ギーーーーーーー、カチカチカチカチカチカチカチカチ……

 機械が起動し、フィルムが巻かれる音。

 当然、鷸成は顔をしかめた。ただ、全員が思った。

 一号車のときはこんな音は鳴らなかった。

 本物の映写機でも仕込まれているのだろうか、とも思ったが、即座に否定する。辺りの景色が違うのだ。

「一ヶ月後、日照りに遭います!!」

 唐突すぎる発言をしたのは、少女の声だった。鷸成が向いた方角を皆が一斉に見る。

 息を飲んだ。淡いピンクの和服を纏った大和撫子──ではなく、金髪碧眼の美少女がそこに立っていたのだ。金髪は項の辺りで緩く結われている。

 まだ片言気味な訛りの残る少女はきょとんとする村人たちに必死に主張する。

「このままじゃ一ヶ月後、日照りで作物が枯れてしまうんですよ!!」

 一番年のいった親父が「はぁ?」と少女に詰め寄る。

「日照りだぁ? 今日照りに苦しんでんならわかるが、一ヶ月後たぁどういうこっちゃ?」

「おやっさん、ガキの妄言に付き合うこたぁねぇっすよ」

「やだわぁ、余所者は。適当なことばっかり言うんだから」

 一緒にぽかんと見ていた衆が、親父に言って聞かせる。そして少女には雑言を。容赦ない余所者払いと差別。金髪碧眼が周囲からあからさまに浮く少女では仕方のないことだった。

 それをぽかんと見ている六人。和服揃いの田舎風な場所で目立つことこの上ない現代ファッション。純粋な黒髪の四人はいいが、赤っぽい髪の鷸成と茶色い髪の睦もそこそこに浮くが、誰も気にしていない。

 前回同様、辺りには六人の姿は見えていないようだ。

「あれは……」

「やっぱり市瀬さんもそう思う?」

「あっ、声!」

 瞳と睦と鷸成は、あの少女が何者なのかわかったようだ。

「ティアちゃんだ」

 三人の声が揃う。

 爽と夜風はぽかんとしていたが、箕輪がまあ、とにこにこ手を合わせる。

「とても愛らしいお方ですわね!」

 このお嬢様は一時この少女を食そうとしていたことをお忘れになっているらしい。その前提を知っている睦がものすごい顔で箕輪を見た。

 まあ、確かにティアちゃんは可愛い。桜色の着物がとても似合っており、金髪碧眼との相性も抜群だ。

 しかし、ここは一昔前のような考え方で、どうやら余所者を差別する思想が根づいているようだ。こんな日本人ばかりのところに金髪碧眼色白美少女は浮いている。この映像を見たばかりでも、ティアちゃんが余所者ということは六人にもわかった。

「しかし、一ヶ月後に日照りねぇ」

 睦が眉をひそめる。

「どうしてそんなことを言ったんだろう?」

「もしかして、爽と同じタイプで空気から天気を予測できる能力の持ち主なのでは?」

 瞳が推測を述べる。が、引き合いに出された爽が即座に否定した。

「僕が予測できるのはせいぜい一週間分の天気だよ。それに、ティアちゃんが僕以上の才能を持っていたとして、一ヶ月先の日照りを予想するのは、無理があるんじゃないかな。今は雨季だし、近くに山もある。見たところ、僕らが生きているより一昔前だから、空気を分析するにも、知識が足りないと思う」

 確かに。今の時代は髪が茶髪、何なら金髪もOKだし、お洒落としてカラーコンタクトも一般的になっている時代だ。当然、異国人への差別もない。特に容姿に関しては。

 となると、ここは今より科学的進歩がなく、更に言うなら気象関係の知識も発達していない時代となる。道行く人も甚平や着物など、一昔前の格好だ。

 街というより村や集落といった様相のこの場で、狭い世間で、異国人が異端に思われるのは致し方ないことだろう。

 大人たちに散々っぱら言われたティアちゃんはその場でしょんぼりしていた。大人たちはティアちゃんの発言を子どもの妄言と断定し、去ってしまった。

 そこに現れたのは、なんとも無邪気そうな子どもたちであった。

「あー、外人だー」

 子どもの一人がティアちゃんを指差し、けらけらと笑う。

 うち一人の女の子がその子どもを小突く。

「外人ではないよ。この子黒髪黒目の親から生まれた卑しい子なんだよ」

「あ、おばあちゃんが外人なんだっけ?」

 所謂、クォーターというやつだろう。おそらく髪と目は覚醒遺伝というやつだろうか。

 覚醒遺伝もわかっていない世代にしろ、「外人」というワードは差別用語に他ならない。まあ、子どもなので、わからないで使っているのだろうが。

 覚醒遺伝を「卑しい」と表現する辺りは悪意があるような気がする。

 けれど、ティアちゃんは何も言わず、自宅であろう茅葺き屋根の家へと帰っていった。一切反論することなく。

「ティアちゃん……」

「やーい、泣き虫ー」

 睦が涙をこぼしているのを見て、やるせない気持ちで見送る中、子どもたちは無情にもからかい続ける。

 ティアちゃんがどんな思いて涙しているか、知りもせず。

 六人はなんとなくではあるが、この映写機がティアちゃんの過去を映しているのを察していた。ようやく本題を思い出す。

 自分たちはティアちゃんに「愛してほしい」と言われてここまでやってきたのだ。おそらく、この駅の怪現象はティアちゃんが起こしているものなのだろう。愛してもらうためには、互いのことを知らなければならない。そのための装置として映写機が用意されたのだ。

 ティアちゃんはとぼとぼと家に帰っていく。すると辺りは一転、ティアちゃんの家の中になった。囲炉裏があって、畳が敷いてある。和風というか、和そのものだ。一体いつくらいの話なのだろう。

 中に人はいない。ティアちゃんはひとりぼっちだった。

 そうして、日が傾いてくると、両親らしき人物が帰ってくる。どちらもティアちゃんに顔立ちは似ていない。本当に親子なのだろうか。

「おかえりなさい、お父さん、お母さん」

 まあ、ティアちゃんがそういうのなら、そうにちがいないのだろう。

 だが。

 がっ……

 父親から降されたのは心ない鉄拳で。

「あんたまた村で変なこと言い振らして、適当なことを言うのはやめてちょうだい!!」

 母からは罵倒を繰り出された。

「ただでさえ、異国人みたいな風貌で目立って仕方ないし、あたしら夫婦の外聞まで悪くしてんのはあんたなんだから。これ以上あたしらを困らせないどくれ」

「でも、今度の日照りはちゃんと対策しないとみんな死んじゃう……」

「縁起でもないことを言うんじゃないよ!!」

 ばしん、と母からも打たれる。ティアちゃんの頬に赤い腫れができた。見るも痛ましい光景だ。

 睦がふと違和感を感じて箕輪の方を見る。相変わらずのにこにこなのだが、一言も発さないことにもやもやとした言い様のない感覚を覚える。普段なら「いたいけな女の子にこんなことするなんてひどいですわぁ!」とか言って親に飛びかかっていきそうなものだが。

 まあ、この両親が言うのもわかる。黒髪黒目の両親から、どうやったら金髪碧眼の美少女が生まれるのか、というのは謎である。それは主に母親側が不貞を疑われる事態に発展するものだ。疚しいことはないのに疑われては堪ったものではないだろう。

 言うことはわかるが……

「親って子どもを守るものじゃないのか?」

 瞳がそんな疑問をこぼす。睦は何も言えなかった。

 家族にとって自分は、厄介者でしかない。けれど、睦の家族は睦を見捨てず、数多に渡る転居を選んだ。それは睦が同じ場所で非難され続けるより、安住の地を探す方が得策と考え、睦を守る手段としたのだ。

 他も各々思うところがあるらしく、黙ったが、一人だけ、口を開いた。

「あらぁ。ひーちゃん、自分の身は自分で守るものですわぁ。親なんて血が繋がっているだけの他人ですものぉ。これ以上信用ならない存在はないと思いましてよ?」

「……」

 思わぬ箕輪からの主張に睦が驚き、他の面々が言葉を失くしたように沈黙する。

 そういえば、箕輪は箕輪の家に養子として入ったと聞く。何か関係があるのだろうか。

 この際だから聞いてみよう、と睦が口を開く前に、箕輪が喋った。

「それより、ティアちゃんの『愛してほしい』というのは、こういう背景があるからかもしれませんわ」

「それは確かにな」

 村人から忌み嫌われ、子どもたちから後ろ指を指され、親は守ってくれるどころか暴力と罵倒ばかり。愛なんて、これっぽっちもなかっただろう。

 だから、愛がほしいのかもしれない。誰も愛してくれないから、愛してほしい、といつも泣いているのかもしれない。

 考えていると、場面がまた切り替わる。何か、ポスターのようなものが張ってあった。

 それはとても抽象的な絵だった。芸術は爆発とか言いそうなタイプの画家が描いたような感じ。ばらまかれた色が五月蝿く、目がちかちかしてきたので、瞳は目元を押さえる。よろける体を爽が支えた。

「手書きだな。絵の具の臭いがする」

「夜風先輩大丈夫ですか?」

「酔うほどではないからな」

 皆がポスターの意味を考えようとしていると、そこへティアちゃんがやってきた。

「土地神様、この地を守ってください」

 どうやらこのポスターは土地神の偶像らしい。

 睦が首を傾げる。

「どうしたんだい? 睦くん」

「いや……この絵さ、すっごい小さいけど、列車……っていうか、蒸気機関車に見えない?」

 下の方の小さな色の羅列が車体で、ポスターほぼ全体を覆う色とりどりの形がないものは、蒸気なのでは、と。

 かなり前衛的ではあるが、言われてみれば、そう見えなくもない。

「でも、機関車が土地神って、どういう世界観だ?」

 それはそうなのだが、人の思想一つ一つを理解するのは難しい。

 瞳がもっとよく見てみよう、とポスターに手を伸ばしたとき、凄まじいノイズが彼らの耳を襲った。鷸成に至ってはごほごほと喘息発作のように咳き込むレベルだ。

 その中から微かに聞こえた。

「アイシテミル?」

 途端、ぶつん、と辺りが真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る