ほ
ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー……
救急車が通りすぎていく中、六人は各々の反応をしながら歩いていく。
特に気にしない者、なんとなく目で追う者、ドップラー効果による音の移り変わりを不協和音に感じ、耳を塞ぐ者……
「鷸成くん、ドンマイ」
「まじあの独特な音の移り変わり苦手……うう」
「誰か熱中症患者でも出たか?」
「死ねばいいのに」
「こら」
「……ごめんなさい。滅べばいいのに」
「ニュアンス全然変わってないぞ」
ドップラー効果にやられたのは案の定、耳のいい鷸成であった。爽がそれをフォローするものの、鷸成が縁起でもないことを呟き、瞳に叱られる。言葉を変えたが、不協和音に対する殺意が変わっていない。
まあ、この暑さだ。熱中症が出てもおかしくない。そんな時期に入ってきている。
「熱中症かぁ。みんな気をつけてね」
「むっくんは自分の格好見てから言いましょうねぇ」
制服とはいえ長ズボン、に加えて長袖のワイシャツ、カーディガンである。この姿で熱中症に気をつけろと言われても説得力に欠けることは否めない。
しかし、他五人のうち箕輪以外の全員が長袖なので、この集団がむしろ大丈夫なのか、という話がある。瞳はシャツにカーディガン、スカートは規定丈の真面目そのもの。爽はシャツにベスト、制服のズボンである。夜風は長袖シャツを一番上までボタンをかけて、リボンをしっかりしている。真面目な生徒会副会長でさえ、学校を出てからはリボンを外しているというのに。鷸成は中は半袖だが、羽織っているパーカーがなかなか厚手である。
この中でいち早く熱中症になるとしたら、やはり鷸成だろう。厚手のパーカーを羽織り、しかもフードを被っている。熱の逃げ所があるのだろうか。
まあ、この集団の何より異様なところは、ほとんど長袖の中、汗を流している者が一人もおらず、むしろ寒そうな者までいるというところだろう。
六人はファミレスを出てから、駅に向かっていた。近くの駅である。この街は田舎から見たら都会、といった感じで、高層ビルが建ち並んでいるわけではないが、五分に一本バスや電車が出る。
ティアちゃんの指定は「駅」というだけだった。どこの駅、という指定はなかったらしい。ただ、「駅に行けば、みんなと交流できるようになる」としか言われていない。
というわけで、身近な駅に向かっているわけであるが……
「人混みが……はぐれるなよ」
「今日から夏休みだからかな」
駅は昼間だというのにそれなりに混雑しており、一行は箕輪以外の大体がげんなりしていた。
フェイス──五感のいずれかが秀でた人物で構成されたこの面々はコミュ障、というわけではないが、人混みに放り込まれたら、あまりいい顔はできない。
瞳は人々の動きを逐一認識してしまい、無駄に頭を回転させる。爽は人が人に向ける感情を肌で感じ取ってしまう。夜風は感情臭の渦に耐えられない。鷸成にはただの雑踏も、会話一つ一つが事細かに聞こえるため、脳がキャパシティオーバーを起こす。
睦は……単に人混みが苦手なのだろう。人と接すると、トラブルに発展しやすい、薄幸体質が呪わしい。ちなみに今まででヤバかった事案は「ヤ」のつく仕事の人にぶつかって連れ去られそうになった案件と、子どもにぶつかってしまい、謝ったのだが、子どもが許してもモンスターなペアレントが許してくれなかった事案である。
まあ、その両方の件をフェイスに助けてもらったことがあった。遠い目になる事案だ。
「それにしても、どうして駅なんでしょうねぇ?」
箕輪がふと疑問をこぼす。
「『ティアちゃん』という都市伝説は、人の前に現れて、泣いている理由を聞くと、その人が翌日変死する、というもので、別段、駅とは関わりがなさそうですが」
「んー、確かに。睦くん何か聞いてる?」
爽が箕輪の疑問を受け、睦に問いかける。睦はうーんと首を傾げた。
「駅の理由ですか。考えてもみなかったです。聞いてみますね」
鷸成が耳を塞ぐ。鷸成も声は聞こえるらしいのだが、赤ん坊が五十人くらい一斉に泣き出したような声にしか聞こえないらしい。
しばらく、睦が一人で会話する。そういえば睦にはどのように聞こえているのだろう、と瞳は疑問に思ったが、後回しにした。
やがて、睦が首を横に振る。お手上げのポーズだ。
「駄目です。駅としか言いません」
「それは困りましたねぇ」
「何が困るんだ?」
眉をひそめる箕輪に瞳が真面目に問いかける。
箕輪が意外そうな声を上げた。
「えぇ? 困るじゃありませんかぁ。何が起こるかある程度予測できた方がいいですし、何より、今のところティアちゃんとまともに会話できるむっくんが解せないというのは大問題ではありませんかぁ?」
言われてみると、確かに。睦は「駅としか言わない」と言っていたが。
「だが、今は検証するしかあるまい。とりあえず、近くの駅で駄目なら、一旦帰る。そういう方向でいいんじゃないか?」
ここまで来て、幽霊に対してあまりにも無策であることに瞳は気づいた。これまで睦が幽霊案件をフェイスに持ち込んだことがなかったわけではないが、少し冷静ではなかった。瞳も夏の暑さに当てられてしまったのかもしれない。
リーダーとして、常に冷静な判断と適切な振る舞いをしなければならないのに、と瞳は反省した。とりあえずここまで来たので、ティアちゃんとやらとコミュニケーションが取れるか、何も起こらないことを祈ろう。
何せ、これまでの幽霊案件と異なり、鷸成がコミュニケーションを取れず、夜風が感情臭を読み取れないなど、異例の事態ばかりだからだ。やはり、都市伝説クラスとなると、普通の幽霊とは何か違うのだろう。
気丈に振る舞ってはいるが、幼なじみ──爽も幽霊の雰囲気に怯えているようだし。引き受けたからには解決しなければ。
私たちは、ヒーローになれるんだから。
そうして歩いているうちに、駅に着いた。いつもなら、一人や二人は人にぶつかられる薄幸少年睦は何事もなく、辿り着いた。
前例があるため、先頭を行く睦から目を離さないようにしていたが……今日は妙だ。誰もが睦を避けて歩いているような気がする。都市伝説の中でも不吉に不吉を極めたティアちゃんの存在に勘づいているのだろうか。
幽霊の存在というのは、特に瞳たちのように五感や直感がなくても、感じられたり、見えたりすることがある。これまでの幽霊案件でもそういうことはあった。都市伝説レベルになるとオーラでも違うのだろうか。
「あれみたいだったな」
「あれって?」
瞳の発言にいち早く反応したのは爽だ。幼なじみなので、深呼吸しただけでもまあ、わかる仲である。
「あれだ、水を割るやつ」
「お酒?」
「じゃなくて水がいっぱいあるのをこうばぁんって割る逸話のやつだ」
「あ、モーゼね」
「そう、それだ」
頭を抱えたくなるほどの幼なじみの貧相な語彙を読み解いたのはさすがとしか言い様がない。が、これは爽も思っていたところである。
「確かに、どちらかというと人にぶつかりがちな睦くんが何もなくここまで来たのは不思議だと思ったよ。でも、幽霊が中指でも立てていたんじゃないかな」
「その心は?」
「超怖い」
こっちはこっちで、頭を抱えたくなる。なんだろう、いつもは頼もしい相棒が輪をかけてチキンになっている。
幽霊案件のときは毎回こう、というわけではない。幽霊に体をすり抜けられたりすると、青ざめたりするが、その程度で瞳とほとんど変わらない、冷静そのものだ。
爽が幽霊でこんなにびびるのなんて、未就学児のとき以来ではなかろうか。
「あらあらぁ、爽くんったら可愛らしいですねぇ。爽やかイケメン眼鏡から男の娘眼鏡にジョブチェンジですかぁ?」
「ジョブチェンジって……っていうかそれ僕の本体眼鏡みたいな発言になってるからやめて」
箕輪は瞳の次に爽と付き合いが長い。爽の気質もそれなりに理解している。その上での発言だろう。たぶん。
爽の眼鏡については、瞳の中では不思議案件だ。学校の七不思議より不思議である。爽のファンという女子たち曰く「爽くんは眼鏡を取ってもイケメンだわ! むしろイケメン度が増してる!!」という話なのだが、瞳には眼鏡を取った爽は目が3になっているようにしか見えない。瞳は視力の良さが自慢なのに、と一人謎に思っている。
「みっちゃんは相変わらず辛辣だな~」
雑音にだいぶ慣れたらしい鷸成があはは~と笑う。まだ顔色はよくないが。まあ、
鷸成のためにも、もちろん睦のためにも、この案件は早めに片付けた方が良さそうだ。
と、駅の構内まで来たのはいいが……
「え? なんだって?」
ティアちゃんが睦に向かって話しかけているのが瞳には見えた。今朝目が覚めたらそこにいてびっくりした、という話が信じられない程度に親しみのある話し方に見えたが。
「そういうことは早く言ってよ!!」
普段穏やかな方の睦がわりとガチで怒鳴ったため、一同の目が点になった。周囲からも注目を浴びる。
「ちょっと、ここ駅なんだから電話は静かにしなよ」
「電話越しでもガチギレされたら怖いんですから、落ち着いてくださぁい」
すぐさまフォローに入ったのは爽と箕輪である。すかさず、携帯電話を握っていないことを悟らせないために、夜風が睦の利き手側に立った。
電話相手に怒鳴るとは、今時会社の上司でもドラマくらいでしかしない、と思ったが、まあ、筋は通らなくもない。瞳は鷸成共々、突然の怒鳴り声に驚いて固まっているふりをした。いや、鷸成は耳がいいので、ふりではなく素でフリーズしたのだろう。
睦もこちらの様子を察したのだろう。なんとなく雰囲気を出すために言葉を選んで話し始めた。
「人が多いと駄目? そんな五人も六人も招いておきながら、人が多いと困るとか、そんなん変わらないでしょ。君に任せて動いてるこっちの身にもなってよ」
睦の言っている内容から、他五人は察する。
つまり、ティアちゃんは「こんなに人の多い駅じゃ駄目」とか、そんな感じのことを言ったのだろう。確かに、そういうことは早く言ってほしかった。途中救急車の音にやられた鷸成や感情臭の渦の中耐えて歩いてきた夜風、そしてこの暑さの中歩いてきた全員の苦労が何だったのか、という話になる。
衆目が離れていくまで、睦は適当にぶつぶつと呟いていた。しばらくして、辺りが落ち着いてきた頃に、瞳がひっそり、睦に声をかける。
「どうだって?」
「ええと……」
お茶を濁しながらも睦は答えた。
「ティアちゃんが言うには、『こんな人の多い場所でやるのは嫌だ』と」
「できないのではなく、嫌なのか」
それは早く言ってほしかったというより、ここまで来て我が儘を言われたようなものだ。幽霊一人に振り回されていられるほど、フェイスのメンバーは暇ではない。
瞳と爽は夏休み明けに準備が始まる文化祭について、生徒会で動き始めなければならないし、夏休みの宿題だって、当然ある。家の大きい箕輪なんかは付き合いで客の出入りもあるだろうし、知り合いを呼んで、納涼会としてお茶会をするとか言っていた。鷸成はこれでいて三人兄弟の兄だし、夜風は受験勉強もある。
そんなに暇ではないのだ。小学生の頃と違い、やることが格段に増えた中学校。夏休みだからといって一秒たりとも無駄にはできない。
「で、この近くには無人駅とかないって話したら、『駅はここでいい』って」
「? どういうことだ」
「要するに」
爽が割って入る。
「夜に来いってことでしょ? 夜、終電が終わってからなら、駅にそんなに人はいない」
「酔っ払いに絡まれそうで怖いが」
「見てたでしょ、瞳。ティアちゃんは人が無意識に避けるんだって。でも、この駅構内の人を全員退けられるほどの力は持っていない。それと……僕らの能力のこと、わかってるんじゃないかな」
なるほど、と納得しかけたが、付け足された一言に「は?」とわりときつい声が出た。
「能力? 五感のことか?」
「うん。睦くんの直感のこともわかってるんじゃないかな。わざわざ睦くんを選んだように僕は感じるよ」
触覚が優れているという爽は時折未来予知めいたことを言う。まあ、身も蓋もない言い方をすれば、相当胡散臭い発言をするのだ。明日から一週間雨だとか、この墓地はまじで出るから肝試しはやめよう、とか。
感覚的にわかるらしいが、直感に通じるところがあるのかもしれない。けれど、彼が触覚に優れているとされる理由には、風の感覚で天気がわかる、とか、空気で何もないはずのところなのに何かに触ったような気がする、とか、触れられるものから情報を得ているからだ。
睦は完全に方向性が違う。その予知的な発言の根拠は全て勘。風とか雰囲気を洞察したわけではない根拠のないところから全て当てるから、彼はいっそう気味悪がられるのだ。
「おかしいじゃないか。耳のいい鷸成くんが、『幽霊の言葉を聞き取れない』なんて。これはわざと妨害しているか、睦くんだけに聞こえる特殊な声を使っているかのどちらかだよ」
確かに。鷸成は多少お馬鹿ではあるが、幽霊案件においてはフェイス内で幽霊と対話できる唯一の存在として活躍していた。
それが、今回は常に耳を塞がなければやっていられないというのはおかしい。どんな手法を使っているにせよ、ティアちゃんが普通の幽霊とは違うことは断定していいだろう。
こちらの手の内が筒抜けな上で、相手の情報が一切わからないというのは恐ろしいことだ。それが、時間を取ってくれる。これはむしろ受け入れるべき状況だ。
酔っ払いに絡まれる可能性がゼロなわけではないが、これでもこの街は治安がいい方だ。
瞳が色々天秤にかけている傍ら、夜風がいいんじゃないか、と声を上げる。夜風が話し出すのは珍しいことだ。
「私は今年は受験、志望校に受かるかもわからない。そしてフェイスのメンバーはそれぞれ、違う高校に入るかもしれないだろう? そうなったら、もうこれまでのように活動できなくなるかもしれない。要するにこれは確約された最後の夏だよ」
確約された最後の夏──その言葉に瞳は一気に現実に引き戻されたような気がした。他の者も同じだった。
瞳はメンバーの中でも現実主義な方だ。にも拘らず、何故そのことに思い至らなかったのか。
何故、これからもずっと睦が持ち込んでくる事件やらで振り回されて、笑い合うと思い込んでいたのか。
夜風は瞳たちの先輩、中学三年生だ。高校受験を控えている。どれだけ大目に見たって、この夏休みが最後で、あとは忙しくなるだろう。それに、明日は我が身だ。瞳、爽、箕輪、睦も来年には同じように、受験を控える身。人によっては中二の夏から高校受験に備えている者までいる。瞳はどちらかというと、そちら側で、何事もなければ夏休み、もしくは夏休み明けには高校の検討を始めようと思っていた。
けれど、このメンバーが離ればなれになるなんて、何故か思っていなかった。
「そうか、最後の夏か」
それなら、と瞳は顔を上げ、自信に満ちた表情で宣言した。
「しっかり準備万端で、楽しまないとな」
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