ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン……

 列車の揺れる中でティアちゃんが語り始めた。

「ご覧いただいた通り、私は幽霊たちに唆されて、この怪異の一部と言いました。一部とはいえ、この列車の怪異の大部分を担う幽霊になりました。

 他のみんなは生きてる人が大嫌いで、この怪異を乗り越えられないように、意地悪な仕掛けばかりします」

 意地悪な仕掛け、と言われて、ほとんど見えなかった最初の「DICK」とフェイクだった「Massacre」など、確かに意地悪な仕掛けは多数あった。まあ、スプレー缶や掛矢など親切に道具が置かれていたが。

「あれらの道具は私が用意したものです。皆さんなら有用に使えると思いました」

 ティアちゃんが用意してくれたらしい。それにずっと気になっていたことがある。

 睦が代表して尋ねた。

「ティアちゃん、どうして『僕たち』ならできると思っていたの?」

 そう、道具の置き方にしたって、道具の使い方がわからなければ意味がない。何故使いこなせると思ったのだろうか。

 それに、そもそも、「何故睦たちを招いたのか」という謎が残っている。

 ティアちゃんは悲しそうに笑った。

「一言で言ってしまうと、勘です。あなたたちなら大丈夫、となんとなく思っていました。万が一があっても、睦くんがいれば大丈夫だろう、と」

「僕?」

 睦が首を傾げる。

 睦はこれが始まる前からティアちゃんと言葉を交わしていた。今のように明朗に話してはいなかったが、睦とだけはティアちゃんは普通に会話できていたのだ。

 ただ、その会話の内容は「愛してほしい」とか「一緒に遊ぼう」など具体的な内容の定まっていない要領を得ないものだった。

「実は、睦くんの傍から皆さんを観察させていただきました」

 普段からずっと一緒にいるわけではない面々だが、睦がティアちゃんについての依頼をしてから、何回か顔を合わせた。その中でのやりとりでティアちゃんも何か感じることがあったのだろう。

「まず、美月ちゃんは、幽霊に触れることがわかりました」

 それはかなり大きかっただろう。幽霊に触れるか否かで掛矢の有無が変わっただろうから、かなり参考にしたことだろう。

 取り上げられたことから察するに、あそこまでの破壊行為をするとは思わなかっただろう。

「幽霊に触れるということは、この列車の中では掛矢を使う以外にもある程度融通が利くということです。実際、それで助かったこともあったでしょう?」

 二号車の事件のときは、箕輪が車両に幽霊たちを押し込んでくれたからなんとかなったようなものだ。

 瞳が目を見開く。

「まさか、我々の行動を全部見ていたということか?」

「……ごめんなさい。不快でしたか?」

 不快というほどではないが、幽霊に見張られていたというのは心地のいいものではない。

 ティアちゃんの気配りの細やかさというか、人間らしい感覚に虚を衝かれるような感じがする。

「不快ではない。不思議に思っただけだ」

 つまり、タイミングの良いアイテム提供などはティアちゃんが監視していたからこそ、ということになる。そもそも幽霊の掌の上にいるようなものなのだから、監視されている方が当たり前だ。その証拠に、他の幽霊たちに掛矢を奪われたわけなのだから。

 ただ、監視していた相手とこう向き合って話をしているこの状況は摩訶不思議と言えよう。

「そうですね……私以外の幽霊の皆さんは悪意の塊ですから、皆さんが困るのを見て楽しんでいたと思います」

「君には悪意はないの?」

「そんなまさか!」

 爽の問いかけに目一杯首を横に振るティアちゃん。まあ、見た感じや役に立つアイテム提供をしてくれる時点で、ティアちゃんに悪意など一欠片もないことは明白である。

 それを補足するようにティアちゃんは続けた。

「私の過去を見た皆さんなら察しているかもしれませんが、この怪異を象る幽霊は皆、『土地神様に捧げる』という名目で汽車に轢き殺された者ばかりです。元々があの村だったこの地域に暮らす者に強い恨みを持っています」

 それは仕方のないことと言えるだろう。あの理不尽さは第三者である瞳たちから見てもあんまりだった。恨みを持つのも然りだと思う。

「というか、ティアちゃんは恨んでないの?」

「私は、未練があるから、ここに残っているのです。みんなのことは恨んでいません。私は神様ではないのですから、そんな簡単に信じてもらえるわけがありません」

 まあ、今時神様を信じている者がいるかどうかも怪しいが。どのくらいの時代かわからないが、神様に生け贄を捧げる、という発想がすぐ出てくるくらいだ。神に対する信仰心は強い者が多かったのだろう。

 簡単には信じてもらえない、と割り切れるティアちゃんの方こそすごいと思うが。

「話を戻しますね。私は皆さんを睦くんを通して観察していました。鷸成くんの耳がいいこともわかっていました。けれど、私の行動を阻害しようとする幽霊が、鷸成くんとの会話を阻止したのでしょう。言葉を交わすことはできませんでした」

 妨害だろう。この列車に囚われないような人を選ぼうとするティアちゃんの考えを気に食わないやつは当然いただろう。

 ティアちゃんは他の幽霊たちと統合されて、この幽霊列車の怪異となっている。単体で行動できる方が特殊なのだ。

「私の容姿は珍しく、人目を引きやすいので、私が生きている人を誘うのが役目でした。ただ、大抵一人ですし、特殊な力を何も持たない人ばかりですから、列車の怪異を通過することができず、他の幽霊に取り殺されてしまいます。私はそんな人を救うために、私に近寄らないように預言をしたんです」

 私に関わるとあなたが死んでしまう……それが都市伝説ティアちゃんの真相だったらしい。ティアちゃんに殺されたのではなく、そこに連なる幽霊たちに殺されたのだ。

 あるいは、この怪異の駅にやってきて四号車に乗った瞳たちのように、乗る順番を間違えて死んでしまった者もいるのかもしれない。

「けれど、大きな怪異になったことは悪いことばかりではありませんでした。名のある怪異として広まれば広まるほど、怪異はルールに縛られるのです」

「それが、この駅の謎解き、ということか?」

「はい」

 元々は汽車に轢かれた集団である。その汽車の進化形態である列車を依り代にするのは当然といえば当然だっただろう。

 名のある怪異になればなるほど、噂の内容が具体的になる。例えばトイレの花子さんが「三階の三番目のトイレ」に出現するとか、口裂け女が「マスクをした美人で『私綺麗?』と聞いてくる」とか有名な怪異には具体的な話がついている。

 ただ、ここで違和感となるのは、ティアちゃんは都市伝説として有名だが、「幽霊列車の怪異」であることは語られていない。この中で比較的オカルト方面に覚えのある夜風ですら知らなかったほどだ。それが何故、怪異としてのルールが「駅」に縛られるのだろう。

 それを聞くと、ティアちゃんはすらすらと答える。

「今には伝わっていないようですが、私が入るまではこの列車が怪異として伝わっていたのです。『汽車を土地神様と讃え、生け贄として人を轢かせた』というのは言い伝えとして、あまりに都合の悪いものだったのでしょう」

 身勝手な話である。勝手に汽車に轢かせたのは生者たちであろうに。

 ただ、幽霊たちが怪異という形を成したときには汽車は土地神様ではなく、普通に汽車に轢かれた者たちの祟りとして捉えられたらしい。

「それを後世に伝えるために立ったのが、巴、という人です」

「巴……まさか、生徒会長の?」

 瞳が驚き、続いた言葉に他の一同も驚く。巴とは生徒会長の苗字である。

 ティアちゃんはふふ、と笑った。

「あの人は今まで話してきた中でも面白い方でした。実は、睦くんを紹介してくれたのも、その巴さんです」

 道理で、ピンポイントに睦に取り憑くわけである。あの生徒会長なら、フェイスの活動のことは知っているから、そこの門をしょっちゅう叩く睦のことを知っていてもおかしくはない。

 いや、ならば何故、生徒会長は睦を紹介したのだろう、という新たな疑問が生まれてくる。

 ティアちゃんはその疑問を予測していたのか、先んじて答えた。

「私が巴さんに悩みをこぼしたのです。私は愛してほしいだけなのに、怪異として恐れられるばかりだ、と。そうしたら、睦くんを紹介してくれました」

「え」

 睦がティアちゃんに取り憑かれたのは生徒会長の差し金だったということになるが、またなんでだろう。

「実際、ここまで来て意味がわかりました。あなたたちは愛し、愛されている。だからここまでの困難も乗り越えてきました。各々が自分の能力を活かし、助け合うことで、ここまで来たのです」

 愛し、愛されている、という言葉はなんだかこそばゆかった。瞳たちが互いを救ってくれた相手を見て、もやっとしたような表情になる。それは少し恥ずかしくもあった。

「瞳さんは目がよく、爽さんは肌に触れた感覚に敏感で、箕輪さんは舌での判断が優れていて、夜風さんは鼻が利き、鷸成くんは耳が敏感でした。それから、睦くんの『なんとなく』は私に通じるものがありました」

 なんとなく、というのは直感能力のことを指すのだろう。ティアちゃんも干魃を予言したとき、なんとなく、と語っていたはずだ。そのなんとなくという感覚に村や家族も振り回されていた。

 もしかして、と確信めいた予想が睦の脳裏をよぎる。

「ティアちゃんも、直感がすごかったの?」

 苦笑して、ティアちゃんが答える。

「はい。なんとなくどうなるだろうというのは昔からよくありました。それは当たることが多かったです」

 それは人を救う予言でありながら、不気味に感じるのも仕方ないものであった。現代なら、ティアちゃんの生きていた時代よりは軽く捉えられただろうが、それでも百発百中でこの先起こることを言い当てたら、それはすごい才能というより不気味なものとして捉えられるだろう。

 実際、睦もそれで困ってきたから今がある。そういう辺りをティアちゃんは「似ている」と感じたのだろう。

 けれど、その直感能力がどんなものよりも確かであることを知るからこそ、ティアちゃんは睦を選んだのだろう。他の五人が間違えても、睦の直感が導けるように。

「ここから先は一号車に乗り、降りた先に出口があります。ただし、一号車では、あなたたちに一つ決めてもらわなければなりません」

 決めるとは、一体何をだろうか。

 ティアちゃんは静かに、はっきりと告げた。

「『ティアちゃん』という都市伝説を消すか否かです」

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