え
ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン……
気づくと、景色は元のグリーン車に戻り、列車が揺れていた。
六人は言葉少なになり、列車が駅に到着すると、むつむつと降り、去っていく列車を呆然と眺めた。
「今のって……」
ショックの残る声で睦が沈黙を破る。応じたのは瞳だった。
「つまりはティアちゃんの正体というやつなのだろうな」
ティアちゃんの正体、という言葉に、睦はやるせない気持ちになる。ティアちゃんは本当には愛されず、甘言に乗せられて、怪異に変化したのだ。こんなこと、ティアちゃんは望んでいなかっただろうに。
「もしかしたら、ここに誘われて死んだ人が何人もいるんじゃないかな」
「何故そう思う?」
爽の発言に瞳が問いかける。そこまでわかって、爽は断言したのだろう。
「思い出してご覧よ、都市伝説の『ティアちゃん』を」
「えーっと、確か、ティアちゃんを見かけて、泣いているから、泣いている理由を聞くと、死んじゃうんだっけ~?」
「そこに省かれている過程があるとするなら」
爽が滔々と説明した。
「ティアちゃんに声をかける。それがこの幽霊列車の引き金になる。で、乗る順番を間違えたり、謎解きを間違えたりして、列車に殺される。それがこの怪異の正体なんじゃないかな。スマホは繋がるみたいだし、列車に乗っている途中で外部と連絡取れたかもよ」
「えっ」
一同は驚いて、自分たちのスマホを見る。しばし、沈黙が流れる中を、ピンポンパンポーンという間の抜けたお知らせ音が通り抜けていき、まもなく列車が到着することを知らせた。
こういう怪異では電波が繋がらないのが定石だ。その思い込みで、すっかり忘れていた。
電波は三本、しっかり立っている。
「嘘~」
「いや、幽霊からとはいえ、電話来てるんだから、電波はあるでしょ」
盲点だった。
まあ、列車の中で電話をするのは非常識だ。それに、マナーモードが勝手に切れていたから、霊的パワーで何かされたのだと思い込んでいた。
まあ、マナーモードやミュート、着信音設定を弄ったのは霊的パワーにちがいないが。
ここでまた新たな議題が生まれる。
「じゃあこれで助けとか呼びません?」
睦が至極当然の提案をする。しかし、爽は肩を竦めて問う。
「どう状況を伝えるの?」
「え、幽霊列車に閉じ込められた……って、あ、無理か」
そうなのだ。非常事態で、助けを呼びたいのは山々なのだが、状況が説明できない。5W1Hが必要不可欠だが、「何を」「どうやって」「何処に」助けに行けばいいのか、さっぱりわからないのだ。それに万が一助ける方法があったとして、この怪異と関わらなければならないのは目に見えている。助けに来て怪異の罠にはまったのではミイラ取りがミイラになるようなものだ。悪循環である。
仮に、睦の言うように、「幽霊列車に閉じ込められた」と発言しても、普通は妄言としか受け取らず、相手にもしてくれないだろう。電波が繋がっていても必ずしもいいとは限らないわけだ。
「まあ、もう脱出方法はわかっているのだから、わざわざ他者に頼る必要もないだろう」
「え、脱出方法のヒントあった?」
瞳が、そうだとも、というように、説明を始めようとしたところで。
ビーーーーーーーーーーーッ。
けたたましい汽笛が瞳たちの耳を襲う。鷸成が「うわあっ!?」と少々大袈裟に見えるくらい驚いたことで、一同は列車の到着を認知した。
「……乗ろう。確か、五号車だったな」
「うえ~、またあれを見るのか~」
五号車は鷸成の映写機が作動する。鷸成はもう一度トラウマを見る羽目になるのだが。
「大丈夫ですわぁ」
掛矢片手にサムズアップの箕輪。こんなに頼もしい女の子が他にいるだろうか。
本当に箕輪が掛矢を振り回して映写機が壊れてトラウマを見ずに済むのかわからない。そのため、これは検証になるのだが……鷸成は失敗した場合のことは一切考えていないようだ。前向きというか、なんというか。
とりあえず、六人は五号車に乗った。
座席があって、吊革のあるごくごく普通のグリーン車。乗るのは何度目だろう、と考えるとうんざりするくらいの回数乗っている。一日二、三回程度ならまだいいが、短時間にこんなに回数乗ると、もう飽きてくる。
が、飽きたとか飽きないとかを反映してくれるような親切設計は存在しない。そんな親切さがあるのなら、そもそもこの怪異自体が存在しないことだろう。
駆け込み乗車の注意喚起を経て、列車が発進する。ガタンゴトン、と代わり映えのない音が鼓膜を揺らした。
ピンポンパンポーン。
「ご乗車いただき、ありがとうございます。この列車は五号車が特別車両となっております。どうぞ、お楽しみください」
何を楽しむのだか、と思ったが、こればっかりは避けて通る方法がない。箕輪の活躍に期待するしかないだろう。
ふっと辺りが暗くなる──
「とおりゃぁっ」
と同時に箕輪の掛け声がし、一瞬にして、元のグリーン車に戻った。
箕輪以外の全員が、一瞬何が起こったかわからなかった。計ったように同時に目をぱちくりとし、掛矢を振りかぶった格好の箕輪を凝視する。
「あらぁ、そんなに見られると、恥ずかしいですわぁ」
目が点になったのも仕方ないだろう。というか何故箕輪はいつも通りに振る舞えるのだろう。
何よりも……
ピンポンパンポーン。
「まもなく、次の駅に到着致します」
ピンポンパンポーン。
とても簡素に終わった放送が哀れだった。
掛矢の意味はおそらく、間違えたときに窓を粉砕するとか、そういう目的だったのだろう。決して、車体を破壊したり、映写機を無効化したりが目的ではないはずだ。
色々とこう、用意していたのをおじゃんにした申し訳なさ、というか、いたたまれなさを覚えた。
ガタンゴトン、と列車が揺れ、駅に到着する。箕輪は満面の笑み、それ以外はこれでよかったのだろうか、けれど前に進めて嬉しくはある、という複雑な表情である。
そんな中で言うのもあれだが、と次の標的である睦が、小さな小さな声で箕輪に頼む。
「次の映写機も、お願いしていい?」
「もちろんですわぁ!」
お任せください、と胸を張る箕輪。男子はその出っ張り具合より、何故こう満面の笑顔でいられるのだろう、と謎に思った。
次の六号車でも同様のことが行われ、幽霊側も唖然としているのか、マイクの入った音はしたが、お知らせの内容は特になく、切れた。
自衛のためとはいえ、なんだかものすごく申し訳ないことをしたような気がする。相手は問答無用で現実世界から隔離して殺しに来ているのだから、抗うのに情け容赦は一切必要ないとも言えるが、なんだろう、この申し訳なさの塊は。
相手もなんとなく、一度通った道なので、省略(物理)を許してくれていたようだが、六号車から降りるなり、音もなく箕輪の手から掛矢がなくなった。もう二度と同じ手は使われたくなかったのだろう。気持ちはわかる。
「まあ、どうせ次からは新しい車両で先に進むんだ。出口に出るために掛矢は必要ないということがわかっただけでも充分だ」
「そだね~」
内心、箕輪の暴挙をこれ以上見ていられないと思ったのは内緒だ。
「次は……三号車だな」
奇しくも、箕輪の車両である。これまでの仕返しに意地の悪いことをして来なければいいが……
お知らせが鳴り、白線の内側に下がって待っているとすぐ、次の列車がやってきた。以前間違えたときもそうだったが、今までより間が短くなるようだ。
もう間違えられない、ヒントを見つけるためのサービスタイムは終わり、ということだろう。
普遍的なグリーン車に乗り、駆け込み乗車を注意するアナウンスの後、列車はゆらりと動き出した。
ピンポンパンポーン。
「ご乗車いただき、ありがとうございます。この列車は三号車が特別車両となっております。どうぞごゆっくり、お楽しみください」
ピンポンパンポーン。
どうやら普通に始まるようだ。
瞳たちはこの後始まる地獄絵図が蠢くような光景など、想像してもいなかった。
このときは、まだ。
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