ビーーーーーーーーーーーッ、ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン……

 列車が駅に近づいてくる音が聞こえた。それと共に、お寺の鐘のような音に歪んだお知らせ音が聞こえてくる。

「間もなく、蛻苓サ翫′蛻ー逹?閾エ縺励∪縺吶?ゅ螳「縺輔∪縺ッ逋ス邱壹?蜀??縺ォ縺ヲ縺雁セ?■縺上□縺輔>」

 聞き取れない音声。アナウンスは平坦なものだったが、イントネーションでなんとなく何を言っているのか推測する。おそらく状況から見ても「白線の内側に下がってください」という感じだろう。

 指示通り、六人は白線の内側で待つ。でないと列車にひき肉にされるのだろう。先程飛び降りたときもかなり危なかった。そのことを踏まえると、アナウンスにはきっちり従った方がいい。譬、聞き取れなくても。

 後半戦になってからアナウンスが聞き取れない音声を出すようになったのは、おそらく瞳たちを惑わすためだろう。混乱させて、壁のギミックに気づかせないようにしていた。その後に続く駅で、列車が来るのが妙に早かったのもそれが原因にちがいない。

 意地の悪い話だ、とは思うが、前半ではきちんとアナウンスのタイミングやアナウンスそのものが明瞭に聞こえたため、後半戦に生かせるように、ヒントをくれていたのだろう。それだけでも有り難い。

 傾向がわかれば対策ができる。受験を控える学生の基本だ。まあ、チームのブレーンは主に瞳と爽なのだが。

「三号車ってことは、箕輪さんだね」

「そうですわね」

「一つ、頼みたいことがあるんだ」

 睦が言い出したことに、箕輪が虚を衝かれる。

 不承不承ではあったが、箕輪は睦の頼みを聞いてくれた。不安そうではある。

 けれど、これは必要なことだ、と睦は語った。

「箕輪さんについて、この列車について、きちんと向き合わないと、僕たちは前に進めないんだ」

 いつもの勘だが。

 箕輪はくすっと笑った。

「むっくんの勘ほど当てになるものはありませんわぁ」

 箕輪はそう笑って、掛矢を睦に渡す。睦は内心ものすごく重く感じたのだが、箕輪からの意思表示を確かに受け取った。

 箕輪が抱えるものはきっと、こんな掛矢なんかより、ずっと重い。それは少し見ただけでわかるし、聞きかじっただけでも充分に伝わってきた。

 本当はぶち壊してなかったことにしたいくらいの過去なのだろう。「佐藤」だったときの記憶は。

 ん、と睦が引っ掛かる。そういえば箕輪は小学生のときからずっと箕輪と呼んでいる。それは睦のみの話ではなく、爽以外の全員が、だ。これは不自然ではないだろうか。

 先輩後輩関係ができる中学ではまだ納得がいく。ただ、小学校のときは、そんなしがらみがないから、名前で呼ぶことが多くないだろうか? 睦のように何度も転校を繰り返して新参者感が抜けない人物が他人行儀になってしまうのはわかる。だが、他のメンバーは小学校低学年、睦が転校してくるより前から交流があったはず。では何故、皆一様に「箕輪」としか呼ばないのか。まあ、鷸成は「みっちゃん」と渾名で呼んではいるが。

 親しき仲にも礼儀あり、というほどの問題ではないと思うのだが。

 引っ掛かりの正体を突き止めようとした睦の思考を遮るように、汽笛がビーッと鳴り響いた。毎度のことだが相当五月蝿く、直前まで何を考えていたか忘れてしまう。

 とりあえず、列車が到着したので、三号車に乗り込んだ。

 先の三号車と変わりない。一般的なグリーン車で、質素な造りだ。六人は各々席に就く。

 ピンポンパンポーン。

 明朗に鳴るお知らせ音。正しい音階で聞くのは久しぶりの気がした。

「まもなく、列車が発進致します。駆け込み乗車はご遠慮ください」

 女性アナウンスの言葉もはっきり聞き取れる。これは一体。

 ピンポンパンポーン、と規則正しく下降していく音階を聞きながら、瞳が首を捻る。

「今と先程との違い、というと、やはり『殺さないで』の謎を解いたことか?」

「文字化けを発音した、みたいなアナウンスも、もしかしたら、ヒントだったのかもね。異常な道筋だぞーっていう警告みたいな?」

「なるほどな」

 知らず知らずの間に「そういう仕様だ」と思い込んでしまっていた。思い込みはよくない。

 列車がゆらりと発進する。ガタンゴトン、と音が安定してきたところで、再びお知らせ音が鳴り、女性アナウンスが告げた。

「ご乗車いただき、ありがとうございます。この列車は三号車が特別車両となっております。どうぞ、お楽しみください」

 ピンポンパンポーン。

 恒例のお知らせを聞いて、全員が眉をひそめる。他者のトラウマを見せられて、その上トラウマに苦しむところを見せつけられて、何が楽しめるものだろう。俄然無理な話である。

 考えているうちに、ばつん、と明かりが消え、列車のガタンゴトンという音が遠退いていく。

 少しずつ明るくなって見えてきたのは、腐りかけの死体が何体かある家。一度見たから覚えている。箕輪の元の家「佐藤」家だ。

「うっ……」

「あ、よかちゃん」

 呻いて起きたのは夜風だった。鷸成が心配そうに背中をさする。少し噎せた後夜風は鷸成に頷いた。

「大丈夫だ。ひどい臭いだが、前にも嗅いだな。ここは?」

 鷸成が咀嚼して斯々然々と伝える。ふむ、と夜風も納得したようだった。

「所謂、ゲームで言うところの正規ルートまでどうにか戻ってきたわけか。すまないな、大変なときに寝ていて」

「不可抗力ですよ、篠宮先輩」

「そうですよ。元はといえば、睦くんの勘を信じなかった僕らが悪いんです」

 瞳と爽が夜風をフォローする。こういうとき、箕輪がいると場を和ませる発言をしてくれるのだが、残念ながら、ここは箕輪の映写機の中であるため、箕輪はいない。

 フェイスのムードメーカーはてっきり鷸成だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。鷸成がムードメーカーでないわけではないが、男子が作るムードと女子が作るムードとでは差があるようだ。

「そういえば、市瀬さんと篠宮先輩は二階に上がってましたよね。何かありました?」

「ああ、そうだ」

 瞳がぽん、と手を突く。どうして忘れていたのだろう、と続けた。

「今まで自主的に二階に上がれることなんてなかったから、不思議に思ったんだ。二階には部屋が三つあってな。夫婦の部屋と、子ども部屋二つ。夫婦の部屋を見終えて、子ども部屋を調べようと思ったら、箕輪が二人出てきてびっくりしたんだ」

「私も概ね同じだな。まあ、その部屋には『みはる・みつき』とプレートがかかっていたから、二人で過ごしているのだろうとは思ったが、まさか双子とは」

 夜風は箕輪と一緒に出てきたそっくりな女の子が箕輪の双子だと気づいてはいたらしい。物音も気になりはしたが、双子であることを知らせるために降りてきたのだという。まあ、ほぼほぼ同時に降りてきたので、意味はなかったのだが。

 その後の箕輪の凄まじい破壊活動に呆気に取られ、箕輪本人の口から過去が語られたこともあり、すっかり忘れていたという。無理もない。女の子が掛矢を振り回しているだけでもはや意味がわからないのに、幻想空間を物理攻撃で壊したのだ。常識が無視されすぎていて、頭からすっぽ抜けるのも仕方ないだろう。

 それより、と夜風は睦に目を向ける。

「私は鹿谷がそれを持っていることの違和感の方がすごいのだが」

「あ、あはは、やっぱり変?」

 普段から女子と間違えられることのあるほど華奢な睦が、子どもの胴ほどある頭を持つ掛矢を持っているのはやはり異様に見えるらしい。錯覚なのだが、大体同じくらいの背丈の箕輪がぶんぶん振り回していたので、皆、掛矢を軽いものだと勘違いしているようだ。

 睦をフォローしておくならば、掛矢は普通に重い。木製とはいえ、中が空洞の筝なんかでも重いのだから、中身はぎっしりそのままの掛矢の重さは想像して余りある。

 故に、ぎりぎりなんとか持ってはいるが重そうなことに変わりはない。証拠に手がぷるぷる震えている。

「まあ、床に置いてもいいんじゃないかとは思う」

「ありがとうーーー」

 感涙する睦。いやいや、誰かに強制されていたわけじゃあるまいし。

 睦が掛矢を床についたところで、見計らったかのように玄関の外から物音がした。

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