ビーーーーーーーーーーーーーッ。

 汽笛が鳴り、列車が停まる。泣き濡れた箕輪の笑顔には、感情が乗っていた。やはり、二回戦目が本命だったらしい。

 アイシテミル? という謎の質問はトラウマや現実を受け入れて愛してあげる、ということだけではなく、自分のことも愛するように示唆するものである、ということを瞳たちは知った。

 どんなに罪を犯しても、自分を愛せなきゃ、人は心のどこかで惨めなまま、生を終えてしまうことになる。罪を犯した自分を許せないのは当たり前だ。それが偶然で不可避で事故だったとしても、自分を責め続けてしまう。そのことのどんなに苦しいことか。

 色々と吐き出した一同の表情は晴れやかだった。自分のことは相変わらず許せないかもしれないけれど、それを知って尚、自分を好いてくれる人間がいる。そのことがとても尊く、感謝の思いが溢れた。

 まだ、自分はどうしようもない人間だと思っているけれど、この人の傍にいれば少しは楽、と思える人たちに出会えた。

 フェイスという組織は「私たちはヒーローになれる」という信念の下に活動していた組織だ。それは今後もおそらく変わらない。けれど、今回のこの幽霊列車の案件で、自分たちの信念に対する見方が変わった。

 ヒーローを欲していたのは、自分たちの方だった。誰かに手を差し伸べる正義を施行したかったけれど、同時に手を差し伸べてくれる誰かを探していたのだ。

「俺たちって、自分が思ってるより弱いんだね~」

 鷸成がしみじみ言う。今回トラウマに思う過去を見せられ、他人には見られたくなかった、自分の心の大切な部分を晒された。気分のいいものでなかったこともそうだが、ずっと、嫌われるのを恐れていたのだと実感した。

 嫌われて、愛してもらえなくなることが怖かったんだ。

「愛してもらえてよかったですわぁ」

 箕輪が心の底から笑って言う。その笑顔は朗らかで、ふわりと周囲の雰囲気が明るくなる。

 箕輪の笑顔はいつも綺麗だが、感情が乗っているとより一層美しい。さすがはマドンナ、と思いながら、睦はその笑顔に目を細めるのだった。

「我々には支えてくれる人がいて、頼りになる仲間がいて、確かな絆を持つ友達がいる。それをこの幽霊列車が教えてくれた」

 それももうじき終わりだ。残すは七号車と一号車である。「殺さないで」の「で」が「10」という解釈でいいのかが謎だが。

「十号車はないし、零号車もないんだけど」

 そう、駅の床に書かれているのは相変わらず一~八号車までの数字のみである。来る列車も八両編成なので、「十号車」の可能性は限りなく低いだろう。

 だとすると、一号車から零号車に乗り継ぐ説が上がるのだが……零号車と言われてもぴんと来ない。客車は八両。零だとすれば運転室くらいなものだろうか。そこには幽霊列車を操作する張本人がいる可能性が高い。霊障に当てられやすい人物が二人もいる身としては避けたいところだ。

 睦が「殺さないで、殺さないでかぁ」とぼんやり呟き、ふと思いついたように言う。

「もしかして、深く考えすぎなのかなぁ? これまでの語呂合わせって、出口までの道順だから、ゴールは『出口』になるんだよね」

「すまん、どういうことだ?」

 今日は何分、謎解きや脱出に頭を使ってきた。終電も過ぎた頃からずっとこんな感じなのだ。普通なら眠っている時間で、頭が回らないのも仕方のないことだろう。

 まあ、あまり深く考えられないから、睦はこの結論に至ったわけだが。

「『皆殺し』のときも先入観があって失敗した。これもそうかもしれないって思ったんだ。『道筋は全部数字の語呂合わせ』っていう先入観に、僕たち振り回されてるんじゃないかな? 語呂合わせって、駄洒落みたいなものでしょ? で、僕たちのゴールは出口……最後の語呂は『で』……『で』ぐちの『で』じゃない?」

「え~? そんなんあり~!?」

 驚きまくる鷸成に睦は「今更でしょ」と返した。掛矢で鉄製に見える車体が壊せるし、どこからともなく電卓やスプレー缶が出てくる。その上未だに謎に包まれている過去を映し出す「映写機」の存在。なんでもありのオンパレードである。

 最後まで引っ掛け問題がないとは限らない。そういう趣向は存分に凝らされている。

 何より、瞳たちにとって、「睦から提言されている」というこの状況はとても半途に流してはいけない事象だった。睦の勘はいつだって冴え渡っており、その勘に従わなかったために一度痛い目を見た。到底無視できるものではない。

「ひとまず、七号車、一号車に乗って、それから出口の有無を確認するのはありだろう。睦の言う通り、我々は『出口』を目指しているわけだからな」

 瞳の的確な指摘に誰も異論は唱えなかった。理路整然としていたし、これ以上穿って考えるのも疲れるものだ。

 克服のようなことをしたとはいえ、皆一様に自分のトラウマと真正面から向き合わされたのである。精神的疲労が蓄積するのは否めない。

 既に終わったはずの瞳の車両、一号車で何が起こるのかも気になるが、まずは目先の七号車だ。ここに集う六人の映写機は終わったが、もう一人、重要人物の話が終わっていない。

 それはこの幽霊列車を巡っては主人公とも言えるティアちゃんの話だ。ティアちゃんは元々、「愛してほしい」と瞳たちを駅に連れてきた。彼女の車両ではまだ、件の電話は入っていない。

 おそらくだが、ティアちゃんを愛することができなければ、この幽霊列車からは出られないだろう。

 ……といっても、ティアちゃんの物語はもう終わったようなものだと思うのだが……

 物思いに耽ろうとしたところで、間の抜けたお知らせ音が鳴った。

 ピンポンパンポーン。

「まもなく、列車が到着致します。お待ちのお客さまは白線の内側までお下がりください」

 ピンポンパンポーン。

 半ば、思考放棄気味なのだ。ゴールはわかっているのだから、あとは流れに身を任せるのみである。

 ほどなくして、ビーーーーッというけたたましい汽笛と共に列車が辿り着いた。

 乗り込んで、そこで一同がえ、と驚く。八号車以外は今まで全てグリーン車だったので、当然七号車も代わり映えのないグリーン車だろう、と予想していたが、そこは吊革がなく、赤い高級感のあるデザインの座席が並べられた八号車の休憩車両のようなデザインだったのだ。

 休憩車両にはもう乗ることはないだろうと思っていたので、虚を衝かれた。この休憩車両仕様ということは、映写機はないのだろうか。展開が全く読めない。

 戸惑いながらも、六人は各々席に就いた。それを見計らったかのように、ドアが閉まる。新手のアトラクションに急に乗せられたような気分になったが、よくよく考えると、これまでもアトラクションのようなものだった。やはり今更、という感じである。

 列車がゆっくりと動き出す。アナウンスが流れた。

 ピンポンパンポーン。

「ご乗車くださり、ありがとうございます。この列車は七号車が特別車両となっております」

 ピンポンパンポーン。

 短いお知らせだった。これまでなら、「ごゆっくりお楽しみください」とついたのだが、全くない。

 やはり、今までとは違う仕様なのだろう、と身構える一同だったが。

「~♪」

 聞き馴染みのあるシャボン玉の歌のハミングで毒気を抜かれてしまった。

 同時に、八号車から通じる扉が開かれる。そこから入ってきて、ゆったりとした様子で、瞳たちに慈しみのような優しい眼差しを向ける金髪碧眼の少女が入ってきた。

 印象的なミントグリーンの瞳。見間違うはずがない。ティアちゃんだ。

 ティアちゃんは車両の前方へ行き、それから軽くお辞儀をすると、とても嬉しそうに顔を綻ばせた。

 その涼やかな声音が感謝の言葉で優しく耳朶を打つ。

「皆さん、紆余曲折はありましたでしょうが、ここまで来てくださり、ありがとうございました。私のメッセージを正しく読み取ってくださり、とても嬉しいです」

 恭しく頭を下げ、それからティアちゃんは告げた。

「この七号車は私の本当の思いを受け止めてくれそうな人にしか辿り着けない車両となっています。そして、お察しの通り、ここでは映写機の映像ではなく、私個人の思いを聞いていただきたいのです」

 ここはティアちゃんのモノローグの部屋だという。

 ティアちゃんの言葉を咀嚼した上で、きちんと愛してほしいのだろう。

「最後まで、ちゃんと聞くよ。だから、ゆっくりでいいから話してちょうだい」

 睦が柔らかくそう言うと。ティアちゃんは軽く深呼吸をし、語り始めた。

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