ゆ
ビーーーーーーーーーーーーーーーーッ……
説明を終えると、ティアちゃんは消え、車内では疑問を残した六人が各々考え込んでいた。
ティアちゃんを消すかどうか。
「私は誰かに愛してもらいたい、友達になってほしい、と思って、この怪異を続けていました。つまりそれが未練だったのです。
皆さんと出会った今、その未練も断ち切れそうです。でも、必要なら、私を残すという手段もあります」
つまり、ティアちゃんの命運を託されたわけだ。話し合いは次の一号車。一号車で結論まで出さなければならない。
列車を待つ六人の空気はしんみりとしたものになった。それもそうだろう。
ティアちゃんは未練がなくなったと言っている。それは友達が欲しかったティアちゃんが六人を友達だと思えたということだ。愛が欲しいと言っていたティアちゃんが愛を感じられたということだ。
幽霊にとって、未練が晴れることほど喜ばしいことはないだろう。未練という呪縛から解き放たれるのだ。長年、怨念の中に晒されたティアちゃんは殊更苦しんだことだろう。
そこから解き放ってあげたい、とは思うのだが……察しのいい瞳と爽はある難点に気づいていた。
そもそも、怪異を構成する他の幽霊たちが許すのか。それに、ティアちゃんがいるから辛うじてコントロールされているこの状況、ティアちゃんがいなくなってしまったら、どうなってしまうのだろうな。
恐ろしい話である。おそらく、この幽霊列車はもっと恐ろしい怪異となり、伝わっていくだろう。
この議題はティアちゃんの今後であることと同時、人々の今後にも関わってくるのだ。
「俺は、ティアちゃんを解放してあげるのがいいと思うけどな~」
鷸成が呟く。鷸成はティアちゃんを失った都市伝説がどうなるとかはあまり深くは考えていないのだろう。
「私はティアちゃんを留めておくべきだと考える」
夜風が鷸成の隣で意見し、鷸成がぎょっとする。大抵の場合、鷸成と夜風の意見が分かれることなどないのだ。
「なんで~?」
「考えてもみろ。残された幽霊たちがどんな悪事をはたらくかわからない。ティアちゃんが特別なだけで、他は普通に恨みを持っている。ティアちゃんがこの幽霊列車を制御してくれているから犠牲者が少なくて済むのだし、私たちだってここまで来られた。違うか?」
確かに、ティアちゃんの助けなしでは瞳たちはここまで来られなかっただろう。掛矢やスプレー缶などの補助アイテム、睦を使った水先案内、ティアちゃんがいなければ、もっと危険な目に遭っていたことは目に見えている。
「でも、それじゃあティアちゃんが可哀想だよ。せっかく解放される機会なのに、俺たちの勝手な理由でティアちゃんを縛りつけたんじゃ、ティアちゃんを生け贄に捧げた昔の人とおんなじだ」
鷸成の言に、夜風はぐぬ、と黙る。返す言葉がない。
そう、ティアちゃんをこのまま怪異に閉じ込めるのはエゴのようなものだ。今後のため、とは言うものの、実際は自分たちの利益不利益を考えた発言でしかない。
そこで瞳が口を開いた。
「それなら鷸成、残された幽霊たちはどうするんだ?」
「え?」
「我々はたまたまこの怪異に巻き込まれただけだ。たまたま霊の姿が見えたり、声が聞こえたりするだけ。除霊ができるわけでもない。そんな我々が、幽霊をどうにかする方法がたった一つある。そのたった一つが、ティアちゃんを制御として置いておくことだ」
「そんな……あんまりだよ~」
鷸成は反論の一切を封じられ、眉を八の字に曲げる。ティアちゃんが解放されないなんてあんまりだ、という意味より、あまりにも正論ばかり叩きつけて鷸成の主張を潰したことを「あんまり」だと言っているように聞こえる。
そんな会話をしているうちに、ガタンゴトン、と列車の近づいてくる音がした。
ピンポンパンポーン。
「まもなく、列車が到着致します。お客さまは白線の内側でお待ちください」
ピンポンパンポーン。
何度聞いても気の抜ける放送だ。議論しあっていた瞳たちも気を抜かれ、黙る。
「まあ、続きは列車に乗ってからだな。他の者の意見も聞きたい」
「そうだね~」
選択権は瞳たちに委ねられている。その話し合いのために一車両分が取ってある、ということはじっくり話し合って決めてほしい、六人全員の意見で決めてほしい、ということだろう。
ほどなくして、ビーーーーーーーーーーーーーッというけたたましい汽笛と共に、列車が停まった。
がっと開いた一号車のドアの中に六人が入っていく。そこはもう見飽きてきたグリーン車だった。まあ、向かい合わせになった座席は話し合いには持ってこいだ。
ピンポンパンポーン。
「まもなく、列車が発進致します。駆け込み乗車はご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます」
ピンポンパンポーン。
ドアががーっと閉まる。それからまた汽笛が鳴り、ガタンゴトンと規則的な音を出しながら列車が動き出す。
ピンポンパンポーン。
「この列車は、一号車が話し合い列車となります。皆さんの話し合いが終わるまで、この列車は走行を続けます。どれだけ長かろうと、短かろうと、辿り着くのは出口の駅です。ごゆるりとお楽しみください」
ピンポンパンポーン。
今回のアナウンスは今までと趣が違った。今までのアナウンスはこんなに親切で丁寧ではなかった。それを言ったら列車そのものも親切設計ではなかったが。
今回は停まるタイミングが決まっているといえば決まっている。瞳たちに都合のいいタイミングで停まってくれるのだ。有難い話である。
ただ、それだけ重要な話し合いであるということの裏返しでもある。ティアちゃんがいなくなれば、都市伝説の「ティアちゃん」はなくなるだろうし、この駅に人が引きずり込まれることも減るのだろう。あるいは、今までとは別な手管を使って生者を襲う怪異となるか。
まあ、瞳たちがどうこう予想しても仕方ないのだ。瞳たちに与えられた権利はティアちゃんをどうするかのみである。
「さて、早速議題に入っていこうと思うが……まずは今回の議題について振り返ろう」
瞳が目配せすると、爽が言葉を次いだ。
「今回僕らが議論するのは『ティアちゃんを消すか消さないか』だ。ティアちゃんは未練がなくなって成仏するのが普通なのだけれど、都市伝説として根づいてしまっているから、簡単に消えることもできない。何故そんなことを僕らができるのかもまた謎なんだけど、この話し合いが終わらない限り、終着駅に着かないというのも然りだ。話し合おう」
終着駅に着かないのは確かに困る。が、難しい二択である。
箕輪が二択の内容をまとめる。
「まず、ティアちゃんを消すとなりますとぉ、まず都市伝説のティアちゃんの噂は徐々に消えますわねぇ。ただ、この怪異そのものは残るでしょう。手を変え、品を変え、新たな都市伝説となるのかもしれませんわぁ。
もう一つの選択肢はティアちゃんを消さないという選択ですわぁ。これはおそらく、ここまで私たちが体験してきた通りに今後も怪異が運営されていく、ということになりそうですわねぇ。
私はどちらも面白いと思いますわぁ」
付け足された箕輪の一言に、瞳が顔をしかめる。
「面白い面白くないで決めるのか、お前は」
「あらぁ、物差しは人それぞれですわぁ。面白いか面白くないか、それを物事の指標にするのも一つの意見だと思いましてよぉ?」
それは箕輪の言う通りだ。夜風の意見と鷸成の意見が分かれたところにも通じるものがある。
夜風は他の人々が危険に晒されるから、ティアちゃんに今後もこの怪異を制御してほしい、という意見から、ティアちゃんを消さないという選択肢を選んだ。
一方鷸成は、ティアちゃんがせっかく成仏できるのに、その機会を流すのはティアちゃんが可哀想だと主張している。そもそもティアちゃんは未練があって幽霊になり、唆されて怪異の一部になったわけだから、このまま怪異と一体化している理由がない。成仏するのが幸せかどうかは不明だが、未練が残っていない状態で死を迎えられることは確かに幸せだろう。つまり鷸成は、ティアちゃん自身の幸せに重きを置いた意見というわけである。
「篠宮先輩と鷸成は、乗車前と意見は同じか?」
「ああ、変わっていない」
「同じだよ~」
けれど、二人はそれで決めてほしい、と過度な主張はしてこない。仲間として、他の者の意見も聞きたいのだろう。
「ではぁ、私からよろしいでしょうかぁ?」
箕輪が手を挙げる。リーダーだからか、自然と仕切り役に回った瞳が頷くと、箕輪はありがとうございます、とにこにこと嬉しそうに笑って、意見を述べた。
「私は、ティアちゃんを行くべき場所へ送るのが正しいと思いますわぁ」
「それは『ティアちゃんを消す』という解釈でいいのか?」
「そうですぅ」
今までの箕輪なら特に自分で考えた意見ではなく、他人の考えに自分なりの解釈を加え、自分の意見にしていたが。
今回は自分の意見として一から考えたようで、つらつらと述べていく。
「正直、成仏とか宗教的概念についてはどうでもいいと思うのですがぁ、重要なのは、ティアちゃんが私たちにあんなに辛い過去を見せた上で、自分で選ばず、ひょっこり現れた第三者の私たちに選択を託したことですよねぇ。
──何故、ティアちゃんは自分で選ばなかったのでしょう? 未練がなくなったから成仏する、なんて、自分でできる、自己完結的なことですわ。それを他人に委ねるなんて……自分で決められることを他人に判断させるなんて、おかしいことだと思いますのぉ」
言われてみれば、その通りだ。成仏なんて普通、勝手にするものだ。
瞳が少し考えて答える。
「それは誰かに成仏を阻害されているからじゃないか? 成仏するためにティアちゃんは手順を踏まなければならない。我々がゴールに正しく辿り着くために手順を辿ったように」
なるほど、と箕輪が呟く。
「では、私たちにこの幽霊列車をクリアさせることがティアちゃんの『手順』の一つなのですね!」
そこまでは考えていなかった。そういうことなのだろうか。
「そうでなきゃ、ティアちゃんが成仏しない理由が見当たりませんわぁ。思い出してみてください。ティアちゃんは一応、この怪異の幽霊たちとは『友達』になっているのですよ?」
一体化という異様な形式ではあるが、それで「友達が欲しい」「愛してほしい」という未練は晴れているわけである。もちろん、それが本当の愛ではないから、とか、仮初めの友達だから、とか成仏に至らない理由はいくつかあるのかもしれないが。
けれど、友達になって、愛してもらえて。欲のないティアちゃんがそれ以上を求めるとは思えない。そうなると、成仏に別の条件が必要だと考える方が自然だ。
「だが、他の幽霊に縛りつけられているとも考えられるぞ?」
「あぁ、確かにぃ」
その可能性には思い至っていなかったらしい。
「それならますます、ティアちゃんにはこのチャンスを逃していただくわけには参りませんわ」
箕輪の主張がより強固になる中、瞳と爽は悩んだ。
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