ジジ、ジジ……ピーーーンポーーーンパーーーンポーーーーーーーーーーン、ザーーーーーーーーーッ

 ノイズ混じりのお知らせ音。後に続くのは辛うじて女性だとわかるアナウンス。

「間もなく、ジジ……次ザーーーッ、とうちゃ、ゴーーーーッ、てんとザザジジ、ジジジジジジジピーーーーーッお気をつけくだ、ドゴッ、ウィーン」

 ほとんどアナウンスになっていない。後半になってから、アナウンスがバグってきているのは認識していたが、バグり方が尋常じゃなくなってきている。

 ただ、瞳と爽はこの女声に何か引っ掛かるものを感じ始めていた。何が引っ掛かるのだろう? どこかで聞いたことでもある声なのだろうか。

 とはいえ、記憶力に自信のある二人が思い出せないので、そう断じるには自信がない。これが睦だったなら、結論が出せるのだろうが。その類稀なる直感能力で。

 しかし、睦はトラウマを見せられたばかりで精神摩耗がひどい。直感能力を使うにも、精神状態が万全でないのでは酷なことだろう。

 けたたましい汽笛と共に、停まった列車のドアが開く。六人は外に出た。

 瞳と爽はひとまず、状況を整理することにした。

 原作は「嫌なやつは皆殺し」の語呂合わせでようやく皆殺しの「ろ」まで終えた。ということは残るは最後の文字である「し」である。

「次に四号車でラストか。長かったな」

 端的に述べる瞳に爽が深く頷く。が、鷸成が不安そうだ。

 それもそうだろう。四号車を除く他の車両をクリアし、瞳、爽、箕輪、鷸成、睦、ティアちゃんを見たわけである。となると残る四号車は必然的に夜風の車両ということになるのだ。

 今までの映写機発動の傾向から考えるに、次の四号車で映写機が発動すれば、一時的とはいえ、夜風が消える。夜風に救われた鷸成の不安は当然のものと言えるだろう。

「……よかちゃん」

 鷸成が夜風の手をぎゅっと握る。それは今までよりも力強く、離ればなれになるのを恐れているようだった。

「大丈夫だ。鷸成が私を信じてくれているように、私も鷸成を信じている」

 それは暗に夜風は「鷸成に救ってほしい」と言っているのだ。それを聞いて、鷸成は決意に満ちた表情で頷いた。

 そんな夜風と鷸成の覚悟が決まったところで、睦が声を上げる。

「ねえ、次は四号車じゃない気がするよ」

「は?」

 特に瞳と爽が耳を疑った。代表して、爽が反論する。

「何言ってるの? ここまで『嫌なやつは皆殺し』の語呂合わせで無難に過ごしてきたじゃないか。それが最後が四じゃないっていうなら、何だって言うのさ?」

「終わりじゃないよ」

 睦が妙にはっきり返す。即答されて、爽はたじろいだ。

「まあ、信じてくれなくてもかまわない。僕は『いつも通り』『なんとなく』そう思っただけなんだ」

 いつものように、睦の言葉には根拠が何一つない。「なんとなく」なんてあやふやすぎるだろう。簡単には信じられない。

 が、睦の勘が百発百中なのも確かだ。簡単に無視できる意見でもない。

「四号車じゃないなら、たぶん三号車だ」

「なんで?」

「箕輪さんの話はおそらく、まだ終わっていない。だから『アイシテミル?』っていう通知も来なかった」

 ……厄介なことに根拠がある。だが、逆に信じられなかった。

 睦の直感は根拠がないからこそ信頼に値する、瞳と爽はそう考えていた。故に、理論的な答えを出してきた睦の言葉を安易に信用できなかった。

 瞳は「睦の勘」と「根拠ある説明」をどう判断に生かすべきか悩んだ。

「私は、むっくんを信じますわぁ」

 真っ先に意思表示をしたのは箕輪だった。

 瞳は穿って考える。

「それは、さっき鹿谷のことを友達として味方すると宣言したからか?」

「いいえ」

 箕輪はきっぱりと言った。

「私の先程の発言は前々からずっと決意していたものですもの。ひーちゃんの考えるような『自分の発言に責任を持つ』なんて堅苦しい考え方ではありませんの。信じたいから信じる。それ以上の理由など、必要ありませんわぁ」

 瞳から言わせると、全く理知的ではない回答だ。だが、それも一つの意見である。

「僕は信じられないなぁ。ここまで語呂合わせで上手く行ってるんだよ? 『皆殺し』以外の語呂合わせを今更出すなんて、僕らをここから出す気がないみたいじゃないか」

 爽の主張も真っ当である。そもそも、この語呂合わせに気づいたのは爽なのだ。自分の結論を土壇場で覆されるのはもやもやするし、気に食わないだろう。

 では他はどうだろう、と夜風と鷸成を見る。

 まずは夜風が口を開いた。

「正直、自分のトラウマと向き合うのはきつい。だが、双海が導き出した答えを否定する材料は私の中には存在しない」

 つまり、四号車派ということだ。

「鷸成はどうだ?」

「うーん」

 鷸成は少し考えてから答える。

「俺は、むっちゃんの勘を無視するのはいかがなものかと思うよ。でも、俺もむっちゃんの意見をフォローできるほどの反論は持ってないからな~」

 睦を支持したいが、爽の意見を否定できない、という結論に達したらしい。鷸成は頭の回転があまりよろしくないので、致し方ないことだと言えよう。

 瞳はもちろん、四号車派だ。三号車にする意味がわからない。

 四対二。多数決というのはあまりよくないかもしれないが、多数派の意見を尊重してしまうのはよくあることだ。睦も仕方ないね、と受け入れた。

「ところで箕輪さん、掛矢は持ってる?」

「もちろんですわぁ。お望みとあらば、いつでも振り回せるよう、準備しておりますわよぉ」

 さすが、と睦は苦笑する。

 妥協したものの、睦の中の警鐘は止んでいない。謎解きをした人とただの勘では優劣など火を見るより明らかである。が、睦は「失敗したとき」を想定して、作戦を考えていた。

 箕輪の持つ掛矢、それと睦が持つ大量の御守り。いざというときに役に立つものは揃っている。掛矢はさておき、御守りは作ってくれた生徒会長に感謝するしかない。

「鷸成くん、スプレーはどれくらい残ってそう?」

「え? んーと、そこの壁に落書きができる程度には残ってるんじゃないかな」

「そっか。じゃあ、それはしっかり持っててね。よろしく」

「うん」

 前半の駅で提供されたスプレー缶。これも何か重要な役割を担うものかもしれない。瞳や爽の推測通り、このまま四号車に乗ってゴールに着けるに越したことはないが、爽の映写機のときのように、不測の事態があってもおかしくない。

 幽霊に効くかどうかはわからないが、スプレーを吹き付ければ、目眩まし程度にはなるのではないだろうか。武器として掛矢とはまた違った使い方ができる。

 しかし、何故三号車だと思ったのだろう、と睦は改めて疑問に思う。箕輪の話が終わっていないのも確かだが、それは後から思いついた理由だ。もっと重要なことがこれまで見てきた中に隠されている……気がする。

 語呂合わせという考え方は睦も間違ってはいないと思うのだが……やはりどうしても引っ掛かる。何が引っ掛かるのかわからないからなんとも言えないのだが。

 そこに歪められたお知らせ音が鳴る。

「間もなく、蛻苓サ翫′蛻ー逹?閾エ縺励∪縺吶?ゅ螳「縺輔∪縺ッ逋ス邱壹?蜀??縺ォ縺ヲ縺雁セ?■縺上□縺輔>」

 相変わらず聞き取れない。まあ、列車の音が近づいているので、白線の内側まで下がれということだろう。

 入ってくる車両に瞳は目を凝らすが、「皆殺し」パートが始まってから、霊の姿は見えない。見て判断することはできないらしい。

 ハードルが上がっているということなのだろうが、瞳たちはなんせかんせ、ここまでやってきた。もう腹を括るしかあるまい。

 停まった列車の四号車に乗り込む。これがおそらく最後。

「行こう」

 瞳が乗ると他の面々も続いた。四号車乗車に反対していた睦と箕輪も黙って乗り込む。

 中はグリーン車だが、いつにも増して暗いような気がする。足元は特に何もなさそうだが、懐中電灯でもあればよかった、と思う。

 各々が思い思いの席に座ろうとしたときのことだった。

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