ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ

 けたたましい汽笛が、箕輪の声を飲み込む。瞳たちは当然のこと、鷸成は「うわあああああああああっ!!」と悲鳴を上げていた。それも相まって尚更五月蝿いのだが、鷸成に悪気はない。彼は大きな音がとても苦手で、元気っ子のふりをしているのは、自分が大きな声を出すことで、大きな音や声にびびらないよう意識しているのだとか。

 実際、それは効果がない。自分の声を捉えているのは耳ではないのだから。そりゃ、声として耳で自分の声を聞いてはいるが、骨伝導云々で自分の中では違って聞こえる。だから、録音テープなどの自分の声を聞いて「誰?」となる現象はままあるし、友人などには録音テープの声は「お前の声だろ」と言われる、まあ要するに認識のずれが起きるわけである。

 まあ、自分の大きな声にはわりと耐性がつきやすく、予め「どのくらい大きな声を出すか」わかっているためであるとされる。

 あとは精神論だ。鷸成がこれで大丈夫と思っているなら、瞳たちが変に論理的に諭すのも野暮というものである。

 汽笛が止むともはやお経レベルのお知らせ音が鳴る。

「間もなく、谺。縺ョ鬧?↓蛻ー逹?閾エ縺励∪縺吶?りサ「蛟偵↑縺ゥ縺ョ縺ェ縺?h縺??√豌励r縺、縺代¥縺?縺輔>」

「うげ……」

 何度目かの聞き取れないアナウンスに鷸成がトドメを刺される。真っ白く燃え尽きていた。

 他の面々も不快ではあったが、精神的にくるほどではない。箕輪に至ってはにこにこにこにこ笑っているままだ。

 睦が夜風の代わりに鷸成をよしよしとする。すると鷸成がぽつりと「よかちゃんがいい……」などと言い出すもので、いつも菩薩のように穏やかな睦が「遺言はそれで終わりかな?」と大層お怒りになるという事案が発生した。爽が必死にどうどうと宥めたのは言うまでもない。

 ほどなくして、列車のスピードが緩み、ゆらり、と停車する。三号車はクリアということでいいようだ。

「うげ~……ひどいもん見た~」

「それはみんな思ってるよ、鷸成くん」

 鷸成の素直な感想に爽が苦笑いする。振り返るとものすごい絵面の連続だったため、箕輪以外の全員が結構な精神的ダメージを食らっていた。

 瞳は壁を見る。相変わらず派手な色で「Massacre」と書かれている。趣味が悪い。目がちかちかしてきたので、見るのをやめた。

「というか、今回美月ちゃんすごくない? 一個一個が重量級の話だと思うんだけど」

 箕輪はにこにこ笑顔のまま、爽たちの暗さを吹き飛ばさんとするが如く明るい声で宣言する。

「私は何も感じませんからねぇ!」

「……いや、それどう受け止めたらいいのかわかんないよ……」

 睦がげっそりとした様子で応じる。箕輪の過去を見た後では、どう受け止めたらいいか、受け流していいのか、悩ましい限りである。本人の言う通り、本人は何も思わないのだろうけれど、これは言う側は身を削るような思いになっても仕方ないだろう。

 ん、とふと気づいたように睦が顔を上げる。

「何も思わないってことはさ……箕輪さんの身振り手振り、全部演技ってこと?」

 そこで箕輪が押し黙る。そうですわぁ、とか即答されそうだと思ったのだが。

「演技、というほどのことはしていません。私は笑顔の方がいい、と言われたので、笑顔でいるだけです」

「誰から?」

「み……箕輪の家の方ですわ」

 睦と箕輪の会話を聞きながら、夜風がふとあることに気づき、指摘しようとするのだが……

 ピピピピピンンンンンンポーンパァァァァンポ、ォォォォォン……

 不自然な途切れ方になってきたお知らせ音。鷸成が顔をしかめるが、慣れてきたのか、何も言わない。

 女性アナウンスが流れる。

「間もなくくくくくくく、列車が、がががが、到着……っします。お待ちのかとぁ、あああああ、は、はくすえ……わにてってててててて、お待ちくださいませ」

 音声加工に失敗したかのようなバグったアナウンスであるが、幾分か聞きやすい。

「次は……七号車だったな」

「七号車っていうと、ティアちゃんか」

 ずっと関わっていたはずなのに、その名前を聞くのがやけに久しぶりな気がした。

「俺、思うんだけどさ~」

 鷸成が口を開く。

「ティアちゃんって、もしかしてこの駅そのものなんじゃないかな~?」

「どういうことだ?」

 簡単な話だよ、と切り出す。

「この幽霊列車の駅に入ってから、俺はティアちゃんの声が聞こえなくなったし、むっちゃんもリーダーも、ティアちゃんのこと見かけなくなったでしょ? それは今まで見たり聞いたりしていたティアちゃんっていうのが、別な形で俺たちの前にいるってことにならない?」

 一理ある。が、鷸成の言い分を断定する材料がない。鷸成、瞳、睦がティアちゃんの存在を感知しなくなったから、というのとではちょっと弱いだろう。

 だが、この駅にはティアちゃんに連れてきてもらったのだし、ティアちゃんがこの駅と関係ないという可能性の方があり得ない。

 列車にはティアちゃんが歌っている車両と、ティアちゃんの過去らしきものが見られる車両がある。これでティアちゃんが関係ないという方が難しいだろう。

「そういえば、ティアちゃんの過去だけは二回含まれてるよね。『嫌なやつ』の計算式に」

 確かに、七号車がティアちゃんの車両とするなら、「18782」と「37564」に七は一つずつ入っており、二回確実にティアちゃんの映写機を見ることになる。

 たまたまなのか、仕組まれたのか。おそらく仕組まれたのだろう。無意味に「嫌なやつ」の計算式を使ったとは考えにくい。それにいつぞやの休憩車両で話題に出た通り、「互いを理解すること」が目的なら、差別を受け、蔑視されてきたティアちゃんの承認欲求が強い、という考え方もできる。

「まあ……いいんじゃないか? 私たちの過去は一回ずつで済んでいるんだ。精神的につらいことは自分の車両を通過すれば、もうないだろう」

 夜風の弁に、鷸成がそうだね~、と応じる。が、それは裏を返すとまだ自分の車両が巡ってきていない夜風、鷸成、睦が精神ダメージを受けることになるということだ。既に見た瞳、爽、箕輪の三人の過去は相当えぐかったので、睦は心穏やかではいられないのだが、その三人ほどえぐい思い出が自分にはない、と考えると安心もできるので、複雑である。おそらく、鷸成と夜風が落ち着いているのもそういう理由だろう。

 さて、ティアちゃんの過去についてだが。

「確か、前は変なポスターのところで終わったよね」

 そう、睦が汽車じゃないか、と言ったあれだ。ティアちゃんはそれを「神様」と言っていた。

 まあ、ティアちゃんはそもそも死人だし、都市伝説になるくらいの幽霊なら、恨みつらみが深そうだ。

「まあ、なんとなく、予想はしているが……」

「きっと精神にくる編集かけてるんだろうね、映写機」

 映写機体験済みの二人が遠い目をする。瞳と爽の話もなかなかなものだった。

 特に鷸成は音や声だけでもダメージが結構あるので、それが怖い。元々、ティアちゃんは金切り声で悪印象しかないため、尚のことつらい。

 だが、考える時間はない。もう休憩車両の時間はないのだ。ガタンゴトン、と列車も迫ってきている。

 ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ……

 汽笛が例によって五月蝿く響いた。騒音具合が徐々にひどくなってきているようで、睦や瞳も耳を塞いだ。

 到着した列車を瞳は見るが、やはりどの車両にも何も見えない。

「行こう」

 一行は開いたドアの向こうに見えるグリーン車に向かって歩き出した。

 中は普通のグリーン車だ。相変わらず、というか。ただ少し薄暗いかもしれない。

「蛍光灯一つ切れてません? 気味が悪いな」

 確かに上を見ると電気が一つ切れていた。なんとなく不吉な感じがするのは、やはり暗さのためのようだ。

 六人は無言で席に就く。緊張で何を話したらいいのかよくわからない。緊張していないのは、掛矢を愛でるという謎行動をしている箕輪くらいなものだ。

 やがて、再びアナウンスが鳴る。発車するようだ。

「間もなく、列車がががががが、はっし、すすすすす、駆け込み乗車、おおおおおおやめ、ませ」

 情緒の不安定な放送である。

 汽笛と共にドアが閉まり、ゆっくりと列車が動き出す。

 これが終われば、あと三つだけである。このよくわからない列車旅も終わりを迎える。

 だが、まだ油断はできない、と瞳は考える。何が起こるかわからない、ということは、全く変わっていないのだ。

 それを皆に呼び掛けようと口を開いたそのとき。

 この暗さと不穏さに不似合いなほどの軽快な音楽が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る