きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん……

「いやぁ、今年の生徒会総会も大変だったね。市瀬生徒会長」

「そうだな、双海副会長」

 規則正しく流れる鐘の音に、ミンミン騒ぎ始めた蝉。今年も夏がやってきた。三年生になった瞳は生徒会総選挙でボロ勝ちし、生徒会長の座に就いている。爽は箕輪となかなかの接戦を繰り広げ、副会長の座に収まった。まあ、なるべくしてなったと言えよう。

 そんな二人が、何故よそよそしく苗字で呼び合っているかというと、二人が恋仲であるというあらぬ噂が出たからである。意見としては、「いつも一緒にいるよね」「下の名前呼び、しかも呼び捨て」「え、付き合ってないの?」など。

 保育園の頃からずっと一緒で、ずっと傍にいるため、二人にそのような意識など全くと言っていいほどないのだが、噂するのは年頃の子どもである。尾ひれはひれが広がって、なんだか取り返しがつかなくなってからでは遅い、と二人は互いを他人のように扱った。

 これが意外と自然に行われるものなので、二人の恋仲説はすっと信憑性が消えていった。人の噂も七十五日とはよく言ったものである。

 そんな二人を今、悩ませているのは、とある非公認組織の存在。

「リア充撲殺委員会だったか。あれはどうなっている?」

「依然、元気に活動しているみたいだよ。まあ名前ほど物騒な活動内容じゃないんだけど」

 報告した爽が苦笑いする。

 リア充撲殺委員会。名前はとてつもなく物騒なのだが、物理的な攻撃はしない。一種、学校の七不思議的なところがあって、その実態が掴めないのが特徴である。けれど、確かに存在はしていて、最近よく噂に聞く。よれば、恋仲になった男女が、リア充撲殺委員会の影響で何組も破局したとか。

 瞳は初めこそ根も葉もない噂話、七十五日すれば消えるだろう、と捨て置いたのだが、被害報告は減るどころか増すばかり。そのあほらしい団体が校内に実在することが証明されていった。

 瞳が頭を抱えるのは、そんな団体が実在することではなく、その団体が、二股や気がないことをきちんと証明して、しっかり偽物のリア充ばかりを成敗しているからである。

 その行いを正義と言えるかはともかく、攻め方が正攻法なので、咎めにくい。ちなみに、これに対処するために、瞳と爽が恋仲を演じるという案はもちろん出たのだが、なんだかこの組み合わせだと攻め入ってこなさそう、という理由で却下された。仕方あるまい。恋仲と名乗ろうが何と名乗ろうが、瞳と爽の仲に亀裂を入れることなど、何人たりとも不可能なのだから。

「しかし、こんなあほっぽいことをするやつがこの学校にいるのが驚きなのだが」

 瞳の発言に、爽はひきつった笑みを浮かべる。

 瞳は気づいていないようだが、そういうことをしそうな人物を爽は知っていた。今はもう卒業した元生徒会長の巴辺りが発起人だろうと踏んでいる。あの人は「面白そう」と思っただけで実行に移しそうだ。目に見える。

 それを引き継ぐ者はいるだろう。何せ、巴のカリスマはなかなかすごい。彼女が生徒会長になったのは必然だった。何せ、彼女に投票しなかった生徒はいなかったのだから。彼女と同じ学年で同じ時期に立候補した者たちには勝ち目などなかった。

 とりあえず、巴が始めたのなら、彼女を慕って集った者は多かったことだろう。だが、着目すべきはそこではない。その中に「本気で撲殺を目論むほどリア充を嫌っていた生徒」が混じっていたことが問題なのだ。しかも、爽が瞳に相談するのを躊躇うくらい、身近な人物。

 それは鹿谷睦に他ならなかった。睦は元々、リア充という言葉にコンプレックスを抱いている。それは彼の性質上、彼がリア充になれなかったがための逆恨みである。

 爽は鷸成に指摘されて気づいたのだが、街中やファミレスなどでカップルっぽいのを見つけると、睦は決まって「リア充爆発」と言っているらしい。もうこれは撲殺委員会の会員で確定にしても問題はないだろう。

 それを爽が瞳に言わないのは……ひいては他のメンバーがフェイスのリーダーである瞳に言わないのは、睦が厄介な後ろ楯を持っているからである。

 その後ろ楯というのはいくつかあって、一つは箕輪である。箕輪は黙っていても情報炉として強力であり、巴と似ていて、面白そうなことには積極的に関わっていく享楽主義なところがある。その上、今はもう卒業しているが、巴という協力者までいるのだ。彼女は在学時は情報網としても活躍しただろうし、卒業した今でも、ブレーンとしては充分な役割を果たしていることだろう。

 更に厄介なのが、今年入学してきた一年生の中にいる篠宮夜一よいちという生徒である。お察しの通り、夜風の弟だ。これがかなり頭が切れてモテる。モテるだけならいいのだが、夜一自身は恋愛沙汰を疎ましく思っており、彼のために涙を流した女子の人数は数知れず。が、真に厄介なのは、夜一は睦とかなり意気投合していることである。

 小学生の頃に夜風を通して出会った二人だが、睦は人見知りという噂が嘘だと思えるほど夜一と話し込んでおり、夜一も睦のことをよく思っていた。それは夜風が睦に嫉妬する程度には。

 恋愛沙汰を厭うが色恋の噂に事欠かない夜一というのはリア充撲殺委員会にとってかなりの戦力になるだろう。それの何がいけないかというと、順調に後継者が育っているということである。

 発起人であろう巴が卒業しても精力的に活動していることからわかる通り、後継者が存在するのだ。今は睦だが、睦が卒業しても、夜一が跡を継ぎそうだし、享楽主義一族なところのある鷸成の弟たちも後年には入学してくる。今後十年の存続は手堅いところだろう。

 それを考えると、現在の会員を下手に突き止めるより、そのまま流してしまった方が楽、と思えてしまうのである。瞳が知ったら、何がなんでも組織を壊滅させようとするだろう。瞳は自分の私情よりいつか傷つくかもしれない他人の未来を優先するような人間なのだから。

 だが、それは骨折り損のくたびれもうけで、今の組織を潰しても、最近のラノベのテンプレートのように、第二、第三の敵が現れること請け合いなのだ。せめて行動を無意味なものにしたくないし、仲間内で揉めるのもどうなのか、というところから、爽は瞳に何も話していない。

「まあ、物騒な名前の組織だけど、暴力沙汰にはなっていないからいいんじゃない?」

「しかし、困っている生徒もいるのだ。見過ごすのもいかがなものだろう」

「痴情の縺れくらい自己責任でよくない?」

 真面目なのは瞳のよいところだが、頭を固くしているので、もう少し柔軟な考え方を覚えてほしいことだ、と補佐である爽は思う。箕輪と足して二で割るくらいがちょうどいいのではないだろうか。

「……まあ、そうだな。惚れた腫れたの問題は当人たちでどうにかすべきだろう」

 こう言えるようになった辺り、瞳も変わったのだろう。

 爽はしみじみ思う。瞳もこうして変わっていくのだから、これから好きな人の一人や二人ができて、その人に寄りかかって生きていく人生というのがあるのだろう。それが自分でないかもしれないときは、相手のことを見極め、きちんと信頼できると認識してから、瞳を託そうと思う。過保護だろうか。

 ……という態度を取っているから、瞳と爽はどう見ても恋人にしか見えないのだが、本人たちはどうやら一切気づいていないらしい。南無三というか。本人たちに自覚がないからこそ、睦たちリア充撲殺委員会もこの生徒会ツートップについては咎めることをしない。というかできない。

 無自覚ほど厄介なものはないのである。

「それにしても、暇なやつもいたもんだな。他人の色恋にああだこうだ言う暇があったら、何時間勉強して、志望校合格の確率を上げることができると思っているのだろう」

 瞳の瞳らしい合理的な考えに、爽はいつも通りすぎて苦笑を禁じ得ない。真面目すぎて勉強ができるから、周囲からやっかまれることは幼い頃からよくあったことだ。瞳のこういう発言を、夏休み最終日に宿題を一気にやるタイプの人間は特に疎ましく思うことだろう。そうでなくても「勉強が何になるのさ?」という反目的な考えは存在する。

 瞳は大人が言うように「将来の役に立つから」と答える。実際のところ、中学や高校で習うことを普段使いするような人生はそうないので、よりむきになる者も少なくはない。それでも瞳は意見を変えないから、頭はまだまだ固いと言える。

 勉学以外にも興味を持ってほしいものだが。

 爽は窓の外を見上げる。

「そうだなぁ……瞳は、勉強以外のことも、将来の役に立つっていうことを覚えた方がいいと思うよ。そしたら、5W1Hくらいはわかるんじゃない?」

 何を、誰が、何処で、何時、何故、どのように。それを知ることはとても大事だ。例えば、自分が危険に晒されたときの対処は案外5W1Hでなんとかなってしまうものである。

 これは逆説的かもしれないが、例えば、リア充撲殺委員会の標的にされ、被害を受けた場合、5W1Hがわかっていれば、どうして被害を受けてしまったのかが見えてくる。

「なるほど、反面教師のようなものか」

「ちょっと違うけど大体そんな感じ」

 存在し、発生するほとんどの事柄から、人は学ぶことができる、という感じで説明をすれば、瞳もなるほどと頷く。こういう、瞳の扱い方を心得ている辺りは伊達に幼なじみをやっていない。

 ふむ、と感心した瞳が言う。

「まあ、私の場合はほとんど爽が教えてくれるからな」

「あのさー、自分で学びに行こうよ……」

「どうせ高校の進学先も一緒だろう? 旅は道連れ、世は情けというやつだ」

「使い方それで合ってる? いいけどさぁ」

 さりげなく「ずっと一緒にいてほしい」みたいなやりとりをするから、この二人も恋仲と誤解されるのだが。

「そうそう、高校進学と言えば、夜風さんの言ったようにはならないみたいだねぇ」

「ああ、確約された最後の夏ってやつか? 高校も同じになるからな」

 夜風は中学を卒業し、市内で最もポピュラーな高校に入学した。進学校として有名な学校だが、とにもかくにも通いやすい。そういう理由らしい。

 瞳も爽も進学を目指しているので、お手軽なその高校に入学することを決めていた。よほど頭が悪くない限り、進学先はそこを勧められるため、箕輪や睦もそこに入学するようだ。鷸成は美術部の活動が盛んなことから、その学校を目指して猛勉強中である。

 何か、見えない絆で繋がれているように思った。だとしたら、少し嬉しいかもしれない。

「それでも、去年のあれを上回る夏は、もう来ないだろうね」

 爽が呟いたのは、当たり前のようで、けれど少し寂しい現実だ。後悔はしていない。それでも、何も知らないままでいた方がよかったのでは、と思うことがある。

 瞳が目を通した書類をたん、と揃えて、爽の方を向いた。

「いいさ。かけがえのない夏を得られたのだから」

 たぶん、ではあるが。

 去年の夏があって、みんなのことを知ったからこそ、これから先巡ってくる夏も、それ以外の季節も、今までよりずっと大切で尊いものになるのだろうから。

 あの夏を過ごして、よかった。

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