ち
ゴゴゴゴゴゴゴ、ミーンミンミンミーン、ピーポーピーポーピーポー、カンカンカンカンカンカンカンカン、ビーッ。
様々な音が混じり合って、混沌を極めていた。瞳や睦、普段から笑顔以外の顔をしない箕輪までもが顔をしかめるレベルの騒音。それに加えてティアちゃんの泣き声まで聞こえている鷸成は耳をヘッドフォンの上から押さえて蹲る。
正直、立っていられない。平衡感覚がおかしくなりそうな音の暴力だ。鷸成に次いで爽が地に膝をついた。
そんな二人を心配して、瞳が声をかけようとしたそのときだった。
ブーッというブザーの音が鳴り響き、それ以外の音が一切なくなる。鷸成がほう、と肩の力を抜いたが直後、スピーカーが入った音がした。
「まもなく、列車が参ります。お客さまは白線の内側までお下がりください」
この駅、こんなアナウンスだったか? と思うような女声が告げる。何番線とか言っていなかったが、とりあえず下がろう。
皆に指示しようとして、振り向いて驚く。
後ろは人一人が横たわる分くらい空けてすぐ壁がある。むしろ、壁以外なかった。
駅に降りてくる階段も、改札口も、何も。
「え……!?」
「あ、列車が来ますよぉ」
ガタンゴトン、ガタンゴトン、とお馴染みの音がする。あまりにも平然としている箕輪に瞳は信じられないような目を向ける。
「え、あの、美月?」
「はい、ひーちゃん」
「あの、出口がなくなったんだけど……?」
「そうですね。これは大変です。超常現象に他なりません」
理解しているのか。ならば何故こんなにも冷静なのだろう。
「あらぁ? ひーちゃんはお気づきじゃありませんかぁ?
「!?」
なるほど、動じないわけである。
謎の駅に閉じ込められたのなら、駅構内から出る必要はない。列車が来るのだ。乗ればいい。
もっとも、こんな状況下にやってくる列車など、怪しさしかないが……
「でも、問題があるよ」
睦が提言する。
「床を見てみて。わざわざ一号車から八号車までの乗降口に番号が振ってある」
「列車ってそういうんじゃなかったっけ~?」
復活した鷸成が問う。夜風が冷静に応じた。
「いや、乗降口に合わせて白線の内側に足のマークがついていることはよくあるが、番号を振ってあるのはないと思う」
「通勤、通学ラッシュにどの車両に乗るかなんて、いちいち決めてられないからね」
爽もふらふらと立ち上がる。
「爽、大丈夫か?」
ふらついている爽に瞳が手を差し伸べる。
「ありがと」
爽が手を取り立ち上がる。まだ目眩がしているようで、頭を押さえている。
霊感があり、霊障に当てられやすい爽がこの調子ということは、ここは霊的な空間なのだろう。睦は平気そうだが。
そんな中、夜風が、すんすんと空気を嗅ぐ。
「乾いたペンキの匂いがする」
「え、どこから?」
睦の問いに、夜風は自分たちを閉じ込めた壁を示す。灰色のコンクリートの壁だ。何も書かれていないように見える。
「何も書いてありませんが……」
「いや、何か書いてある」
遠慮気味に主張した箕輪の言葉を瞳が即座に否定する。その類稀なる視力は色覚にも対応する。一見平べったい灰色のコンクリートの壁に溶け込むような色がべったりと文字を綴っている。乾いているから、尚のこと、壁に馴染む、巧妙な色。
でかでかと壁いっぱいに書かれていたのは……
「『D』『I』『C』『K』……」
「『
爽が虚を衝かれたというか、拍子抜けをしたといったような顔をした。
他の面々が首を傾げる。
「英語?」
「え、俺英語苦手なんだけど」
「私も、習った覚えのない単語ですわ」
睦、鷸成、箕輪はわからないらしく、疑問符を浮かべる。それに答えたのは瞳でも爽でもなく、夜風だった。
「まあ、習わないだろう。あまりいい言葉ではないからな。『嫌なやつ』って意味だ。私はそんな単語がここに書かれていることそのものが疑問だが」
その通りである。英語で「DICK」は「嫌なやつ」という意味であるのは、実はどうでもいい。問題は何故突然現れた壁にこんなにわかりにくく書いてあるのか、ということだ。
壁に落書きなどは海外ではよく行われる悪戯である。ペンキよりスプレー缶の方が一般的だが。しかし、落書きとは、己の存在、主張などを誇示するため、派手な色を使って描かれる。ビビッドな色が多いのはそういう理由だ。
それが、灰色の壁に溶け込むように、瞳の視力を以てしてようやく見えるくらいに描かれるとは。何故、がどうしても頭をよぎる。
「ただの落書きじゃないとしたら?」
「え?」
突然口を開いた睦に、他の面々が顔を上げる。睦が一つずつ整理して語った。
「まず、この駅の意味ありげな車両番号。それからただの壁だと思っていたものに書かれた文字。そして僕たちがこの謎の駅に閉じ込められているという状況……もしかして、これらは繋げられるんじゃない? 『この駅から脱出する方法』として」
駅から脱出する方法、という言葉に皆が目を見開いた。完全に見落としていた。そもそも何故周囲の確認をしていたのか。目的を達成して理由を忘れていたのではわけない。
勘の鋭い睦だからこそ、閃いた。ここに六人揃っていなければ、何も気づかなかった。
「でも、もう一個くらい、ヒント欲しいよね。電車迫ってる、しっ!?」
辺りを探索しようとしたのだろう。睦が何かに引っ掛かってこける。それはもう豪快に。あとの五人は「人ってこんな転び方できるんだ」とか「漫画みたい」とか思った。べしゃあ、と睦が床に広がる。
大半が哀れみを持った目で見つめていたが、そこに鷸成が近寄る。
「むっちゃん大丈夫? にしても、さっきまでこんなものなかったはずだけど」
睦が突っかかった何かを鷸成が拾い上げた。睦は自分で立ち上がり、鷸成の持つものに顔を寄せる。
四角いフォルム。片手で持つには少々大きく、上の方が緩く斜めになっている。そこにはボタンが押されたのか右端に「0」とデジタル数字が刻まれていた。その下には規則正しく並んだボタン。数字やプラス、マイナスなど、数学で使うようなボタンが並んでいる。円周率やルートなどのマークも見られた。
これは誰が見ても見間違いようがない、電卓である。
「電卓だね」
「むっちゃん円周率何桁まで言える?」
「普通に3.14しかわからないよ」
天然な会話が交わされる中、爽がかちゃりと眼鏡のブリッジを持ち上げる。
「なるほど、そういうことか」
「え、爽兄わかったの?」
「まあね。ほら、電車が来るよ」
「一号車に乗ればいいんだよね」
睦がころっと答えを言ったところで、列車が到着する。独特の汽笛が狭いプラットホームに響いた。
「え、睦くんもわかったの?」
「いや、全然。勘」
睦のあっさりとした一言に、爽は空笑いをした。
「とにかく、一号車に乗るぞ」
瞳が先導する。他の車両には目もくれない。
ほとんどの者が疑問符を浮かべながら、一号車に乗り込んだ。
「まもなく、列車が発車致します。駆け込み乗車などはご遠慮いただくよう、お願い申し上げます」
駅の女性アナウンスが淡々と告げる。六人が入った一号車は、車両端に沿って座席が長く伸びており、真ん中に吊革のぶら下がった一般車両、今時っぽく言えば、グリーン車である。
「幽霊関係かと思ったけど、怖くないね」
「鷸成、それ本気で言っているのか?」
瞳が地を這うような低い声で、息を切らしていた。冷静沈着を人にしたような人物なのに、冷や汗が尋常じゃない。
そういえば、列車が到着してから様子がおかしい。いつもなら、こういうときは万が一のために殿をやるはずなのに、真っ先に列車に乗った。団員を誰よりも大事にする瞳の行動とは思えない。
察しのいい睦があ、と気づき、恐る恐る聞く。
「もしかして、他の車両、なんかいた?」
「人影がたくさん。般若の面をつけた女性霊がこっちに手招きしていた」
「こっわ」
それは絶対について行ってはいけないタイプの手招きである。
んー? と鷸成が首を傾げる。
「俺は声とか全然聞こえなかったな~、列車の音が一番大きくて~……」
ぎくり、と固まる。
鷸成には霊感というほどのものがない。代わりに、幽霊の声や幽霊が立てる物音などはよく聞こえる。それは周りに聞こえないものほどよく。
列車の走行音が大きい場合は、つまり……
「うげ、この列車そのものが幽霊列車ってことで……」
「そもそも、駅からして霊障ばりばりだったんだから、列車がそうじゃないわけないでしょ」
爽の指摘に、それもそうか、と落ち着く鷸成。立ち直りが早い。
「でも、この車両に乗るので合ってたでしょ。瞳がこう言ってるんだし」
他の車両だったなら、霊障に当てられやすい爽はぶっ倒れていたにちがいない。いや、六人共命があったかどうかも……
「ところで、何故一号車だったんですの?」
「ああ、それはね……」
爽が説明しようとしたところで、列車の扉が閉まり、列車が走り出した。ただ立っていただけの全員が転びそうになったので、ゆったり座ることにする。
女子と男子に分かれて対面で座り、爽が説明を始めようとしたときのことだった。
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