わ
ビーーーーーーーーッ、ピンポンパンポーン……
汽笛の後に、お馴染みのお知らせ音が流れる。
「まもなく、駅に到着致します。転倒などないよう、お気をつけください」
無機質な女性アナウンスは相変わらずだ。
ピンポンパンポーン。
下降していくこの気の抜ける音も然りである。
今度は全員、椅子に着席しているので、先程のような事故はないだろう。いいことだ。
ゆったりと列車の速度が緩んでいき、最後にがくん、となって止まる。誰が運転しているのかは知らないが、列車の停車時にここまでがくんとなるものだろうか。
運転手の不注意はまあ、瞳たちには関係ないのだが、一番目の列車ではこの停車が悲劇を生んだので、少し気になる。とりあえず降りよう。
六人が降りると、そこはやはりコンクリートの壁。ただ、「DICK」という落書きがいくらか読みやすくなったように思う。
「次は何が来るかな~?」
鷸成が次の列車を待ちながら呟く。
「来てほしくないが、進まないと出口もないのか……」
夜風が呟くと、睦がげんなりした顔をする。
「わかっててもそれは言わないでほしかった」
まあ、現実逃避したい気持ちもわからなくはない。特に睦はティアちゃんに深く関わってしまっているから、この謎の駅から脱出できるかどうかすらわかっていないのだ。不安になるのも無理はない。
その反面、このメンバーとなら、どんな滅茶苦茶な状況も乗り越えられるような気もしていた。
みんなの過去、そして自分の過去。それぞれに向き合うことで、関係性が今と全く異なるものになってしまうかもしれない。けれど、何も知らないままでいたくない。
夜風は「これが確約された最後の夏」だと言った。みんなで確実に一緒にいられる最後の夏だ。小学生の頃なら、みんなの過去なんて気にならなかった。受験のじゅの字も考えないで、わいわい遊んでいた記憶がある。
中学生になったら、もうそんなことはできない。瞳と爽は生徒会役員だし、夜風は高校受験がある。箕輪も家の付き合いが増えるだろうし、一応難を逃れている睦と鷸成はそのうち部活に入るかもしれない。しかも、中学は三年間だけ。小学校の半分しか時間がないのだ。
そんな貴重な時間を自分の依頼に浪費していいのか、という疑問は湧いたが、みんなは当然のように共に進んでくれる。なんと頼もしいことだろう。
「次は七号車か……誰の過去を見ることになるんだろう……」
爽が呟く。瞳も考え込んだままで、全く思いついていないようだ。
このグループのブレーン二人がわからないのだと、お手上げである。誰にもきっとわからない。
半ば思考放棄していると、列車がやってきた。
ピンポンパンポーン。
「まもなく、列車が到着します。お客さまは白線の内側まで下がり、お待ちください」
ピンポンパンポーン。
七号車の前に瞳たちは列を作る。
「次乗る車両がわかっていれば、落ち着いて待てるね」
「ああ。先程の休憩車両で話せたことも大きい。考えがある場合にあのように時間の余裕を持って話せることはいいことだ」
睦の山勘はさておき、瞳や爽のようにきちんと根拠を考える者にはああいう場は有難いだろう。
汽笛が鳴り、列車が到着する。
瞳の視界にちら、と映ったのは、能面の中でも表情がよく変わることで有名な女面だった。何か意味はあるのだろうか。
七号車の中はグリーン車だった。一号車のときと同じ内装である。そんな中で、瞳は一応、自分が見た女面の幽霊について話した。
「意味あるのかな~?」
「般若に翁に
能面にも色々ある。女面でも小面、
「般若は有名だよね」
「えっと~、怒った女の幽霊だっけ~?」
「……鷸成もちゃんと勉強してるな」
よしよし、と鷸成の頭を撫でる夜風。鷸成はしばらくえへへと笑っていたが、はっと我に返る。
「子ども扱いはやめてよ~!」
「子どもだろう?」
「正論もヤメテ」
言い返せない正論はきつい。
「それを言うならよかちゃんだって、俺とたった二歳しか違わないじゃん」
「まあ、それもそうだ。だが、二年は大きいぞ。中学や高校では一年しか一緒にいられない」
それは確かだ。
最高学年の次は一年生とはよく聞くが。二歳の差、二年の差は学年の違いで、特に中学以降顕著に現れる違いだ。小学校で六年の長くを過ごしてしまうと、中学の三年なんてあっという間である。
そんなことを考えていると、じじ、とスピーカーからノイズが流れ、女性アナウンスが告げる。
「まもなく、列車が発進致します。駆け込み乗車などはなさらないでくださいますよう、お願い申し上げます」
その言葉に、そういえばさ~、と鷸成が切り出した。
「俺たち以外に駅にいるやつなんているのかな~? 律儀に駆け込み乗車に注意を呼び掛けてるけども~」
「乗り込む車両の急な変更の防止じゃないか?」
瞳のあっさりとした答えに睦が顔を青ざめさせる。
「それって、一度も間違えられないってことだよね……?」
「何を怯えている? 乗る車両の順番ならもうわかっているだろう? 心配する必要はない」
それはそうなのだが、ちょっと不穏である。これが巷で言うところのフラグでなければいいのだが……
睦の心にだけ不穏の影を渦巻かせ、列車が発進した。
ピンポンパンポーン。
もう幾度聞いたか知れぬ、お知らせ音。
「この列車は七号車が特別車両となっております。皆さま、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
ピンポンパンポーン。
「とても今更なんだけどさ」
睦がおずおずと手を挙げる。
「こういう駅とか列車の中の放送って、大体男の人じゃない?」
「何を言う」
「そうだよ。女の人のアナウンスに何の問題があるのさ」
「そうじゃない」
論点のずれた爽に瞳が突っ込む。
「女性アナウンスは皆無なわけではない。一部地域では有名女性声優なんかが駅のアナウンスをしていることが話題になったりもした。男女差別の薄れた現代では、どちらが何をするか、など大した問題ではない。女車掌は一昔前からいるし、最近は男性の看護師や保父だっている。多様性の時代さ」
「ふふ、ひーちゃんの話し方は公民担当の先生のお話を聞いているみたいですわぁ」
箕輪の指摘に教師か……と全然関係ないことを瞳が考え始めたところで、ばつん、と電気が消える。一度体験したから狼狽えはしない。
「全員いる?」
「ひーちゃん、今度はいますよぉ」
「いつもいなくなるみたいな言い方をするな」
「前例があるからね~」
「四」
「五」
「何故夜風先輩と睦くんは号令なのかな?」
返事の仕方は多種多様だ。
とりあえず、全員揃っていることが確認できた。
……ということはどういうことだろう? てっきり、先の瞳のようにこの中の誰かが映写機の対象になるものだと思っていたのだが。
爽はふと、睦の発言を思い出す。確か、車両の数と人数が合わないというような発言だったはずだ。
仮に、一号車が瞳の車両だとして、八号車が休憩車両だとすると、残りは六車両、人は五人だ。
ん? 「人」は?
引っ掛かりを覚えたところで、映写機が動くらしい音が聞こえた。
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