た
ピンポンパンポーン。
「まもなく、次の駅に到着致します。転倒などないよう、お気をつけください」
無機質な女性アナウンス。一同は固唾を飲んだ。
次は一体誰の過去を知ることになるのか。緊張するというものだろう。
ほどなくして汽笛が鳴り、列車が停止した。
駅に降りると、「DICK」の文字はもう誰でも見えるくらい色濃くなっている。見渡しても鷸成が描いた四葉はどこにも見当たらなかった。
「どうなっているのやら……」
瞳の言葉に全員が同意しようとした矢先の出来事だった。
「鷸成」
「どしたの、よかちゃん」
夜風がすんすん、と匂いを嗅いでから、鷸成に壁の一部を示す。
「そこにスプレーかけてみてくれ」
「うん」
指定された壁は、前の駅だったなら、鷸成がちょうど四葉を描いた辺りだ。おそらく、何か匂いがしたのだろう。ヒントでも浮き出るのだろうか。
シューッと壁にスプレーを噴くと、そこには文字が浮かび上がった。「Leaf」とある。
「これはさすがにわかるよ~。『葉っぱ』でしょ~?」
英語が苦手と言っていた鷸成が得意げに答える。実際合っているので、誰からも反論はなかった。
が、皆無反応なため、鷸成が拗ねる。
「ちょっとくらい褒めてよ~」
「ああ、すまん。これはどういうヒントだろうな、と考え込んでしまっていた」
「どういうヒントも何もないでしょ。今までとおんなじ感じで語呂合わせで解けばいいじゃん」
その通りである。
だが、瞳や爽は頭がよすぎるために「Leaf」を「は」と読むか「はっぱ」と読むかで悩んでいたのだ。
そこに睦が発言する。
「もしかして、『嫌なやつは皆殺し』っていうことじゃないかな?」
「何故そうなる?」
睦があれ、わからない? と苦笑いし、説明した。
「そもそも、今回の乗車順は18782+18782=37564の数式から来ているんだし、どこかで『=』マークを入れなきゃいけないじゃない? でも『=』は『は』って書くけど発音は『わ』だったりするから、そこでわかりやすいように『は』と読める『Leaf』の文字を置いたんじゃないかな」
は、をわ、と発音する場合の語呂合わせについては二つに意見が割れる。八にするか、零にするか、だ。
まあ、この駅は一~八号車までしかないため、零号車という可能性は極めて低いのだが、万が一そこで躓いたときのための親切設計という捉え方て構わないだろう。
「なるほどね……まあ、確かに、37564に行くと一回も休憩できないままノンストップで行く感じだから、直前に休みがあるのは有難いかも」
爽がほう、と胸を撫で下ろす。
実は、爽は先程の列車で誤魔化したが、次は自分のような気がしてならなかったのだ。直後に休めるのは有難いことである。
ちなみに爽が「次は自分かもしれない」というのは睦のような山勘ではなく、きちんとした根拠がある。他の一同は気づいていないようだったが、ティアちゃんと休憩車両を除く、一~六号車には爽たち六人をしっかり当てはめられるのだ。
しかし、爽は言わなかった。言ってしまうのは悪手の気がしたのだ。
先入観というものは恐ろしい。もし、事前に「次はこの人」とわかっていたら、本当に助けることができるだろうか。
先に見た瞳のトラウマのことを爽だけは知っていた。もし、瞳のトラウマが来ると知っていたら、自分は瞳に励ましの声をかけられただろうか、と疑問に思うのである。
つまり、「何が来るかわかっていたら、対策が簡単に取れると軽く考えてしまうのではないか」ということを爽は危惧しているのだ。
軽い考えで他者の抱えるものと向き合うのはわかり合うことにはならない、と考えている。その痛みを、絶望を、苦しみを、軽く捉えてしまうのはもはや冒涜だ。
それはわかり合うのではなく、同情だ。それではティアちゃんが満足しないのかもしれない。……考えすぎの可能性はあるが。
自分のトラウマ、しかも隠し続けてきたことが暴かれるのが、どれだけ怖いことか。それでも爽は毅然としていなければならない。フェイスのリーダー補佐なのだから。
「スプレー缶、まだ余ってるなら、この先も使えるかもしれない」
「え、そうなの~?」
睦はしっかりと頷いて答えていた。
「ヒントを壁いっぱいに書かなかったのは、余ったスプレーを使えるようにするため、とか、この先も使う場面があることを示唆しているのかもしれない」
「また壁に文字が現れるってこと~?」
「それだけではありませんわぁ」
箕輪が割って入る。
「スプレー缶、使いようによっては武器になりますものぉ。噴きかけて、目眩ましにもなりますしぃ、条件さえ整えれば爆発させられますからねえ」
「……電車内で爆発はやめてね。僕たちも危ないから」
真っ当なことを言った後に、少々サイコパスの入った言葉を続ける辺り、箕輪は通常運転である。それに突っ込む睦という組み合わせはもうフェイス内ではお馴染みの光景だ。
「どうする~? リーダーとかに預ける~?」
スプレー缶の危険性を理解した鷸成は、適切な人物に預けようと思ったらしい。正しい判断だ。
しかし、瞳は辞退した。
「いや、鷸成が持っていてくれ。扱いに手慣れているし、目眩ましに使う場合だと、さすがに私の目が潰れるからよくない」
「確かに~。じゃあよかちゃんは~?」
「……私もやめておく。鼻が利かなくなるのはよくない」
スプレーは匂いが強い。確かに、嗅覚が繊細な夜風に持たせるのはよくないだろう。
ここでどう使うかわからない箕輪や、ハプニングキングの睦に持たせようとしない辺り、鷸成も最年少ながら、きちんと考えている。
「じゃあ、爽兄は?」
妥当な判断だ。しかし、爽も辞退した。
「鷸成が一番扱いが上手いから、鷸成が持ってて」
「りょーかい」
ここで、いつものお知らせ音が鳴る。
ピンポンパンポーン。
「まもなく、列車が到着致します。お客さまは白線の内側までお下がりになって、お待ちください」
ピンポンパンポーン。
列車の音が近づいてくる。
爽が断ったのには、もう一つ、理由があった。
もしかしたら、次の列車で映写機に囚われる者は持ち物を失うかもしれないからだ。根拠はないが、リスクはない方がいいだろう。
ガタンゴトン、と列車が近づいてくる。汽笛が鳴り響いて、列車は止まった。
瞳がちら、と他の車両を見る。有象無象の魑魅魍魎が跋扈していたが、その中でこちらを見る能面の人物がいた。知識が確かなら、人間ではないが、鬼とも断定できない面、確か、怪士という面だ。
怪士は神霊面と呼ばれるが、どういうことだろう。この能面も正しい車両によって違うため、何か法則性があるのかもしれない。覚えておこう。
停車した列車に乗り込むと、やはりグリーン車だった。おそらく、八号車以外は全部グリーン車なのだろう。映写機の映像により、寛ぐどころではない。
思い思いに座席に座ると、箕輪がにこにこと提案してきた。
「では、映写機が始まるまで、みんなで手を繋いでいましょう」
「何故だ?」
フェイスは仲が悪いわけではないが、ピクニックで手を繋ぎながらスキップするほどお花畑集団でもない。まず、この状況はピクニックではない。
けれど、箕輪からの返答はすぐだった。
「誰がいなくなったか、すぐにわかるようにです。ひーちゃんのときも、ひーちゃんと私が手を繋いでいたからひーちゃんがいなくなったのがすぐわかりました」
「……なるほど」
普段から常人では考えられない思考回路をしているから、こういうのを聞くと箕輪のことをわりとまともなんだな、と失礼なことを考えてしまう。
向かい合って三人ずつで座っていたので、瞳、箕輪、睦のグループと爽、夜風、鷸成のグループに分かれる。
ほどなくして、放送が流れる。
「まもなく、列車が発進致します。駆け込み乗車などはご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます」
それから数秒の間を置いて、ビーッと汽笛が鳴り、ドアが閉まった。ゆっくりと列車が動き出す。
ガタンゴトン、ガタンゴトン、と揺られていると、やがてお馴染みのお知らせ音と共に、アナウンスが流れてきた。
「ご乗車いただき、ありがとうございます。。この列車は二号車が特別車両となっております。どうぞお楽しみくださいませ」
ピンポンパンポーン。
鷸成が渋い顔をする。
「何を楽しむんだか。今のところ楽しかったの八号車だけだよ~」
「八号車楽しかったか?」
鷸成の発言に疑問を浮かべる夜風。八号車が楽しかったかというと、微妙なところである。
「でも、あの放送があったということは、そろそろですわね」
箕輪がそういうのを聞いていたかのように、ばつん、と電気が消えた。
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