きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん、きーんこーんかーんこーん……

「うー……音が歪んで聞こえる……」

 そう呟いて顔を歪めた男子生徒が一人。ホームルームも鐘と共に終わりを告げたため、彼はバッグから愛用のヘッドフォンを取り出し、校則違反になるため着ていなかったパーカーを羽織る。

 ヘッドフォンもパーカーも情熱を連想させるぱりっとした赤。自らの髪も赤みがかっており、ヘッドフォンとパーカーを装備すれば、先程までの憂鬱そうな表情も一変。見るからに元気っ子といった感じの輝きを目に灯す。

「いえーい、とうとう夏休みだね! みんな!!」

「いっつーテンションたけぇな、相変わらず」

「待ちに待った夏休みー」

「夏休みの宿題」

「言うな」

 あっという間にクラスのムードを作り上げた少年。ヘッドフォンとフードというアイテムの陰鬱さを打ち消すほどのテンション。まさにムードメーカーというやつだろう。

 一年四組所属、後藤ごとう鷸成いつなり。「いっつー」や「いっくん」「いっちゃん」などと呼び親しまれている。明るい性格で少しお馬鹿なところがあるが、それもチャームポイントとして受け入れられている、クラスの中心人物だ。

 そんな鷸成が、パーカーのポケットに入れていたスマホのバイブ音に気づく。開いてみると、グループチャットの通知だった。

 グループ名は「FACE」、新しく通知を送ってきたのは「箕輪美月」である。

「みんなに通達です。むっくんから調査の依頼がありました。リーダーの了承を得ましたので、詳しい話はいつものファミレスで」

 内容はとても簡素だ。いつものファミレスか……と鷸成は遠い目をする。

「うおっ、そ、それ、二年のマドンナって呼ばれてる箕輪先輩からじゃん。鷸成いつの間に知り合ってたの!?」

「え、みっちゃんとは小学生の頃から知り合いだよ?」

「みっちゃんやて!?」

 教室内が動揺に満ちる。鷸成はしまった、と思った。つい普段の癖で箕輪のことを渾名で呼んでしまった。

 辺りが随分な騒ぎとなる。鷸成は歪みそうになる顔を必死で笑みに変えた。

「そうそう。友達なんだよ~。俺の方が年下なんだけど、分け隔てなく接してくれてね。めっちゃいい人だよ~」

「マジかよ、うらやま」

「ってか連絡先交換してんの!?」

「ん、家近いからね~」

「今度紹介してくれよ」

「情けないこと言わないで自分から話しかけなよ~」

 わりとしつこい同級生から逃げるようにスクールバッグを肩にかけ、教室を後にした。

 足早に昇降口から外に出て、誰もいないことを確認し、鷸成はヘッドフォンの両耳の部分を押さえつけ、しゃがみ込んだ。ふぅー、と深い溜め息を吐く。

「あー、みんななんであんなに五月蝿いの……耳壊れるかと思ったじゃん」

 大袈裟なような発言をひっそりする鷸成。けれど本気のようで、よほど辛かったのか、眦に涙が浮かんでいる。

 それをフードで隠し、ぐしぐしと服の袖で拭うと、鷸成は決然として昇降口から出た。

「それにしても、ろっくんはトラブルに事欠かないな~。まあ、幸薄い自覚あるみたいだから言わないけど~」

「鷸成」

「!!」

 細い、女性の声だった。鷸成の知り合いではあるのだが、思わずびくついてしまう。女子に涙目を見られるのは男の恥……というわけではなく、単に突然声をかけられて驚いたらしい。

 振り向いた先にいたのはすらっと背の高い少女。まだ成長期の来ていない鷸成より背丈がある。長いぬばたまの髪を下ろし、少し陰気な感じの漂う、感情が死んだような目をしていた。

「よかちゃん」

「……一応私は先輩なんだが」

 篠宮しのみや夜風よかぜ。それが彼女の名である。鷸成とは付き合いがそこそこに長い。見た目通りとても陰キャなので気づいている者は少ないが。

 この学校の三年生で、本人の言う通り、鷸成からしたら先輩である。

 鷸成がむう、と唇を尖らせた。

「今更『篠宮先輩』とか呼んでも違和感しかないよ~。よかちゃんだってそうでしょ~?」

「体面くらいは保ちたい」

 まあ、先輩なのだからそうだろう。いくら日陰を好む存在だからといっても、先輩後輩関係くらいはまともに持っておきたいものだ。

「わかりましたよ~、篠宮先輩~」

「やっぱりよかちゃんで」

「どっちなの!?」

 鷸成の鋭いツッコミが炸裂するものの、夜風はどこ吹く風である。

 それより、と夜風はスマホを取り出した。

「箕輪から連絡が入っていたようだが……どんな内容だ?」

「え、自分で見なよ」

「それがな……パスワードを忘れてしまって開けないんだ……」

「馬鹿なの? パスワードどこかにメモしてないの?」

「メモはしたんだが……スマホのメモ帳でな」

「馬鹿なの?」

 要するに、スマホが開けず、スマホの中のメモ帳も見られるはずもなく、結果、ロック画面にパスワードを入力できないらしい。とんだお馬鹿さんである。

 まあ、そもそも夜風は機械音痴なところもあるので仕方ない。それと短期記憶ができないため、パスワードもろくに覚えられない。

 手のかかる先輩だなぁ、と思いつつ、鷸成は夜風のスマホを借りる。

「ん、さっすがよかちゃん。みんながうざいと音消してる番号入力音つけっぱなしだね。これならいける」

「本当か」

「でもあとでパスワード変えるか、パスワード式のロックやめるかしなよ?」

「うぬ……」

 鷸成はぴぽぱ、と軽やかに数字を打ち込んで、ロックを解除する。

「恩に着る」

「そこは普通にありがとうでよくない? あ、みっちゃんからのメッセージはグループチャットに来てるからね」

「……グループチャットってどうやって開くんだ?」

「あー、もう!! いい加減覚えなよ!! 説明しながら行くから靴履いて!!」

 本当に手のかかる先輩である。

 それから、靴を履いている間に再びロックがかかったり、変なボタンを押して、変な広告に引っ掛かったりしそうになりながら、ようやく夜風はチャットページに辿り着いた。鷸成の苦労は語るまでもない。

「いつものファミレスか……目的はオリジナリティ溢れるミックスジュースだろうな……」

「だよね~。みっちゃんはいい子だけど、あの趣味だけは理解できない」

 二人の言うオリジナリティ溢れるミックスジュースとは、小学生男子なんかが修学旅行やらファミレスのドリンクバーでよくやるあれである。見た目に反してファンキーな趣味を箕輪は持っているようだ。

「しかし、鹿谷も鹿谷だな。毎度毎度よくもまあこう厄介事に見舞われるものだ」

「それね~」

 そう、睦が箕輪たちにこうした困った案件を持ち込むのはこれが初めてではない。小学校のときからよくあることなのだ。

 まあ、巻き込まれているのは、睦に手を差し伸べる者が他にいないから、というのもあるし、付き合いが長くなってきたから、なんだかんだ、仲間意識のようなものが芽生えているのかもしれない。

「今度は何だろうね~。俺は面白ければいいや~」

「面白いってな……」

 夜風はちら、とフードを被った後輩を見る。

 本当は、面倒事など嫌なのだろうに、とは思うが、夜風が見るに、鷸成が嘘を言っている様子は見られない。まだ小学生感が抜けていないのだろう。

 そんな鷸成を子どもっぽいと周囲は見るだろうが、鷸成は鷸成で苦しんでいる。夜風にはわかる。付き合いが長いから云々ではなく、そういう「感情臭」がするのだ。

 夜風や鷸成が所属するグループ「フェイス」はそういう人間ばかりで構成されている。まあ、「だからこそ」かもしれないが。

 歩いているうちに件のファミレスが見えてきた。暑い日に涼を求めてファミレスに入る客は少なくないが、実は箕輪の「いつものファミレス」は穴場らしく、真っ昼間の稼ぎ時であろうこの時間も、あまり人は多くない。

 人が多くない方が夜風たちグループの人間も安心なので有難いが、一方で、「箕輪が手を回している」という噂もある。まあ、手を回しているというか、箕輪はああ見えて大食いなので、店の中は嬉しい悲鳴(?)に溢れていることだろう。忙しすぎて。

 店に入るとクーラーが効いていて、こんな暑さの中長袖だった二人には極楽であった。そもそも何故こんな暑い日に長袖なのか、と周囲からは言われるが、まあ、理由は人それぞれあるものだ。

 えーっと、と店を見回す鷸成。その耳にこっちです、と箕輪の声が届く。

 そちらを見ると、店の片隅で、外から日が射し込まない内側の団体席を取っていた。箕輪が既にアイスの乗ったデザートプレートを五皿ほど注文しており、うち四皿は既に綺麗さっぱりと片付けられていた。

 鷸成と夜風に手を振る箕輪の向かい側で、団体席を二人で乗っ取っている気まずさからか、それとも箕輪の驚異的な食欲からか、震えている睦が肩身が狭そうに縮こまっていた。

「やあ、二人共、待っ……」

 二人に声をかけようとした途端に鷸成がヘッドフォンを押さえて蹲る。夜風が背中をさすりながら、心配そうに顔を覗き込む。

「大丈夫か?」

「……うん」

 夜風はうーん、と唸った。他の店より空いているとはいえ、全くの無人というわけではない。本来、人のいる場所があまり好きではない鷸成にはきついところもあるだろう。

 夜風も例外ではない。実際、どこの席やら、ものすごい香水の匂いが漂い、しかも香水の種類が一種類ではないので、食事の匂いと入り交じって、鼻がひん曲がりそうな思いをしている。

 目を離していたのはほんの数秒だというのに、ワンプレートをあっさり平らげた箕輪が、こちらに向かってくる。

「大丈夫ですか、二人共。あの席はエアコンの真下なので、風向きとか違いますから、いくらか楽ですよ」

「ありがとう。鷸成、立てるか?」

「うん」

 と、席に近づくが、鷸成は辛そうだ。崩れ落ちるようにどさりと椅子に凭れた。

「うー……」

「大丈夫?」

 睦も心配したように声をかけてくるが、そこで鷸成ははっと目を見開いた。

「ろ、ろっくん、一体何連れてるの? 耳がきんきんするから泣くのやめてほしいんだけど」

「!!」

 睦が驚く。それもそうだろう。自分にしか見えていないし、聞こえていないと思っていたのだ。

「鷸成くん、見えるの?」

「え、何が?」

「幽霊ですよぉ」

 箕輪がおっとりと微笑む。

「ざっくり言うと、今回むっくんは幽霊に取り憑かれたのを困って私たちに声をかけたらしいんですぅ」

「幽霊……」

 ではこの頭にきんきん響くような泣き声はその幽霊のものだということだろうか。

 幽霊、泣き声……何か思い出せそうだ。

「都市伝説……『ティアちゃん』……」

「あー! それ自分で思い出したかった~」

 思考の最中に答えを夜風に言われた鷸成は不平たらたらに言う。空元気かもしれないが、それくらいの元気はあるようだ。

 箕輪はあらあら、と上品に口元に手を当てて笑う。

「私よりこの二人の方が詳しいようですよ? むっくん」

「そんなに有名な都市伝説なの?」

「ううん。マイナー中のマイナー。俺はよかちゃんの趣味に付き合ってたら覚えた」

「えっ、篠宮先輩の趣味って?」

「肝試しだよ」

 やっぱり、という顔になる睦。実際話すとなかなか楽しい先輩なのだが、普段、目立たないように陰キャを演じているため、趣味が実際陰キャっぽくなっている。

「いいじゃないか。夏といえば納涼、納涼といったら肝試しや怪談話は欠かせない」

「俺はかき氷がいいな~」

「あら、ここ、今年から新しい嗜好のかき氷出してるんですよ? 頼んでみますか?」

「え、どんなの?」

 メニューを広げ始める箕輪とそれに食いつく鷸成。睦がひきつった笑みを浮かべる。

「ティアちゃんのことはもういいの?」

「かき氷食べて頭きんきんにして誤魔化す!」

 根本的解決になっていない。

 仕方がない。ここには話を仕切るタイプの人材がいないのだ。鷸成はご覧の通り、その場しのぎで済ませてしまうタイプだし、夜風は会話は楽しいが、話し合いとなると無言になるタイプだ。箕輪も、依頼を繋いではくれるが、仕切ってくれる様子はない。

 こういうことはこのグループの残りの二名の得意分野だ。二人が来るのを待つしかない。

「え~、何これ、ポッピンシャワーかき氷って~。ラムネ入ってるの~?」

「あとあの綿菓子にたまに入ってるぱちぱちする飴も入ってるみたいです」

「かき氷の概念崩壊してない~?」

「どの辺がポッピンシャワーなんだ」

 論点があっという間にずれていく三人を前に大丈夫だろうか、と睦は若干不安になった。

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