め
ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……
列車が揺れる中、爽が口を開く。
「うーん、でも、ティアちゃん以外の幽霊のことをやっぱり考えてしまうなあ」
ティアちゃん以外の幽霊も経緯はどうあれ、理不尽に命を散らされた者たちだ。その理不尽に怒り、自分たちを殺した人間を恨み、その恨みが晴れることなく、今日まで続いている。
だからこそ、今日、自分たちは幽霊列車に閉じ込められているわけだし。
「ティアちゃんも可哀想だけどさ、他の幽霊も可哀想じゃない。だって、ティアちゃんは未練を晴らせば成仏できる。もしかしたら天国にだって行けるかもしれない。でも、他の霊たちはどうなる? 恨みも晴れず、怨念を抱えたまま、ずっとこの世を彷徨い続けるんだよ? 可哀想じゃない?」
爽の言も一理ある。この話の根幹に関わるかもしれない。
ティアちゃんは同じ境遇の幽霊たちと一体化している。幽霊たちはティアちゃんを唆した。怪異としてティアちゃんを利用した。けれど、彼らも彼らとて悲しい幽霊なのだ。
「うむ……それにティアちゃんも言ってしまえば同罪だ。あの頃はやつらの甘言に乗せられたと言えるが、今は本人が罪だと自覚している。罪と自覚したら、そう簡単に消えるものではない」
瞳の言葉は重く響いた。
赤ん坊を落としてしまった鷸成、弟を道路へ突き飛ばしてしまった夜風、優しいおじさんを助けられなかった爽。それから、目の前で同い年の女の子を亡くした瞳自身にも効く言葉だ。
罪だと自覚してしまうと、なかなか自責の念は抜けない。それはトラウマになるほどに。
それはおそらく、ティアちゃんも同じだろう。だから自分では決めないのだ。自分で裁定してしまうと、甘くなってしまうかもしれない。だから他人に委ねるのだ。第三者である瞳たちに。
瞳たちになったのはたまたまなのかもしれないが、あの生徒会長が一枚噛んでいることを考えると、案外こうなることまで見抜いていたのかもしれない。
瞳は殊更責任感が強い。そして瞳はこの集団のリーダーで、わりと頑固である。ということは、瞳が「やる」と言ったからには途中棄権などできない。誰がどう言おうと、この議題について延々と考え続けることだろう。
そんな瞳の気質を他の面々も理解していた。だから否やは唱えないし、瞳と同じくらい真剣に向き合うのだ。
と、真剣に考えた結果、意見は真っ二つに分かれたわけだが。
「鹿谷はどうする?」
「僕は、ティアちゃんを成仏させた方がいいと思うよ。ティアちゃんをここで解放しなかったら恨まれそうじゃん」
そうだろうか。村人の勝手な理由で生け贄にされても「誰も殺さないで」と願ったほどの人物である。恨みなどとは縁遠いように思えるが。
瞳の意見に「わからないよ」と睦が返す。
「ティアちゃん、今はまだ生前の性格を保っているだけで、他の怨念しか持たないものたちとずっと一緒にいたら、そっち側になっちゃうんじゃないかな。幽霊にどこまで人格を保てるか、なんて問うのはおかしいかもしれないけど、あんなにたくさんの恨みに流されないでいるのは大変だと思うな」
睦の言う通り、ティアちゃんは怨念まみれの幽霊たちに囲まれて怪異をやっている。むしろ今まで怨念に流されなかったことの方が意外だ。
それに、もしかしたらティアちゃんにとっては最初で最後のチャンスなのかもしれない。今後も瞳たちのようにここまでクリアする逸物が現れるとは限らない。だとしたら、瞳たちが最初で最後、ティアちゃんが自身の命運をかけられる機会なのだ。
この最後の列車を降りてしまえば、瞳たちは今後一生この列車に乗ることはないだろう。自分のトラウマを見せられて苦しんだり、他人のトラウマを見せられて痛ましく思ったり。そんなのを二度も三度もやりたいと思うやつはいない。瞳たちとて例外ではないのだ。
だとしたらやはり、ティアちゃんにとってこれは最初で最後なのだろう。……そんな重要な採決を任されてしまったのだ。
瞳は思考を巡らす。何を判断材料にすべきだろうか。ティアちゃんの過去だろうか。ティアちゃんがこれまで怪異として犯してきた罪だろうか。ティアちゃんの人格だろうか。真剣に向き合わなければならない。故に、瞳としてはどれも捨て置けなかった。
「じゃあさ」
爽が手を挙げる。
「一つずつ、ティアちゃんについて振り返ろうよ。六人で多数決はできないし、そもそも多数決で決めるような問題じゃない。みんなの総意であるべきだよ」
さすがは長年瞳の傍にいた爽である。瞳の好きな言葉を使用した。「であるべき」という。
「そうだな。ではまず、ティアちゃんの過去から振り返ろう」
ティアちゃんの過去。
最初は確か、日照りを予言していた。けれど、それは信じてもらえず、挙げ句、親にまで殴られていた。
誰にも愛してもらえないどころか、信じてもらえない日々。ティアちゃんは辛かっただろう。それでも心に抱く願いは「愛してほしい」だった。それは哀れなほどに切実な願いだった。
「よく暴力まで受けて愛してほしいって思えたよね~」
鷸成の意見に、皆も概ね同意である。
けれど箕輪が口を挟んだ。
「暴力までをも愛と捉える人もいるんですよ」
一同が押し黙る。箕輪の実の母親のことだろう。彼女もDV夫から愛してもらうために離れなかった人だ。
今でこそ、家庭内暴力やDVという言葉が唱えられるようになったが、昔は教育や愛の鉄槌など様々な言い訳がされた。それが「愛故に」と言われると、箕輪の母親やティアちゃんのような人物はそこで納得してしまうのだろう。それもある意味狂っていると言える。
が、狂っているかどうかは今の議論では問題ではないだろう。
「続いて見た過去では、ティアちゃんが言った通りに日照りに見舞われ、不作になり、村人たちが怒りの矛先をティアちゃんに向けたのだったか」
「改めて語られると理不尽だね」
睦が肩を竦める。ティアちゃんは睦を自分に似ているといった感じのことを言っていた。もしかしたら、直感能力だけでなく、幸薄いところも似ていたのかもしれない。
「ティアちゃんは適当に理由をつけて、『土地神様』──汽車の前に生け贄として、投げ込まれて死んだ」
列車に轢かれて死ぬ、というのは、車に轢かれるより惨い気がする。車より速く走っているのだ。その衝撃はただ事ではないだろう。
誰にも愛されない、悲惨な最後だった。そこに手を差し伸べるようにして現れたのが、同じように殺された幽霊たちである。
「あれは哀れんだとかそういうのじゃなくて、仲間を増やしたかっただけだよね~」
鷸成の言う通り、純粋な善意ではなかった。仲間を増やしたかった……もっと力を得て、村人たちに仕返しをしたかった、というのが妥当だろう。
村人たちの生け贄を捧げる儀式というのもいただけなかったが、幽霊たちもそう変わらない……そう伝えたら、幽霊たちはどう思うのだろうか。悪いことはしていないのに呪われそうで怖い。
ティアちゃんは甘言に乗せられ、怪異となり、やがて名を持つ都市伝説にまでなった。
「次はティアちゃんの人格についてだ。彼女は都市伝説として名を馳せて、何をどう思っただろうか」
「後悔はしてたよね」
後悔先に立たず、とは上手いことを言ったものだ。やってみなければ、後悔することなんてないのだから。
「でも、後悔してたってことはぁ、悪いことをしたという贖罪の気持ちがあることになりませんかぁ?」
贖罪。罪を悔い改めることである。もしくはその気持ち。後悔によく似ている。
都市伝説として何人もの人を犠牲にしてきたことをティアちゃんは悔いている。悔いたところで死んだ人が戻らないのは当然だが、反省していないというのよりは圧倒的にましだ。
「では、ティアちゃんの未練についてだが」
「それは話し合うまでもなく、僕らと出会ったことだよね。それで晴らされた」
そういえば、と睦が思い起こす。
「ティアちゃんの回想だけ、電話来なかったよね? 何か意味があるのかな」
言われてみると、その通りだ。箕輪の回想でも、二回目には「アイシテミル?」の電話があったはずである。
「もしかしたら、ここで鳴るのかもしれない」
「ここ、というと?」
「この列車、だ。正確には、我々が結論を出した一号車で『アイシテミル?』と問われるのだと思う」
この列車を降りれば出口だとティアちゃんも言っていた。語呂合わせの考え方は「5637110」の「10」の部分を「出」と考えるのが正しいらしい。ティアちゃん本人が言っていたのだから、本当だろう。
だからこそ、この怪異において、最も重要な話し合いをこの列車に持ってきたのだ。
「これは、多数決で決めるべきではない。全員の総意であるべきだ。だから、全て振り返った上で考えよう。ティアちゃんを消すべきか否か」
この時点で瞳はだいぶ心変わりしているのがわかる。「ティアちゃんを消すべきか否か」この発言はティアちゃんを消す方向に前向きになっていることを示す。
「ティアちゃんを愛するって、どういうことかな」
睦が疑問を投げ掛ける。
最終的に「アイシテミル?」という問いかけに答えなければならないのなら、通るべき関門である。「愛」の定義、「愛する」とは? これに答えられなければ、どちらの選択肢を選んでも、意味はない。
「そうだな……ティアちゃんは我々のことを友達だと思っているようだった。『アイシテミル?』は友達として受け入れるかどうかの意思確認じゃないか?」
故人を友達にする。それは一方的な押しつけで、傲慢きわまりないが、故人が友達だと思ってくれているのなら別である。
「だったら俺は、友達になりたいな~。ずっと話したかったって言ってくれたし」
「そんなんでいいのか、鷸成」
瞳の発言に鷸成はきょとんとする。
「そんなんって何さ? 友達になるのに、それ以上の理由が必要?」
瞳や爽がはっとする。
「些細なことでいいんだよ、友達になるのなんて。みっちゃんだって、そういう感じでしょ~?」
「ええ。私と口を聞いてくれるだけでみんな友達ですわぁ」
睦がふ、と笑う。
「そんな、難しいことじゃないみたいだよ」
瞳、爽、夜風も、異論はなかった。
今まで知らなかった互いのトラウマと向き合い、支え合い、より絆を深めたのは、この六人だけではない。
「それなら、我々は、ティアちゃんを──」
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