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カッコウカッコウカッコウカッコウ……
「……え?」
コンビニ帰りで学校に向かう爽の前に現れたのは、黒髪だが、ミントグリーンの目が特徴的な美しい女性だった。間抜けな青信号の合図が沈黙の中で鳴り続ける。
その女性が唐突に御守り……がたくさん入っているビニール袋を差し出してきたのだ。御守りに守られねばならぬほど不穏な事態が、この先待っているのだろうか。
ではなく。
「かぁいぃちょおおおおおうううぅぅぅ、こんなところで何してるんですかぁ!!」
怒り、いや、半ば怨念と化しているようなその声。まあ、怨念も混じるというものだろう。誰のせいで爽が、ひいては瞳が苦労していると思うのか。
そこにいたのは紛れもなく、生徒会長であった。神出鬼没、唯我独尊、文武両道、才色兼備、有言実行、ありとあらゆる四字熟語で呼ばれるこの人物、何故か人徳がものすごいあり、そのカリスマで生徒会長に就任できたといっても過言ではない。
容姿は爽は一発で覚えた。他の生徒も例外はないだろう。この透き通ったミントグリーンの目は一度見たら忘れられない、不思議な翠だ。
さて、現状なのだが、その会長は何故か長袖の黒セーラーを着ている。長袖長ズボンの爽が言えたことではないが、暑くないのだろうか。黒という色は熱を取り込みやすいと聞く。
でもなく。
そもそも、爽たちの学校は男女共にブレザーである。つまり、セーラー服は制服ではない。
「学校にも来ないでコスプレごっこですか、このあほんだら」
「おいおい、双海クン、キミは耄碌するにはまだ早いだろう? ワタシの出席率は百パーセント。それは卒業まで変わることはない。つまり皆勤賞確定だ」
「生徒会でも皆勤賞設けたらあなたは毎日来るんですか?」
「おお、双海クンは頭がいいね。そして見事な瞬発力だ。ワタシが見込んだだけのことはあるね。だがワタシは生徒会には行かない!!」
「何故ですか!?」
くそう、本当に生徒会皆勤賞を設けてやろうか、と思った瞬間である。
「それはさておき、だ」
「堂々スルーですか」
「いやいや、それ以前にキミが最初からスルーしている案件があるだろう?」
「セーラー服ですか?」
「いんや」
ゆさゆさ、と御守りの入った袋を揺さぶる。
「これのことさ」
「不穏ですね」
「不穏なことしてるキミらが悪い」
う、と言葉に詰まる。そう、生徒会に全くといっていいほど来ない彼女には、見過ごしてもらっていることがある。それがフェイスの活動だ。
フェイスの活動──例えば、今回のような幽霊案件、ヤのつく職業との関わり合い、モンスターなペアレントを相手に裁判手前まで渡り合い……等々、危険な活動が多い。爽たちのその活動はあくまで個人的に、プライベートで行っているものだが、年々危険度が増している。そして何故か部外者には他言していないはずなのに、会長はそのことを知っている。
目を瞑ってもらっているのだ。爽たちが好き勝手するのを。これが知れたら、他の面々はともかく、生徒会役員である瞳と爽に向けられた信頼が失墜するし、そうすると生徒会の面子も潰れる。
いつも、危険な橋を渡っているのだ。
「っていうか、どうしてまた活動していると勘づいたんですか? 会長の情報源が謎です」
「勘だといつも言っているだろう?」
勘、か。なんだか睦くんみたいだな、と爽は思った。
ただ、この会長には本当に情報源があるんじゃないか、と思っている。それはこの街の名前と同じ苗字を冠するからだ。きっと、この街に関わりの深い家であるにちがいない。
「ともかく、だ。キミらは言ってもやめないだろう? そうわかり切っているのに止めようとするのは労力の無駄甚だしい。というわけで、優しいワタシは御守りを作ってあげたのだ」
「作っ!?」
さらりと言ったが、本当だろうか。いくつ入っているのかはわからないが、半透明のビニール越しに見て十個くらいは入っていそうなのだが、それを一人で作ったというのか。詳しくは見えないが、袋越しで御守りとわかるレベルのものを?
万能選手にも程がある。生徒会のサボり癖いるさえなければ、この人は尊敬してもし足りない。それくらいの才能を持っている。
幽霊案件に御守りが効くかどうかはさておき、気休めくらいにはなるだろう。有り難く受け取った。
「うんうん、素直でよろしい」
「ところで会長、文化祭のための実行委員会との打ち合わせがあるんですが」
「何ぃ? キミらは夏休みというかけがえのない青春をそんな会議に浪費しているのか? 嘆かわしいことだ」
爽の顔がひきつる。
「文化祭もかけがえのない青春の一部となる重要な学校行事です。浪費ではありません」
口にはしなかったが、爽の表情にはありありと「何か文句でも?」というような怒りのこもった笑みが浮かんでいた。
会長もそれを察したらしく、あはは、と空笑いする。後輩に論破されたのだ。そうなるだろう。
「キミといい、市瀬クンといい、侮れないねぇ」
「侮ってたんですか? ぶん殴りますよ?」
「暴力反対」
もちろん冗談である。
しかしながら、こののらりくらりとかわす会長への怒りは消えておらず、「来てください」というより「来い」というような圧をかけた。
「キミ、ワタシの今の格好を忘れていないかい?」
「黒セーラーですね。それが何か?」
あまりにも冷静沈着、ながら、会長からすると的外れな解答だったのだろう。溜め息を吐き、肩を竦めて首を横に振る。
「キミは忘れたのかい? 我が校の校則を。いついかなる場合でも、学校登校時は指定の制服、または指定の運動着でなければならない」
それは生徒手帳にしっかり書いてある事だ。
会長が何を言いたいのかわかった。
「黒セーラーはうちの制服じゃありません。つまり、制服じゃないから学校に来られない、というわけですか」
「ピンポンピンポン! 大正解! さっすが双海クンだ」
呆れた。会長の奔放さには頭痛を覚える。この人と会話するのは疲れる。
服装を理由に学校に来られない、と話すのならば、爽が言えるのは一言だけだ。
「だったら着替えてきてください」
「えー?」
非の打ち所のない正論にブーイングが巻き起こる。更には、こんなことまで言い出した。
「いいじゃん、黒セーラー。可愛いでしょ?」
ぐ、と言葉に詰まる。正直なところ、黒髪も相まって、一昔前の制服の王道である黒セーラーは会長に滅茶苦茶似合っていた。異眸であるはずの翠の目もミステリアスを醸し出していて非常に魅了される。正直、写真に撮って納めたいくらいの絵面である。
男子のときめきポイントを押さえてくるとはおのれ、と思ったが、ここで負けてはいけない。一度、出会ったこの期を逃せば、会長はまたどこかへ消えてしまうだろう。行方不明者並みに見つけるのが困難なのである。
「黒セーラーもいいですが、僕としてはまだちゃんと見たことがないので、会長の夏服姿も見てみたいなぁ、と思っていたりします」
「おおう、そう来たかぁ」
性癖をつついてくる者を性癖を以て制する。これが一介の男子生徒、双海爽最大の攻撃である。
会長は冷静ではあるが、少しは効いているようで、「そこまで言われちゃ、なぁ」と呟いている。
「しかし双海クンよ、キミは何故夏服にそこまで萌えを抱いているのだね?」
「誰がいつ萌えなんて言いましたか?」
ハチャメチャな切り返しに応じる爽もだんだん疲れてくる。よくこの人が生徒会総選挙で勝ちをもぎ取ったよなぁ、とつくづく思う。
まあ、人望の他に、生徒会のサボり癖こそあるが「有言実行」がこの人の渾名の一つである。選挙の際、公約として掲げた「夏服の自由度を上げる(リボン外しOK、第一ボタンまで外してOKなど)」や「文化祭などのイベントでのコスチュームプレイングの自由化(コスプレOK、指定服装の改造OK)」など、生徒から好かれはするものの、議案として通せるかどうかというものを丁寧に理路整然と教師陣に納得させたために信頼があるわけである。夏服の自由度アップに関しては昨今の気象異常などをデータとしてまとめ、生徒がリボンを外したり、第一ボタンを開けることはだらしないことではなく、一般社会で言われるクールビズのようなもの、大体、ずっと暑苦しい格好でいる方が生徒の健康を損ねる、生徒の健康とボタンやリボン、どちらが大切か、など、わりとまともな評論をしていたり。
仕事をよく押しつけられるが、通しにくそうな議案に関してはこういう角度から提案してみるといい、などの的確なアドバイスをメモしていく。そこまでやるなら自分でやればいいものを、とも思うが。
「さて、まあ、久しぶりに市瀬クンとも会いたいからな。双海クンにとって、ここでワタシと会えたことが僥倖であるように、実はワタシにとってもここで双海クンに会えたことは僥倖なのだ。だいぶ説得上手になったようで何より。というわけで、キミに免じて生徒会に顔を出そうか」
「いや、僕に免じて云々抜きであなた生徒会のトップなんだから普通に顔出してくださいよ。今日だって、あなたがマニフェストとして実行に移した文化祭のコスプレに関しての取り決めとかするんですからね」
「では双海クンは何故こんなところで油売っていたのだ?」
「油売ってたんじゃなくて、お茶買ってたんですよ。生徒会室には冷蔵庫ないから。あと差し入れです」
「気の回る書記クンだ」
じゃないと瞳がオーバーフローするまで仕事をするから、というのは伏せた。瞳は他人に弱味を握られるのが苦手だ。
そんな瞳とこんな会長だからこそ、今の生徒会はなんだかんだ上手く行っているのだろう。
「で、どこで着替えるんですか?」
「実はこのセーラー服は由緒正しい我が校の制服なのだ。以前のだがな」
「へえ」
「というわけで学校で更衣室でも借りるよ。別に『今来た』のではなく、『文化祭コスプレ議案に関して考えるべく、コスプレをしていたので着替える』でもいいだろう?」
学校に制服を置いているらしい。
とりあえず、再びカッコウと鳴き始めた信号を渡った。会長と歩くのは校外では初めてなので、どこか浮世離れした印象を受ける。
そのとき、二人の間を風がひゅう、と通り抜けた。爽がはっと顔を上げ、眼鏡がちょっとだけ落ちた。
「どったの?」
会長が顔を覗き込んでくる。
「いえ、珍しい風が吹いたな、と」
「風に珍しいも何もあるかね?」
「狐の嫁入りです」
「ああ……」
会長がにやりと笑う。
「狐の嫁入りは珍しい。天気雨だろう? この時期にか。こんな暑い中、天気雨ねえ。それに不吉だ」
狐の嫁入りは狐の一族から嫁御が出る喜びの涙が雨になると言われる。その半面ではこういう言い伝えもある。
「狐が嫁入り先の人を拐う、でしたっけ」
「そうそう。双海クンは確か霊感あるから、そういうの怖いんじゃない?」
この人がわざわざその話題を出すのが不吉だ。
爽はそんな内心を振り払うように告げた。
「誰も拐わせはしませんよ」
すると、会長は不敵に笑った。
「狐が拐うのが一人とは限らんよ」
「およよ?」
生徒会室。有言実行の通り、更衣室できちんと制服に着替えた会長と爽がやってくると、そこはもぬけの殻だった。
ただ、机の上に丁寧に文鎮を置いて、メモがさらさらと書かれていた。見慣れた瞳の教科書みたいな字だ。
「箕輪美月に呼ばれたので席を外します。所用の際は連絡を」
「おやおや、市瀬クンが席を外すとはよっぽどだねぇ。箕輪クンといえば、キミらの仲間じゃないか。何かあったのかもしれないよ?」
「いえ、そんなことより」
双海爽は瞳の不在よりも重大な事実に気づいた。
「副会長の不在を契機と他の役員がサボタージュしているのが由々しき問題です」
「おお、では、皆を探し出して伝えておくれ。『会長が来た』と」
「承りました」
怒りの形相で出ていく爽を見送りながら、会長が微笑む。
「後輩教育、と思っていたが、市瀬クンと双海クンは大丈夫そうだな。……無事乗り越えてくれよ」
爽が御守りを詰めたスクールバッグを見つめ、意味ありげに会長は呟き、生真面目に瞳がまとめた資料に目を通した。
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