を
ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ピーーーーーーーーッ……
「俺、電車嫌い」
そう言い放ったのは鷸成だった。
「どうした、唐突に」
大体事情は察しているが、聞いてやるのは夜風である。
鷸成は口を尖らせる。
「いちいちいちいち五月蝿いんだもん! おかげで俺、全然役に立ってないじゃん」
列車が停まったので、八号車に向かいながら言う。
「リーダーのことだってさ、幽霊の癇癪が五月蝿いからみっちゃんやむっちゃんみたいに助けに行けなかったし、爽兄みたいにリーダーのこと励ませるわけでもないし」
「それは鷸成のせいではないな」
「列車のせいって言ってるの!」
夜風の返しにふんす、となる鷸成は実に子どもっぽかった。夜風との会話を見ていると、姉弟で話しているように見える仲の良さだ。
実際、夜風は弟がいて、鷸成のことも弟のように思い、世話を焼いているようだが。鷸成はこう見えて長男坊である。下に弟が三人もいる、今時珍しい四人兄弟だ。
まあ、子どもっぽくして色々誤魔化しているようだが。
「ご乗車の際は駆け込み乗車はお控えくださいますようお願いいたします」
無機質な女性アナウンスが告げる中、八号車に六人が入っていく。
八号車はちょっとグレードの高い席になっていた。座席のみで、吊り革はなし。座席はまだ誰も座ったことがないんじゃないかというくらい綺麗な紅のクッション。簡易テーブルが備えられ、座席は百八十度回転でき、後ろに倒すこともできるようだ。
「あれだね~。修学旅行みたい~」
豪華な座席にたちまち機嫌を直した鷸成が言う。瞳がそうだな、と答えた。
小学校の修学旅行は電車に乗っていったのをみんな覚えていた。六年生のときのことだから、中一の鷸成からしてみれば昨日のことのようなものだろう。鷸成ははしゃいで席を回転させたり、倒しすぎたりして担任に叱られていそうだ。
「電車かー……引っ越しのときに乗ったの懐かしいな……」
車窓を覗き、遠い目をする睦。引っ越しと転校を繰り返すこと十数回。瞳たちと出会ってからはそんなこともなくなったが、遠い目になるのも仕方がない。目まぐるしい日々だった。
やがて、汽笛が鳴り、ドアが閉まる。列車が発進する旨のアナウンスが流れ、ゆっくりと窓の外のコンクリートが動いていく。
「そういえば、ここはどこなんだろうね? 地下?」
「さっきの駅も塞がっていたからな。それに非現実の列車に地下も地上もないんじゃないか?」
夢もロマンもへったくれもない正論に論破され、睦は口を閉ざした。まあ、瞳は現実主義者なので仕方がない。
ところで、と爽が話題を変える。
「今回は他の車両は大丈夫だったの?」
「駄目に決まってるだろ。翁の面を被ったおじいさんが手を振っていたし、子どもの幽霊から角生えてたし、二足歩行の狐が笑ってたぞ」
「にしては落ち着きすぎじゃないかな、瞳」
魑魅魍魎の跋扈にも程がある。
「もう慣れた。そういう列車なんだろう」
「順応はっや」
鷸成が恐れおののく。
このリーダー、様々なものを代償にカリスマとリーダーシップと視力を得ている。代わりに頭はいいのに語彙力がない。肝が据わっているのにいざというときテンパる。わけのわからない属性の人物だ。
「あれ、般若面の人はいなかったの?」
睦からの指摘にふむ、と瞳が少し考えてから首を横に振った。
「いなかったな。いくらなんでも、あんな印象に残る面を見落とすとは思えない」
「ふむ……じゃあ、やっぱりこの列車はさっきの列車と違うんだね」
他四人がぽかんとする。鷸成が首を傾げて言った。
「そんなの、当たり前じゃない」
そう、先程乗った車両は駅から出ていった。同じ車両が来るにはスパンが短すぎる。
けれど、睦は言い募る。
「いや、幽霊列車だよ? 現実には存在し得ないありとあらゆる可能性があるわけじゃない」
それもまた然り、なのだが。
「え? そうじゃなくて、音が違うじゃん」
「え」
全員の視線が鷸成に注がれる。
「え~、みんな気づいてなかったの? さっきよりアナウンスは聞きやすいし、女の子が歌ってるじゃん」
「……え?」
一同は耳を疑った。さしもの鷸成も顔色を失くしていく。
「え、まさか、聞こえてない?」
そのまさかである。
というか。
「鷸成、気になったんだが、鹿谷に憑いているっていうティアちゃんの声はどうした?」
そう、先程の車両では冷静さを失っていた瞳は指摘できなかったこと。
この「駅」に来るまで、鷸成はティアちゃんの金切り声に頭痛を覚え、悩まされていた。それがどうだろう。いつの間にか、普通に列車の音を聞いたり、瞳たちと普通に会話ができている。ティアちゃんの声に阻害されていたのが、なくなったかのように。
「聞こえないんじゃない。この歌、ティアちゃんが歌ってる。そしてたぶん、そのうちみんなにも聞こえるようになるよ」
「どういうことだ?」
「~♪」
鷸成を問い詰めようとしたところで、全員が息を飲む。少女の歌声が聞こえてきたのだ。聞き馴染みのある童歌だ。シャボン玉の歌だろうか。それをハミングしている。
「可愛い声でしょ~?」
「そういう問題じゃなくない!?」
すかさず爽が突っ込んだ。その顔は青ざめている。
「幽霊の声が聞こえる方がヤバいよ。まじでヤバいよ」
気が動転して、完全に語彙力が貧相になっているリーダー補佐。仕方ないだろう。触覚の鋭い彼はどんな気配も見破るが、一番怖いのは何の気配もなく後ろに立っていたりすることだ。
鷸成曰くのティアちゃんは声はすれども気配はない。爽にとってはまさにヤバい怖さだろう。
「綺麗な声ですわねぇ。妖精さんみたい」
「そんな妖精さんみたいな声の子をところてんにして食べようとしたのはどこの誰ですか……」
睦もこれがティアちゃんの声だと認めるから間違いないだろう。
「何故シャボン玉の歌なんだ……不吉だろう」
「え~? 綺麗な歌じゃん。よかちゃん嫌いなの~?」
夜風を肘でつつく鷸成。夜風はいや、と真顔で返答する。
「この歌って幼くして亡くなった自分の子どもを悼んで作った曲だと聞いたことがあるから……」
「こっわ!!」
そんなに怖い話でもないが、幽霊列車の中でする話ではないだろう。
そんなとき、またスピーカーからノイズが流れる。
ピンポンパンポーン。
「ご乗車いただき、誠にありがとうございます。この列車は八号車が休憩車両となっております。どうぞ、お寛ぎください」
ピンポンパンポーン。
意外な言葉の羅列に一同はぽかんとする。今、アナウンスは「休憩車両」と言った。つまり……
「何も起こらないってこと?」
「ティアちゃんが歌ってる時点でだいぶ事案だと思うけど~……」
チャーミングな仕掛人がヒーリング効果を狙った可能性は否定できない。
「まあ、休めるならそれはいいことだよ。それに、これからのことも色々話し合う時間が必要だ」
爽が言うのに瞳も頷く。
「あの現象についても知りたいが、爽が一号車、八号車の順に乗ることを決めた理由も説明してほしいな」
「あれ? 瞳は気づいてない?」
爽がぴん、と指を立てる。
「最初の壁に薄く『DICK』って書いてあったでしょ? それと電卓があった」
「『嫌なやつ』って意味でしたねぇ」
「電卓と『嫌なやつ』。繋がりを感じない?」
夜風がああ、と納得する。
「『18782』……語呂合わせか」
「そう」
「つまり、語呂合わせの順番で乗るのが正解ってことだったんだね」
「まじでわかってなかったんだね、睦くん」
睦の判断の悉くは勘である。山勘と侮ることなかれ。
というのは置いておいて、これならば、列車が八号車編成であること、わざわざわかりやすく番号が振ってあったことも納得がいく。
「となると次は七か……まあ、二回連続で休憩車両っていうのはなさそうだよね」
「うん。おそらく基本的には『映写機』があると見て間違いないよ。ただ、どの車両で誰が出るのか、規則性があるのかはまだわからないけどね」
「まあ、事前に心構えができていれば、いくらか気持ちは楽だよね」
睦が朗らかに言うが、顔色はよくない。
それもそうだろう。先程、瞳で映写機がどのようなものなのか見たのだ。トラウマに突っ込んでくるスタイルにはちがいない。趣味が悪いというか、神経を疑う。
「でも、18782で終わるといいけど」
「むっちゃん、それフラグっていうやつ」
「ヤメテ」
ふむ、と爽が考え込む。
それから、はっきりと答えた。
「18782で終わる可能性は極めて低いかな」
「なんで?」
睦は涙目だ。ついでに言うと、鷸成も。
「18782を出したんだ。たぶん、37564も出ると思うよ。それに、37564まで含めれば、全部の車両を巡ったことになる」
「そういう考え方~?」
鷸成がぐったりしている。おそらく、映写機の発する解読不能な雑音のために精神が参っているのだろう。
そこに瞳が補足する。
「こういうのは一つ一つ、ギミックを解くのが大切なんだ。トラウマがその引き金なのが悪趣味きわまりないが、我々には他に手段がない。それなら、ここのルールに則るしかあるまい」
「それもそうか~」
鷸成がそこで思いついたように言う。
「ゲームみたいだね~」
確かに。
そういえば、何故こんな現代風なギミックなのだろう。いや、謎解きはなんだか一昔前の様相だが。
そもそも、ここに来た目的は……
瞳の考えを遮るように汽笛が鳴り、ティアちゃんの歌声も消えた。
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