女である。彼女も虫も殺したことがなさそうに見えるが、その麗しさに騙されてはいけない。箕輪は小学校の頃の将来の夢では「カマキリを食したい」と書き、今でもそのために日夜研究するほどの昆虫美食を追い求める異常癖の持ち主であり、痴漢も裸足で逃げるほどの胆力と殺傷能力を持つ。ちなみに幽霊に触れるため、幽霊をも物理攻撃できる、物理の権化でもある。彼女は睦の補佐、つまり副会長として働いている。

 まさか、この箕輪が生徒会副会長選挙にわざと負けたなど、誰が想像するだろうか。行動力、実行力に関しては共に瞳や爽を軽く上回るお嬢様なのである。これほど敵に回して恐ろしい存在もないだろう。

 全てはこのリア充撲殺委員会存続のために行われていた。爽の予想通り、この委員会を作ったのは巴前生徒会長である。元々、睦が入会しており、睦から聞き知った箕輪が自ら参加した、という流れがある。

 何故「撲滅」ではなく「撲殺」になったかというと、この委員会の真髄にある「仮初めのリア充を許さず」ということで、リア充そのものを消し去るイメージの「撲滅」より、偽物のリア充を蹴散らすイメージに近い「撲殺」を選んだらしい。実にどうでもいい情報だが、リア充撲殺委員会の根幹に関わる重要な話である。

 巴前会長の卒業により、潰れるかと思われたリア充撲殺委員会であるが、そこで決起したのが睦である。

 一夏の思い出感覚でリア充になろうとする輩を許せないと睦が熱弁したところ、巴前会長はいたく感動し、睦に委員会を引き継ぐことにした。

 だが、極秘裏に活動していたため、引き継ぎをするのが難しかった。そこで提案したのが箕輪だ。生徒会総選挙の裏で引き継ぎをすればいいのではないか、と。

 そのためには瞳と爽に対抗できる戦力が必要……となって立ち上がったのが箕輪である。美貌もさることながら、華道や茶道も嗜み、学業でも優秀で、将来の箕輪家を支えうる存在とまで称えられる箕輪は、うってつけの人材だった。

 予想外だったのは、箕輪が当選しないよう根回しをしたにも拘らず、爽とかなりの接戦になったことである。しかし、おかげで裏での委員会の引き継ぎが完璧に隠蔽され、結果オーライといった感じになった。

 去年の夏休み、表向きには、中学生六人一週間行方不明事件、として扱われた駅での事件から、睦は箕輪のことを下の名前で呼ぶようになったので、この二人もリア充疑惑を持たれたのだが、察した睦が「箕輪さん」と呼び直そうとすると、箕輪からにこにこと無言の圧がかけられるため、「美月さん」のままで通っている。

 他の会員も、箕輪を怒らせてはいけないことを充分に知っているため、以降、何も突っ込まない。むしろ、箕輪と睦の関係について追及するのは暗黙の了解でタブーとされている。

 二人は恋人ではない。ただ、名前で呼び合うようになっただけの友達だ。瞳と爽の関係とも違う。二人はどこまでも「友達」なのだ。

 第一、惚れていたとして、睦に告白する男気はないだろう。あったならば、こんなリア充撲殺委員会なんてやっていないのだ。

 箕輪も楽しければいいので、あまり気にしていない。ただ名前の呼び方について拘るのは、自分が「美陽」ではなく、「美月」なんだ、と最初に認めてくれたのが睦だったからだ。そこだけは貫いてほしい。

 我が儘だろうか、と箕輪は最近思うようになったが、睦が躊躇いなく頼ってくれるので、いつもどうでもよくなって、聞けないでいる。

 この「どうでもいい」は以前のようなものてはなく、前向きで幸せだから「どうでもいい」というものだ。箕輪は変わった。長年誰にも明かせなかった「自分」を明かせてから、本当の自分の生が始まったような気がする。

 だから、「美月」を真っ先に受け入れてくれた睦は恩人なのだ。

「美月さん、僕たちもあれに紛れて追おう」

「はぁい」

 睦が差し伸べた手に引かれ、箕輪は教室を出る。

 幸せだ。

 二人は件の駅へ向かった。市内唯一の駅。一つしかないので、地元民は「駅」としか呼ばない。だが、一応ちゃんと「十萌駅」という名前がある。

 制服姿の中学生が近くのショッピングモールで仲睦まじく買い物をしている。

「プレゼントですかねぇ。おませさん」

「まあ、近頃の中学生はませてない方が少ないと思うよ。小学生ですらませてるんだから」

「高校生になったらお付き合いとかするのでしょうかぁ」

「さあ?」

 はぁ、と思い切り溜め息を吐く睦。

「ああいうカップルってね、イベント時期に大量発生するんだよ」

「と言いますと?」

「文化祭、球技大会、夏休み、修学旅行、卒業式……ありとあらゆるイベントを『言い訳』にして、恋仲になるんだ。で、祭りが終わると熱が冷めて別れましょうってわけ。馬鹿みたいじゃん」

 普段は穏やかな睦が荒々しく喋っている。とても珍しいことだ。

「イベントのたびにとっかえひっかえなんて最低以外の評価ある? っていうか、イベントのたびにおんなじ人と付き合うやつまでいるんだよ? イベント専用のカレカノなんて、愛がないし、馬鹿みたいじゃん。そんなんだから、いつまで経っても本当の恋人に出会えないし、なれないんだよ」

 睦の言うこともわかる。だが、その楽しみ方は人それぞれで、様々な人と付き合う楽しみ方だって、あって然りなのだ。

 まあ、そういう信念を持ってやっている人がいないからこそ、睦は怒りを感じるのだろうが。

「一夏の思い出とかふざけたこと言ってないで、ちゃんと最後まで責任持った方がいいと思うよ。そんなんで人生楽しいの?」

 箕輪は見張りのために取った喫茶店の窓辺の席で、アイスコーヒーを一口口に含んだ。砂糖もミルクも入れていないので、コーヒー独特の苦味と香りが冷たさに研ぎ澄まされて突き抜けていく。氷がからん、と少し崩れた。

 コーヒーのような人生なら、味があっていいのかもしれないが、あまりにも無為に扱われる夏は麦茶より味気ないだろう。ミルクも入っていないからコクもなく、砂糖も入っていないから、さして甘くもない。睦が侮蔑する一夏の思い出というのはそういうものだ。

「そうですねぇ……私も、『一夏の思い出』を語るなら、去年の夏くらいの濃さは欲しいところですわぁ」

「あれはもう勘弁だけどね」

 去年の夏、行方不明扱いになっていた間の幽霊列車での出来事を思い出したらしい睦が渋い顔をする。まあ、あんな出来事は人生にスパイス程度に一度でいいし、ロイヤルミルクティーにシナモンを入れるか入れないかくらいの問題で、場合によっては必要ない話である。

「あー、そういえば、あれから駅は大活躍みたいだね。よっぽど名前もらえたのが嬉しかったのかな」

「ええ、ティアちゃんのように名前が後世に残った人の方が少なかったようですから」

 去年、巴前会長が残した最後の仕事は恙無く終わり、ティアちゃんという都市伝説は新たな名前に変わり、駅の怪異として、猛威を振るっているようだ。人が何人か行方不明になったり、精神錯乱していたりするのだが、怪異に名前をつけただけの睦たちの知るところではない。

「巴先輩も喜んでらしてましたし、あれでよかったのでは?」

「仕事増えたって怒ってないといいけどな……」

 瞳、爽、箕輪、夜風、鷸成、睦の六人で新たな怪異の名前を考えた。その名前を巴が受け入れ、新たな怪談として噂を流し、その名前のために、巴の家は継続して、都市伝説の管理という役目を担うこととなった。

 楽しければそれでいいという主義の巴は喜んでいたが……

「安直すぎたと思うんだよね」

「いいじゃないですかぁ、覚えやすくてぇ」

 駅に近いその喫茶店の中、ふと耳を澄ますと、季節柄、怪談話をしていたらしいテーブルから件の都市伝説の話が聞こえた。

「ねえ、知ってる? 最近あるこの街の新しい怪談話」

「ああ、あれだよね。終電後の駅にいると、そのまま怪異の駅に飲み込まれるっていう……」

「新しい都市伝説! 『巴駅』ね!」

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