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ブーーーーーーーーーーーーーーッ
映画の終わりのような音が鳴る。鷸成は驚いて耳を塞いでいたが、今までの騒音ほどのダメージはない。
思わず瞑っていた目を開ければ、景色はグリーン車のものに。一つ所に集って立っていた一行は、緩んできた列車の速度に反応し、慌てて席に就いた。特に爽は瞳のときの二の舞を演じるわけにはいかない。あれはわりと恥ずかしいのだ。
ピンポンパンポーン。
「まもなく、次の駅に到着致します。ご乗車中のお客さまは転倒などのないよう、お気をつけください」
ピンポンパンポーン。
もはやお馴染みのアナウンスが流れ、六人は平和に次の駅へと辿り着いた。
「ふう、今回は謎が多かったね~」
「謎というか、ティアちゃんの過去だろ」
まあ、あからさまにティアちゃんの過去ではあった。昔に実在した人物なのだろうか。
「ともあれ、次は八号車、たぶん、休憩車両だ。考えをまとめるにはちょうどいいよね」
八号車を簡単に休憩車両と決めつけるのはよくないかもしれないが、おそらく、一~六号車に六人の過去が割り振られ、七号車がティアちゃん、八号車が休憩車両、と考えるのが妥当だろう。
順番が一、八、七、八、二、となっているため、合間合間で休憩車両が入るのは有難い。
「まあ、37564パートに入ると休憩ないからね。今のうちにできることはやっておいて、考える余裕があるうちに考えるのが得策かな」
爽の意見に瞳も同意する。そうして電車を待っていると、構内を探索していた箕輪から声が上がる。
「あらぁ? 前の駅にこんなものありましたかしらぁ?」
彼女が手に取ったのはスプレー缶である。それこそ、壁への落書きに使われそうなものだ。
「この駅には誰もいませんのに……」
「人がいたとは限らないよ」
そう告げたのは睦だ。
「そもそも、ここは幽霊列車の幽霊駅なわけだからね」
幽霊が置いた、と言いたいらしい。そこに瞳が反論する。
「いや、これは我々が確実に前に進んでいる証拠であり、これから進んでいくために必要なものかもしれない」
確かに。一番最初の駅から、徐々に駅の状態が変わっていっている。この駅と前の駅には電卓がなかった。電卓は最初の駅に置きっぱなしにしていたから、ループしているのでない限り、同じ駅になるはずがないのだ。つまり、確実に進んでいることになる。
「このまま正解のルートを辿っていけば、出口にも出られるってこと~?」
「そうだろうな。最初の駅ではほとんど背景と同化していた『DICK』の文字ももう普通に見えるだろ」
確かにもう瞳の色覚いらずで見られるほどに「DICK」の文字が浮き出ている。
「確かに、さっきの駅よりも見易いかも」
「匂いも違うしな」
乾き具合によって、匂いは変わる。夜風の鼻はその繊細な違いをしっかり捉えていた。
それはそうと、スプレー缶を持った箕輪が非常ににこにこしている。ついでに言うと、うずうずしているようにも見える。睦は嫌な予感がした。
「それなら、このスプレーを適当にしゅーって噴いて、目印にしませんかぁ?」
「……その心は?」
「とっても楽しそうです!」
素直でよろしい。
「まあ、楽しいだろうけど……他に使い道があるときどうするの?」
「使い道、ですか。例えば?」
例えばと言われると咄嗟に思い浮かぶものがなく、睦が困っていると、瞳が補助する。
「例えば、スプレー缶を使って浮かび上がらせる文字があるかもしれない」
「なるほどぉ。さすがひーちゃんですぅ」
確かに薄い薄い「DICK」の他にも壁には仕掛けがあるかもしれない。それを解く鍵として、ここにスプレー缶が置かれていた、となれば、説明はつく。
が、箕輪はこてん、と首を傾げた。
「でも、それなら尚のこと、ここで使った方がよくないですか? このスプレー缶はここにあったんですけら」
確かにそれはその通りだ。だが、それにも瞳は反論した。
「その論理はここに仕掛けがあることが前提になる。つまり、ここに仕掛けがあるとは限らない」
「今のところ、仕掛けらしき匂いもないからな」
瞳の論を夜風が補強する。根拠は彼女の鼻にある。
「スプレーやペンキを塗りつけることで出現するヒントを演出するためには、この壁にも何かしらの塗料やテープなんかを張る必要がある。テープなら光沢の違い、質感の違いを市瀬が見つけられるし、塗料なら私の鼻が匂いを感知する」
塗料はどうしても独特の匂いがつく。それが今はない、と夜風は言っているのだ。
箕輪はさすがにそこからは反論せず、さすがお二人です、と笑って話題を終わらせた。
しかし、そんな箕輪の手からひょい、とスプレー缶を取り上げる手があった。
夜風が目敏くそちらに目をやり、責めるように声を上げた。
「おい、鷸成」
しかし、そんな咎める声にも構わず、鷸成はスプレー缶を振った。かしゃかしゃと音がする。
鷸成がへらりと言う。
「別にちょっと使うくらいならいいんじゃない? 結構量入ってるよ」
「……そういう問題か?」
鷸成が指をくるりと回す。
「俺たちが本当にループしてないか確かめるのに目印をつけようっていうみっちゃんの案、結構いいと思うんだけどな~。例えば、何らかの要因で俺たちがどこかの駅に戻されたとき、どこからリスタートなのかわかった方よくない?」
なるほど、鷸成の言うことも一理ある。一応、今のところ、道筋は正しいルートを導き出せている。が、何らかの要因でルートを間違えたとき、どうなるのかはわからない。これはゲームではないから、特定のセーブポイントからロードしてやり直し、というわけにはいかない。どちらかというと、オートセーブのため、どこまで戻されるかわからないといった感じの可能性が高い。
それならば、各駅をセーブポイントとして、各々に特徴をつけてしまえばいい。それなら、どこに戻されてもわかるというものだ。
自分たちの推理に自信があったからこそなかった失敗した場合の想定。お馬鹿で失敗の多い鷸成だからこそ、この提案ができたのだろう。
瞳も自省した。これは自信ではなく、過信だった、と。それに、仲間がいてよかった。瞳だけでは気づけなかっただろう。
「よし、じゃあ、なんか好きに描いてみろ」
「え、いいの!?」
スプレーを任された鷸成が目を輝かせる。一応、無駄遣いはしないように念押しした。
鷸成は壁に四葉のようなマークを描いた。器用なものだ。色は黒だった。
そこで、列車の音が聞こえてくる。
「まもなく、列車が到着致します。お客さまは白線の内側でお待ちください」
相変わらず感情のない女性アナウンスである。
ふと、瞳が思った。
この声、聞いたことがあるような……
どこで聞いたのだったか、と思っているうちに、列車が到着し、六人は八号車に乗り込んだ。
一応と思って確認したところ、翁の面を被った幽霊がいた。もしかしたら、以前乗った車両と同じなのかもしれない。
その予想の通り、八号車は豪華な作りになっていた。座席のみで、吊革はなく、座席も座り心地のよさそうな赤いシートである。
「休憩車両、でよさそうみたいだね」
爽が確認しながら座る。
六人全員が着席したところで、再び汽笛が鳴り、女性アナウンスが流れる。
「まもなく、列車が発進致します。駆け込み乗車などはご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます」
鷸成がその放送に疑問を浮かべる。
「駆け込み乗車なんてする人いるのかな~?」
「駅だから、仕様だろ」
瞳がばっさり切り捨てた。
ドアが閉まり、汽笛と共に窓の外の景色が動きだす。窓の外、といっても、地下鉄なんかとさして変わらない、鉄骨やら何やらが剥き出しになった武骨な壁である。
ピンポンパンポーン。
お決まりのお知らせ音が鳴り響き、アナウンスが流れる。
「ご乗車いただき、ありがとうございます。この列車は八号車が休憩車両となっております。ごゆるりとお寛ぎください」
ピンポンパンポーン。
大方の予想を裏切らず、ここは休憩車両という認識で間違っていないらしい。ほどなくして、ティアちゃんの歌声も流れてくる。相変わらずシャボン玉の歌のハミングだ。
「なんでシャボン玉の歌なんだろうね~」
鷸成が疑問をこぼすと、瞳がふむ、と一息置いてから説明する。
「篠宮先輩が言っていたが、シャボン玉の歌は幼くして亡くなった子どもを悼んで、親が作った曲なんだ。……さっきの七号車での映写機の映像とティアちゃんが我々と同じか少し下くらいの年齢に見えることと何か関係があるのだろうな」
躊躇い気味に睦が言う。
「ティアちゃんが、幼くして亡くなった、ってことかな……」
外国人のような見た目で、ただでさえ村の中では浮いているのに、根拠のない予言のようなことをし、さぞ村からは気味悪がられたことだろう。
瞳たちはあの後ティアちゃんの予言が当たったかどうかは知らないが、最後に見たあの怪しげなポスターと「土地神様」という言葉が引っ掛かる。周りと繋がっていない、閉鎖的な村に見えたため、もし、ティアちゃんの予言が当たったり、予言とは異なるが、何らかの災害に見舞われた場合、「神の怒りに触れた」とか、よくわからないことを言って回って、生け贄を差し出す、とかしそうだ。
そのとき、誰が生け贄に選ばれるかは、火を見るより明らかだろう。
「問題はティアちゃんの過去ではないと思うがな」
「というと?」
瞳の発言に爽が疑問を投げ掛ける。
「そもそも、ここにはティアちゃんと交流するために来たはずだ。過去など知ってどうする? 意味不明だぞ」
「意味不明、ということはないと思いますわぁ」
瞳に反論したのは箕輪だった。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、という言葉があります。まぁ、ティアちゃんは敵ではないと思いますがぁ。けれど、交流とか『愛する』ということは、『お互いのことをよく知る』ところから始まると思うんですの。だから過去を教えてくださっているのではなくて?」
「その論理だと、ティアちゃんの過去を見せられるのは納得できるが、何故我々の過去まで暴かれなくてはならん?」
「あらぁ」
箕輪はにっこりと首を傾げた。
「私たちは『グループとして』ここに集められたんですわぁ。グループ内で知らないことは多い。特に過去は話したくないだろうと空気を読んで聞かないでいる人もいるでしょう。そんな私たちも『打ち解けて』ほしいから、こんな感じになっているのでは?」
箕輪の主張に、瞳は苦々しい面持ちになる。
「あんな、自分でさえ思い出したくない過去を引きずり出してまで、か? そんなの『仲良し』でもなければ、『交流』でもない。相手の全てを知っていることが良いこととは限らない」
「それは私たちの理屈です。ティアちゃんはそういうことを学べないまま、亡くなってしまったのでしょう」
箕輪の素早い切り返しに瞳が黙る。シャボン玉の歌の件があるからだ。
このまま、このことばかりを弁論していても意味がないだろう。箕輪はほわほわしているようにして、しっかりと考えている。おそらく、先程見たティアちゃんの過去に思うところがあるからだろう。
「次は誰なんでしょうね」
睦が気まずい空気の中、なんとか発した。沈黙は重たかったが、二人の気が逸れたのはわかった。
鷸成がええと、と思い出しながら告げる。
「一八七八まで来たから、次は二号車だよね。リーダーは一号車だから……爽兄とか?」
「え、あいうえお順じゃないんだ」
「法則性はありそうだけどなぁ……あいうえお順だと、次は鷸成くんだよね。後藤だし」
「え~? 嫌だよ~」
「嫌という理由だけで避けられるなら誰も苦労しないよ」
爽の意見は真っ当である。
あいうえお順でいくと、「い」ちのせ、「ご」とう、「し」のみや、「ふ」たみ、「み」のわ、「ろ」くのやの順になる。
「あいうえお順だと、ティアちゃんが七号車なの謎だよ」
確かに。「て」は「し」と「ふ」の間になるため、四号車ということになる。
法則性が簡単に分かればいいのだが、そうは問屋が卸してくれないのが常である。
「まあ、18782、37564で全部の車両を回るのは決まってるんだから、あとは遅いか早いかの違いだよね」
「市瀬はもうこないから安心だな」
夜風の言葉に瞳が微妙な顔をする。
安心していいのだろうか。なんだか自分だけ一抜けしてしまったような気がして、他の面々に申し訳ない気もする。
「腹括るしかない、か」
「僕は嫌な過去は思い当たることしかなくてどれだかわからないよ……」
嘆く睦。さすがといっては何だが、薄幸少年である。
「まあ、確約された最後の夏には相応しいのかもね」
「急にどうした、爽」
いんや、と爽は目を細める。
「知ってるようで知らなかったじゃん、みんなのこと。僕らは『フェイス』っていう仲間って言ってたけど、その割、距離を置いてるなぁって思ってさ。……最後の夏だけでも、みんなのことを知って過ごせるのは、いいことなのかもしれない」
瞳が考え込む。
フェイスは五感のいずれかが優れているために、周囲から忌避されたり、自分を偽らなくてはならない生活を窮屈に感じている者たちの集まりだ。お互い、同じ思いを抱える者同士、程よい距離感というのを保ってきた。
けれど、仲が悪いつもりはない。現実主義者の瞳でさえ、夜風に指摘されるまで今年が最後だなんて思ってもいなかった。……それくらい、お互いを思っているのだ。
皆も言わないが、もしかしたら、お互いをもっと知りたかったのかもしれない。それなら、爽の言う通り、これはいい機会なのだろう。
「何があっても、何を抱えていても、我々は仲間だ」
瞳がそう告げると、列車の速度が緩んできた。
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