と
カンカンカンカンカンカンカンカン……
踏切の音が響く。鷸成なら一秒たりともいたくないであろう音の暴力の空間。
その前に、二人の女子が並んで立っていた。片方はシャツに紺色のカーディガンを羽織った制服、片方は私服らしいちょうちん袖の愛らしいワンピースに身を包んでいる。
「なるほど、それが『ティアちゃん』がこの街に伝わる理由か」
「ええ。箕輪のおうちではこれくらいしか調べられませんでしたが」
「充分だ。なんとなく、あの駅に関係があるのもわかった」
「そうなんですの?」
「ああ、あの駅は……」
ぴろろろろろろろろ!!
主張の強い着信音が耳をつんざく。鷸成がいたならぶっ倒れていたところだろう。
「なんだ?」
ぶっきらぼうに電話に出る瞳。爽からである。
「今、会長が学校に来てるんだけど」
我が耳を疑った。瞳は一旦スマホを耳から離し、スマホ画面を見つめた。特に意味はない。
もう一度耳に当て、尋ねる。
「パードゥン?」
「何故に英語?」
こほん、と咳払いすると、爽は先程の言葉を一言一句違えずに告げた。
「今、会長が学校に来てるんだけど」
「なんですって」
顔色が見るからに変わった瞳に箕輪が疑問符を浮かべ、首を傾げる。
「今すぐそっちに戻る」
「いや、むしろ戻ってこなくていいよ」
電話向こうの爽が語る。
「瞳の気持ちはよぉっくわかるよ。会長に言いたいことが山ほどあることだろう。不平不満はもちろんのこと、敬愛の情も少なからずあるだろうさ。けどね、残念ながら、瞳が来たらこの人は帰ってしまうんだ」
瞳の中に様々な感情が迸る。
会長には不満がいっぱいだ。何故いつも厄介事を押しつけていくのか、とか、生徒の模範となるべき生徒会役員が堂々とサボタージュするのか、とか、いつもどこをほっつき歩いているのか、とか。
だが、爽の語る通り、不満を上回るほどの敬意を瞳は会長に抱いている。公約を実行することのなんと難しいことか。それをあの人は理路整然と、頭の堅い教師たちを正面から説得して最終的に完全に納得させて頷かせる。これぞ生徒会長のあるべき理想の姿だ。だからこそ、副会長に任命されたことを誇りに思い、あの人の考えを通すために尽力した。
が、何故か直接会う機会がほとんどない。言いたいことはたくさんあるというのに。
「学校に連れてくるまでも大変だったんだけど、今生徒会室に居着いてくれているのは、瞳が不在だからなんだ。瞳が戻ってきたら、たぶん帰っちゃう」
「ひーちゃん……?」
暗い表情になる瞳を心配そうに見つめる箕輪。瞳は俯いていた。敬愛している先輩に会えないのはどれほど悔しいのだろう。
しかし、瞳の口から次に出た言葉は違った。
「爽、本題は本当にそれか?」
その声はとても落ち着いていた。冷静沈着、これは瞳を表すのにぴったりの四字熟語である。
爽は電話の中でさすが、と思わず呟いていた。
「実は会長からあるものをもらったから、気休めにでもなればいいな、と思って。──フェイスのみんなを集めてほしい」
「電話にした理由は?」
「グループチャットではなんて言ったらいいかわからないからね。そこは僕らのまとめ役の瞳にお願いしたいな、と。僕より説得力あるだろうし」
「なるほどな。……ちなみに、会長に繋いでもらうことはできるか?」
「無理。瞳が姿を消したのをいいことにサボりに入った役員の皆さまをお説教中です」
怒った会長というのも興味はあったが、電話越しでも雰囲気が伝わってくる。会長はにこにこしていて無邪気で純真無垢そうな顔をしているが、普段から穏やかな人が怒ると怖い、という格言の例外にはならなかったようだ。
まあ、連中は瞳に怒られるのは慣れているだろうから、会長に怒られる方が効くだろう、とも思った。
「ではメンバーは集めておく。いつものファミレス集合でいいか?」
「OK。じゃあ、後でね」
通話が切れる。
ふぅー、と瞳が長い溜め息を吐いて、近くの電柱に凭れる。箕輪が心配そうに近づいた。
「大丈夫ですか? どういうお電話だったんです?」
「ああ」
瞳が軽く事の顛末を話す。常時行方不明のような生徒会長が今学校にいること、爽から配り物があるため、いつものファミレスに集合してほしい旨。
ふむふむ、と箕輪は程よく相槌を打ちながら聞いた。
「まあ、皆さんを集めるのはいいですが、篠宮先輩とか、受験勉強でお忙しいでしょう」
「今更だ。篠宮先輩はそれを承知の上で今回の件に参加すると言っているのだからいいだろう」
「まあ、それもそうですねぇ」
では私は席を取っておきます、と箕輪は去っていった。
瞳は会長からのもらいものがどういうものか気になった。そういえば、電話中、爽はそれが何かは明言しなかった。そんな後ろめたいものなのだろうか。いやしかし、皆に配ると言っているし……ううむ。
会長のことだ。話してもいないのにこちらのことを察して、気の利いたものをくれたのだろう。これだから頭が上がらないのだ。
さて、と瞳はグループチャットを開き、文章を打ち始めた。
からんからん。
「ちわーっす」
「いっくん、いらっしゃい。篠宮先輩も」
ファミレスに入ってきた鷸成と夜風に先に来ていた箕輪が手招きする。鷸成はかなり砕けた調子で挨拶をし、夜風は無言で会釈した。
「爽と瞳はまだなのか? あと鹿谷」
不思議がる夜風に、箕輪が説明する。
瞳は駅に下見に行った。何を下見するのかはわからないが、類稀なる視力に加え、霊視能力を持つ瞳には、あの駅は「普通とは少し違うもの」に見えるのかもしれない。瞳はテストの前日まで計画的に勉強するタイプだが、テスト直前の日は特に念入りに復習をするタイプだ。授業においても予習は欠かさない。本人曰く、そうしないと満足も納得もできないらしい。そんな瞳のことだから、なるべく下調べをしておきたいのだろう。ティアちゃんという都市伝説が指定した駅がどんな曰くを持っているか、その目で。
爽はまだ生徒会の活動中である。副会長不在で、夏休み明けに行われる文化祭についての議案をどうしたら通るか、折衷案を考えているそう。会長が来ているとはいえ、その問題は大変そえで、会議が長引いているらしい。
睦はタイミング悪く親と買い物に出かけていたらしく、帰ってくるまでに小一時間かかりそうだ、という話だった。睦自身の買い物ではなく、姉や母の買い物に振り回されている辺りが実に睦らしい。
「俺ら暇人~」
けらけらと話を聞いて笑う鷸成。そんな鷸成の頭にチョップを入れる夜風。今日は隣に座っていた。
「私は暇じゃない」
「受験勉強~?」
「そうだ。高校も厳選しているしな」
「大変そう~」
「二年後にお前も通る道だ」
「え~、やだ~」
嫌と言っても時は待ってくれない。そんな他愛もない言葉を交わす二人を見ながら、箕輪が微笑む。その手にあるのがどどめ色のミックスジュースでなければ、絵面は完璧だっただろう。
頑張りすぎる瞳、爽、睦、とは対照的な面々だ。緩く、そのときそのときを楽しんでいる。
鷸成はこんな時間がずっと続けばいいのに、と毎回思っているけれど、夜風の口から直々に「受験」という言葉が出て、やっぱり今年が最後なんだなぁ、と改めて実感させられる。
みんながみんな、同じ場所を目指すわけではない。何を目指すかは自由で、人それぞれだ。だから、高校も散り散りになってしまうかもしれない。
「俺は毎回みんなで、むっちゃんが持ってくる事件でわいわいして、解決できたら楽しいからそれでいいんだけど~」
「そうも言ってられんぞ。今時は中学生だからといってそんな呑気はしていられない。もう中学生の時点で大学までの進路を固めている者も多い」
「せっかちだな~」
事実、皆には言っていないだけで、瞳はもう大学まで吟味していたりする。
箕輪が思いついたようにぽん、と手を叩く。
「では、いっくんは音大にでも入られてはいかがでしょう? 耳がいいことを生かせますし」
「え~、俺音楽はあんまり興味ないよ~。そりゃ、綺麗な旋律や音階を見つけるのは好きだけど~、音大行っても自分でそこを見つけるまでが地獄でしょ~?」
それは言えている。更に現代音楽と呼ばれる文化は不協和音で音楽を組み立てる場合が多く、不協和音の苦手な鷸成には、確かに向かないだろう。
といって、他に鷸成の強みもなく、特に好きなこともない。
「俺はみんなが静かだから好きだよ。耳に優しい音がするんだ。悲しい音や、辛い音もするけれど、それを全部ひっくるめて、最後には優しさになるんだ」
「哲学ですねぇ」
「そういうみっちゃんはどうするのさ~? 箕輪のおうち継ぐの~?」
箕輪は箕輪家の養子である。ここまで育ててもらった恩もあるし、何より箕輪はお茶や筝、生花など様々な才能を持ち、大きな家を継ぐには充分の器量を持っている。
うーん、そうですねぇ、と悩んだ。
「箕輪のおうちにはお世話になっておりますからぁ、きちんとお礼はしたいですぅ。でも、根っこはいっくんと同じですかねぇ。やっぱりみんなといる時間が楽しいんですの」
箕輪がにっこり笑ったところで、入店客が来た。息を切らした睦である。
箕輪がひらひらと手を振ると、こちらに気づき、ふらふらと近づいて、手近な椅子にどかっと腰掛けた。
「随分と疲れているな」
夜風の指摘に睦が頷き、肩を竦める。
「友達と遊びに行ってくるって言ったら、追及がすごくてさ……『危ない友達じゃないでしょうね?』とか『どこに遊びに行くの?』とか『一緒に行きたい』とか……鎮めてくるの大変だったよ」
「それは……災難だったな」
「あれ~? むっちゃん俺たちのこと親御さんたちに話してなかったの~?」
鷸成の指摘に睦はぐったり項垂れる。
「紹介したの忘れてた……」
御愁傷様である。
続け様に店の鈴がからんころんと鳴る。瞳と爽が一緒にやってきた。
「お二人共、仲がいいですねぇ」
箕輪がにっこり指摘すると、途中で合流しただけだ、と瞳が素っ気なく答える。
とはいえ、フェイスの会合の際、この二人は毎回一緒に来る。ただの幼なじみとは言うが、仲がいいのにはちがいないだろう。
瞳が箕輪の隣に、爽が瞳の隣に着席すると、早速本題に入った。爽がビニール袋の中身を広げる。
それは色とりどりの御守りだった。オレンジ以外は二個ずつある。
爽が色ごとに仕分けてさくさくとみんなに配っていく。すると、オレンジの山が睦の前に完成した。
「こ、これはなんですか?」
みんな二個ずつなのに自分だけ異様に多いことにびびりながら、睦が聞く。
「御守りだよ。肝試しに行くとか言ったらくれたんだ」
「色ごとに分かれてるのは?」
「なんとなくのイメージカラーだって」
瞳が青、爽は紫、箕輪は緑、夜風が黒で、鷸成赤、睦がご覧の通り、オレンジである。他は皆二個ずつなのに対して、睦は確実に十個以上ある。
睦が顔を青ざめさせる。
「えっ、えっ、僕だけなんでこんなに? そんなに不吉なの、あの駅?」
「まあ、ティアちゃんに取り憑かれてる分じゃない~?」
鷸成の指摘に納得する睦。だがそこに瞳が口を挟む。
「あの駅が不吉というのはあながち間違いじゃないぞ」
「ええ!?」
「なんか見えそうで見えないみたいな感じがした。こないだまでただの駅だったんだが」
「見えないように隠されてるってわけね。ティアちゃんが表に出てきたことで駅に変化が訪れたのかも? こうなると一気にそれっぽくなるねぇ」
「怖いこと言わないでください! あと……」
睦が御守りを一つ摘まむ。
「これ全部『交通安全』じゃないですか!?」
「あ、ほんとだ」
金の糸で立派に「交通安全」と刺繍してある。
爽はまあまあ、と睦を宥めた。
「列車に轢かれないようにじゃない?」
「物理的に怖いやつじゃん……」
そうして、日が暮れるまで、六人でわいわい喋った。
その夜、六人はそれぞれの方法で駅員に怪しまれないよう、終電後の駅に忍び込んで、合流を果たす。危惧していたような絡み酒の酔っ払いもおらず、しん、とした構内で、六人が集合すると……
早速、異変が起きた。
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