こ
ピンポンパンポーン。
それは予想だにしていなかったお知らせ音であった。
「まもなく、次の駅に到着致します。転倒などのないよう、お気をつけください」
ピンポンパンポーン。
あまりにも普通に流れた放送にはっとさせられる。気づけば、元のグリーン車だ。列車がガタンゴトンと揺れている。
瞳は辺りを見回した。全員、無事だ。グリーン車の中で立ちっぱなしの五人と、座席に横たわっている箕輪。これで全員だ。
瞳は違和感を覚えた。これで終わりなのか、と。それは睦も抱いていた違和感だが、瞳は今気づいた。「何故、箕輪には『アイシテミル?』の着信がなかったのか」
前の駅で明らかになった真の乗り込み順は「皆殺さないで」だったわけだから、「375637110」となるわけである。
十号車は存在しないとか、零号車とは何なのかなど、疑問に思うところはあるが、重要なのは三が二回あるところである。
もしかして、箕輪のパートだけ、二部構成なのだろうか。
現在の情報で考えられる可能性はそれくらいしかないだろう。それを言ったら、瞳もこの先一回か二回は自分の号車が待ち受けているのだが。
まあ、ティアちゃんに至っては三部構成が確定しているのでたまたまかもしれないが、箕輪だけ特別扱いのような気がする。……いや、元々箕輪は二部構成だったのか。
そもそも、瞳たちは「18782837564」が正しいルートだと思っていた。が、それは間違いで、正確には「187828375637110」というものだった。正解のルートでは三号車には必ず二回乗らなければならない。それを踏まえると、そもそも二部構成であった、と推測しても、あながち間違ってはいないだろう。
箕輪の過去が重いことを知っていただけに、どんなトラウマが来るか、と身構えていたのだが、拍子抜けだ。いや、しかしこれもまた前哨戦ということなのだろう。油断は禁物だ。一度足を掬われているのだから、気を引き締めて損はない。
列車の速度が次第に緩んできたところで、座席に寝そべっていた箕輪がゆらりと目を開ける。少し、ぼんやりとしているように見える。まあ寝起きなら仕方ないだろう。
箕輪が、吊革にぶら下がる一同を見て、苦笑いを浮かべる。
「あらぁ? 私は一体どうなっていたのでしょう? なんだか、ふわふわした気持ちで夢を見ていた気分ですわぁ」
ふわふわした気持ちになれる内容だっただろうか、と睦が苦虫を噛み潰す。……箕輪は何もかもがどうでもいい、というから、大したことではなかったのかもしれない。
けれど、他の五人は普通の感覚を抱いている。兄弟を殺され、存在すら認められず、言葉一つ吐くことさえ自由にできない。そんな箕輪の過去が悲しく、それを何とも思えない箕輪の現状が胸を締め付ける。自分たちが思い悩んでもどうにもならない過去のこととはいえ、小学校に入る前、箕輪が抱えていた過去に何も思わないなどできない。箕輪は仲間で友達なのだ。
瞳や爽などは改めて痛感する。仲間だ何だと言いながら、自分たちはお互いのことをあまりにも知らなすぎる。夜風はこれを「確約された最後の夏」と表現したが、最後にするには苦しい夏だ。
それでも、何も知らないよりはましなのかもしれない。ティアちゃんが自分たちをここに招いた意図はわからないが、互いの過去を、心の底を知ることができたのは良いことだったと思う。それらを知らずに無為に過ごし、離ればなれになっていたら、彼らの「フェイス」という組織の活動はただの子どものおままごと、ごっこ遊びで終わってしまっていただろう。
列車が停まる。
全員が降りたのを確認し、列車を見送ってから、瞳は宣告した。
「私は今日のことを決して後悔はしない」
「リーダー?」
唐突な瞳の宣言に、鷸成はきょとんとする。瞳の思うところにいち早く気づいたのは、やはり爽だった。
相槌を打つ。
「そうだね。みんなのことを知れたこと、後悔はしないよ」
「情けない姿を見せたりもした。それでも、受け入れてくれたから……譬、進学先がバラバラになろうと、大学か就職か違おうとも、我々はフェイスだ」
ずっと、仲間のままだ、と瞳は誓った。爽は賛成の声の代わりに瞳にグータッチした。箕輪は「当然ですわ」と微笑み、夜風が静かに同意する。鷸成は嬉しそうにガッツポーズをした。
「あ、あの……」
睦だけが気まずそう、というか、場違いに戸惑っているというか。仲間外れのような気がしてならないようだ。
「もちろん、鹿谷ももう立派なフェイスのメンバーだよ。よろしく頼む」
「え、いいの?」
瞳から差し出された手に戸惑う。瞳は握手するよう催促した。躊躇い気味に差し出された手を固く握りしめる。絆をしっかり結びつけるように。
そこでみんなの心が一つにまとまり、昔話ならめでたしめでたしとなるところなのだが、そこで終わりではなかった。
ピンポンパンポーン。
お知らせ音が容赦なく伝えてくる「まだ終わりではない」という知らせ。そう、瞳たちはまだ前哨戦を終えた辺りのところまで戻ってきただけなのだ。
「まもなく、列車が到着致します。白線の内側にて、お待ちください」
淡々と告げられるアナウンス。瞳たちは七号車の印の前に移動した。
ガタンゴトン、と列車の音がしてくる。睦がそういえば、と語った。
「さっきの箕輪さんのところは見てなかったからだけど、ここから先、六号車までは内容被るよね? やっぱり同じなのかな?」
確かにそうだ。瞳たちは戻ってやり直しているわけである。先程の箕輪の過去も途中の見たところまでは以前見たのと全く同じ内容だった。このことから推測するに、これから乗る七号車を始め、五号車の鷸成の過去、六号車の睦の過去はもう一度同じものを見ることになりそうだ。
それはそれで面倒だし、展開がわかっていて、既にトラウマから救われている鷸成と睦はどう対処したらいいのだろうか。
すると、箕輪が睦の肩を叩き、掛矢を手渡してもらう。
「それこそ、これで壊せばいいのではぁ?」
一同沈黙する。
それは箕輪が間違っているからではなく、箕輪が実際に掛矢をぶん回すことで映写機を強制終了させたのを見たからだ。なんとも言えない気持ちになる。
あれは、箕輪が自分の過去をどうでもいいと思っていたからさしたる衝撃がなかった……いや充分に衝撃的だったが。
迷っていると、箕輪が説明する。
「列車が霊的なもので壊せるんですもの、映写機も霊的なものと仮定することができ、本当に霊的なものなら壊せますわぁ。過去の映像ですし、現実の実物には影響がないと思いますの」
それはそうだ。現実なら掛矢は家の柱を組み合わせるのに使うものだ。列車の鉄の扉などを破ったりしないし、人を殺すための道具としては一般的ではない。それっぽく言えば、「過去を振り払う」ことができるだけだ。
「実を言いますとぉ、私が映写機の途中でぶん殴った父親は、殺人罪で投獄中ですしぃ、母は既に死んでいますのでぇ」
普通に怖い話をする箕輪。父が殺人罪で母が死去しているということはどう考えてもあの父親が妻を殺したとしか考えられない。箕輪はさらりと物騒なことを言った。もう縁を切った相手だから、興味はないのかもしれない。
「そこのどこに安心を求めろと?」
「え、駄目ですかぁ?」
おそらく死んでいないだろう父親は、という話なのだが、証明する手段がない。
気休めとしては、充分だろうか。
「つまり~、過去の映像ぶっ壊すだけだから~、家族とか自分とか死なないってことでしょ~? それなら安心かな~」
鷸成が噛み砕く。なるほど、「自分が死なない」ということは重要だ。命あっての物種という。家族の安否はここから出てから確認すればいい。
まずはこの謎の幽霊空間からの脱出を試みなければならないだろう。全てはそれからだ。
ただ、睦はふと気になった。箕輪は何故、両親の安否を言ったのだろう? もっと言うなら、何故、姉の安否については言わなかったのだろう?
「ねえ、箕輪さ」
ビーーーーーーーーーーーッ。
疑問を口にしようとしたところで、列車が到着し、睦の声は汽笛に飲み込まれた。
不完全燃焼というか、不発というか。そんな感じになってしまった疑問はなあなあに流されることとなる。
中は相変わらずのグリーン車。いい加減見飽きてきた。
「ティアちゃんの過去は確か、土地神様に捧げられる、でしたよねぇ」
「そうだな。だが、内容が少し変わっている可能性はある。我々は『Massacre』に隠された謎を解き、ここまで来たのだ。お知らせ以外にも変化があってもおかしくないだろう」
特に、この幽霊列車にはティアちゃんに誘われて来ることになったため、ティアちゃんの過去は影響を受けやすいと見て間違いないだろう。
「箕輪、しばらくは様子を見よう。掛矢を使うときは私が言う」
「わかりましたわぁ」
やがて、いつものお知らせが流れ、七号車が特別車両であることが明かされる。それから、ティアちゃんの過去が流れ始めた。
実際に日照りが起きてしまった村、ティアちゃんを土地神様に生け贄として捧げる。大まかな流れは変わっていなかった。
けれど、異なる点が一つ。
続きがあったのだ。
これまで土地神に生け贄として捧げられた人間は何人もいた。つまり、汽車に轢かれた人間だ。汽車に轢かれた、というだけなら、事故で死んだ人間も該当する。
ティアちゃんが轢かれたそこにはそういった人々がたくさん集まっていた。もちろん、幽霊である。
事故で死んだ者は未練を残していたり、生きている者を羨んだり。生け贄にされた者は理不尽を嘆き、自分たちを勝手な理由で殺した村人たちを恨んでいた。当然と言えよう。
そいつらが新入りのティアちゃんに問いかける。
「未練がたくさんあるだろう?」
「生者が羨ましくないのか?」
「村人の身勝手を許せるのか?」
その幽霊たちは一つの黒く淀んだ塊になっていた。復讐を望んでいる。生者を取り殺そうとしている。そのための仲間を待っていた。
ティアちゃんはどんな言葉にも首を縦には振らなかった。
「何故だ」
「何故?」
「お前は誰にも愛されなかった」
「誰も愛してくれなかっただろう?」
「お前は何一つ悪くなかったのに」
「理不尽だと思わないのか?」
「あいつらが悪いのに、お前は不当に殺されたのだ」
「復讐をしないのか?」
矢継ぎ早の問いかけに、ティアちゃんはゆっくりと言い返す。
「わたしは、愛してほしかった。大切にしてほしかった。もちろん、わたしのこともだけれど……みんなを愛するから、愛してほしかっただけなの。今もそれは変わらない。愛してほしいから、わたしは愛する」
恨んだり、祟ったりはしない、とティアちゃんは宣言した。
「だから、誰も殺さないで」
ティアちゃんの決死の叫びだった。
それを幽霊たちは。
「わかった。それなら彼奴らがお前に愛を返すまで、我々がお前を愛そう」
「……ほんと?」
そうして、幼い彼女はその甘言に乗せられ、黒い塊と一つになった。
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