み
ピルルルルルルッ、ピルルルルルルッ、ピルルルルルルッ……
けたたましい着信音。もはや聞き慣れたそれらに瞳たちは顔をしかめたものの、冷静に対処した。
今回は、六人全員がタイミングを計ったかのように揃って電話に出た。
「アイシテミル?」
その問いに、六人は──
ピンポンパンポーン。
「まもなく、終点、終点に到着致します。お忘れ物のないよう、お気をつけください」
ピンポンパンポーン。
女性アナウンスの内容がいつもと少し違った。「次の駅」ではなく、「終点」だという。
終点、つまりこの長い長い列車旅が終わりを告げる、ということだった。
緩んでくる列車の速度に瞳たちは色々なことを思い出す。謎の駅に閉じ込められて、謎解きをして、それぞれの過去を見て、たくさんのことがあった。途中、間違えてかなりのピンチに襲われたが、協力して乗り切り、自分たちは今、ゴールに向かおうとしている。感無量だ。
と、若干感傷に浸っていた瞳の耳に、そういえば、と睦の青ざめたような声が聞こえてくる。
「僕たちがこの幽霊列車に閉じ込められてから、外ではどれくらいの時間が経っているんだろう……?」
瞳はぎくりとする。それは爽や夜風も同じで、ちょっと顔色が悪くなった。
一気にやり通したから大して時間がかかっていないように思えたが、これで一駅一駅の内容がそれなりに濃かったものだから、よく考えるとどのくらいの時間、列車に乗っていたかわからなかった。そういえば、駅のアナウンスも、具体的に何分後に列車が到着し、何分に出発するかなんて言っていなかった。
そうして気づいたのだが、この幽霊駅、電波は繋がるのだ。終点近いから電話がかけられるかもしれないし、かけられないかもしれない。しかし、電話には他の機能も備わっている。しかも実は、電波が繋がっていなくても使える重要な機能がある。
時計だ。
停まり始める列車の中で、瞳は恐る恐る、スマホの画面を見る。特に壁紙などは変えていないので、時計がスマホ画面の半分を占めるくらいにでかでかと描かれていた。
デジタル表記のそれは、瞳たちが終電後の駅に訪れた時間から一時間ほど経っている。なんだ、一時間か、とほっとしたのも束の間。
「ねえ、まるっと一週間経ってない?」
睦の指摘に日付を見て、瞳たちは愕然とするのだった。
終点の駅に着き、げっそりした表情で降りるのは瞳、爽、夜風、睦。おそらく正常に機能していると思われるスマホの時計機能を疑いたいのだが……
ちなみに、箕輪と鷸成はさして気にしていないようで、穏やかに談笑している。
「なんだかんだ、楽しかったね~」
「こう何度も列車を乗り継ぐなんてこと、今後の人生であるかわかりませんものねぇ」
「あ~、でも列車旅なら、外の景色とか楽しみたかったかも~」
「長閑な田園風景など、憧れますよねぇ」
二人だけ旅行を楽しんだ帰りの会話みたいになっている。瞳たちは生きた心地がしていないというのに。
時計を信じるならば、一週間経っているということは、現実世界での自分たちは一週間行方不明だったことになる。それはかなり恐ろしいし、どう言い訳したらいいかわからない。
瞳の両親は瞳が一人っ子でもしっかり育つように厳しく育てている。
爽の家は姉と弟の緩衝材の役割を爽が担っているため、家庭環境がどう変化しているのかわからない状態だ。
夜風は基本的に弟を溺愛しているので、肝試しというくだらない理由で一週間も姿を眩ませたことで、弟に嫌われるのでは、呆れられて素っ気ない態度を取られるのでは、という恐れがある。
睦は一番顔が青ざめているが、姉にいなかった分、普段の倍以上振り回され、弄られる、というだけだ。まあ、「というだけ」が怖いのでこんなに顔色がよろしくないのだが。
箕輪と鷸成も、心配する家族がいるのは変わりないのだが、二人はあまり遺恨を残さないタイプだし、なんだかんだで家族とは仲がいいため話せばすぐわかり合える、というのと、楽観思考があるだろう。
「あ、改札口がありますわぁ」
それは駅として当たり前のことだが、最後に改札口のある駅を見たのは遠い記憶のようで、普通の駅に戻ってきたのだな、としみじみ思った。
ただ一つ、明らかにおかしな点があった。
改札口前に、でーん、と暑苦しい黒セーラー服で仁王立ちをする見覚えのある少女がいた。見覚えがある、というか、爽は見覚えしかない。というか、あの学校の生徒で、独特なミントグリーンの瞳をした生徒会長の姿を知らない者がいるのだろうか?
「
睦が飛び上がって叫ぶ。会長はしーっと指を口元に当てた。見れば、幻の列車が去った後の駅は普通の駅で、飲んだくれが夢でもお猪口を啜っていたり、社畜であろうリーマンが半目を剥いて寝ていたりした。夜の風景である。しかも、深夜の。
草木も眠る丑三つ時というやつだ。駅でなくとも騒ぐのはよろしくない。睦は慌てて口を抑えた。こういうことを真っ先にやりそうな鷸成にぷぷっと笑われる。
「鷸成くん、なんで笑うのさ」
「だって、会長がいることは必然だったじゃ~ん」
「え?」
瞳までもがきょとんとし、鷸成が「え、リーダー!?」と驚く。聡明な瞳なら気づいているだろうと思っていたのだ。
爽が瞳を諭すように説明する。
「巴会長は僕らがティアちゃんと出会うようにお膳立てした人物だ。だから僕らが危険な怪異に足を突っ込むことを知っていて御守りを持たせたし、ティアちゃんと直接交渉もした。……むしろ、会長がいないことの方がおかしいくらいの状況なんだよ」
「……」
開いた口が塞がらない、といった様子だ。そういえば、ティアちゃん本人が言っていたじゃないか。「巴」という人と接触した、と。それがなんで巴会長じゃないと思ったのだろう。そうたくさんある苗字ではないのに。いや、下の名前ならあり得るのだが。
以前、箕輪に聞いたことがある。この十萌市には「巴」という苗字が会長の家一軒しかないと。「ともえ」という名前の街なのに、不思議に思ったものだ。
つまり、「巴さん」は会長以外なら会長の家族しかあり得ない。しかし、会長の家族が瞳たち全員を知るはずもない。となれば自ずと選択肢は会長一択になる。
「ふふっ、一週間の長旅は楽しかったかい?」
得意満面な会長の発言に込み上げたツッコミを飲み込んで、瞳たちは苦笑いするしかなかった。
一週間の長旅、と言われたが、実感がない。とてもとても長い路線だったのは確かだが、一週間、というほどの長さは感じられなかった。気づいたらスマホの日付が一週間後になっていただけだ。驚きはしたが。
楽しかったか、というとそれぞれだろう。
「楽しかった~。謎解きとかゲームみたいだったよね~」
「あの引っ掛けはずるいと思いますわぁ」
鷸成と箕輪はそれなりに楽しかったようだ。自分のトラウマを弄ばれたことについてはあまり気にしていないらしい。
「あ、えと、その節は、御守り、ありがとうございました……」
折り目正しくお辞儀する睦。おどおどしているのが少し面白いので、鷸成が笑った。
夜風もぺこりとお辞儀をする。同級生ではあるのだが、夜風は生徒会役員ではないため、会うことは少ない。ただ、一度遠目に見ただけでも忘れられない容姿をしている。
ミントグリーンの瞳。
瞳は、どうして忘れていたのだろう、と思った。この爽やかで儚げな独特の緑は他ではなかなか見られない。
「会長は、ティアちゃんの血縁ですか?」
そう思わせるほどに、ティアちゃんと会長の目の色は似ていた。否、同じだった。
色覚判別能力も秀でている瞳の目を誤魔化すことはできない。髪こそ黒いが、目だけで充分にティアちゃんの面影を感じられる。
それに、名前。
会長の名前は「泪」である。これは「るい」とも読むが、「なみだ」とも読める。涙は英語で「
ここまで揃っていて、何も関係がない、という方が難しい。
会長は楽しげに笑う。
「ふふ、そうだよ。ティアちゃんはワタシの大伯母さん。っていうか、彼女の名前こそが『巴泪』だったのだけれど」
なるほど、それなら納得がいく。
汽車があるけれど、外国人が一般的でない時代。明治や大正くらいを想定すれば、ティアちゃんが会長の大伯母であるということは納得がいく。あの時代は、戦争もあった。それこそティアちゃんのような金髪碧眼で、肌の白い人間との戦争。迫害されてもおかしくはない。
ティアちゃんの名前は、回想の中でも一切出て来なかった。ティアちゃん自身も名乗らなかった。もしかしたら、本名なんて、もう覚えていないのかもしれない。
それくらい長く、ティアちゃんはこの怪異に囚われていたのだ。
解放されてよかった、と思うのは、エゴだろうか。自己満足だろうか。
「キミたちはティアちゃんを解放したんだね」
爽がぎくりとする。身構えてはいたのだが、いきなりくるとは思わなかった。
何せ、ここから先のやりとりは意地が悪く、質も悪い問答になるからだ。
「はい」
そんな、会長の悪意に気づかず、生真面目に頷くのが瞳である。
「百年も囚われていた人の未練を晴らしてあげたんだね。偉い偉い」
わざとらしく褒めちぎった後で、会長は唇を弓なりにさせ、にんまりと笑う。続く言葉も、表情に引けを取らないほど悪どいものだった。
「……な~んて、言うと思った?」
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