病床に臥せる劉義賢

 ここ、涼州の武都にて、病床に臥せっている男がいる。

 その男の名前を劉丁義賢という。

 益州侵攻軍の総大将という大役を受けたのだが治らぬ病によって、病床に臥せっている。


 義賢「ゴホッ。ゴホッ」


 まさか、この俺が伏龍と呼ばれし大軍師の諸葛孔明と同じように、司馬仲達に死を待たれる存在になるなど誰が想像できたであろうな。

 だが、俺が敵でもこうするだろう。

 だって、どこの世界で死に戻りができる人間の存在など看過できる?

 そんな人間、恐ろしくて敵わん。

 自然死を待つのは、当然のことだ。

 だが、司馬仲達よ。

 お前は既に詰んでいる。

 最初のミスは、曹丕と曹操を仲違いさせるために曹仁たちの子供を人質に取ったことだ。

 確かに一時なら大きかったかもしれん。

 だが、長期戦となれば、それは悪手となる。

 それに坊ちゃん体質の曹丕のことだ。

 いずれ、その裏に誰かの入れ知恵があった事は、想像するに難く無い。

 そして、次のミスは曹操を殺しきれなかった事だ。

 お前は、例え奉先が現れたとしても断固として曹操の暗殺を成功させるべきだった。

 その可能性を完全に俺も潰せたわけでは無かったからな。

 奉先なら曹操を助けられる。

 その可能性が高かっただけのこと。

 お前がなりふり構わず曹操の暗殺にだけ、注視していれば、恐らく俺の打つ手の一つは潰されていた。

 そして、最後のミスは、この俺の顔に死相を見て、時間稼ぎを選んだことだ。

 そうすることで、お前は背後を完全におろそかにした。

 俺が曹操を抱えたと思い込んでな。

 ククク。

 曹操を抱えることなどできるはずがなかろう。

 我が兄上と曹操は相容れぬ思想なのだから。

 いや、違うな。

 正確には、どちらも目指す先の世は同じなのだ。

 その方法や過程が違うだけでな。

 俺は兄上の描く王道思想というものに惹かれただけのこと。

 だが、その王道とて、覇道と然程変わらないことがわかった。

 覇道の先にあるのが王道か。

 兄上からこの話をされた時、俺は的を射ていると思った。

 王道とは、仁義に基づいて国を治める方法のことを言う。

 それと対を為すのが覇道。

 即ち、武力と権謀によって、国を治める思想のことだ。

 だが王道と言うが兄上の歩んできた道もまた覇道の道なのだ。

 要は、覚悟の違いだ。

 曹操は、凄まじい精神力の持ち主だったのだろう。

 例え、己の手を汚しても国を統一し平和な世を目指そうとした。

 そして、それを覚悟を持って歩むと決めたのだ。

 我が国で言うところの異端児などと呼ばれた信長公もそういう人だろう。

 だからこそ、人は興味を惹かれるのだ。

 それと別の思想を持ち抗った人間を英雄視する。

 我が兄上のことだ。

 所詮、俺は演義を読み、この世界のことを知った気になっていた知ったかぶり人間だ。

 現実は程遠い。

 俺は、何も考えず得意な弓で、平気な顔をして人の命を奪ってきた大量殺人鬼なのだから。

 だが、この世界では、多く人を殺せば褒められる。

 報奨される。

 だが、考えてみて欲しい。

 例えこの世界でも、愛する家族がいて、帰りを待つ家族がいるのだ。

 好き好んで、死にたい人間など1人もいない。

 戦争とは、人の心を殺す悍ましい行いなのだ。

 こんなこと、一刻も早く終わるべきなのだ。

 曹操とは、それが理解できていたのだろう。

 だからこそ己の手を汚す決断をしてでも平和な世界を作りたかった。

 誰だって王道を歩めるのなら歩みたいだろう。

 話し合いで解決できるならそうしたいだろう。

 でもできないことがある。

 覇道とは孤独な異端児なのだ。

 でも、それだけの覚悟を持った精神力の持ち主だ。

 フッ。

 俺がこんな言い方をしたら曹操に感化されたと思われるな。

 兄上には、自分が歩んできた道もまた覇道だと認識させるわけにはいかないということだ。

 それを認識して仕舞えば、兄上の心はきっと壊れてしまうから。

 側で見ていてよく分かった。

 同族を倒す選択を取らせた時も兄上は、いつもどんな時も悲しい顔をしていた。

 話し合いで解決できないのかと。

 どうして、人は死なねばならないのだと。

 だから俺はできる限り兄上を悲しませない選択を最善手を打ち続けてきたつもりだ。

 それでも多くの死傷者がいることもまた確か。

 俺自身、その覚悟を心に刻めたのは、率いた兵を全滅させるに至ったからである。

 彼らにも家族がいた。

 その大事な家族を殺した敵がいた。

 譲れない想いがあった。

 例え、死ぬことがわかっていても遂げさせてやりたい本分があった。

 だが、俺は理解できていなかったのだ。

 人は死ねば物言わぬ土塊と化すだけだということを。

 この世界の俺ももうすぐこの物言わぬ土塊となるだろう。

 その時、兄上の心は壊れずに居られるだろうか?

 俺はそのことだけがずっと心残りなのだ。

 いや、兄上には支えてくれる臣下や義兄弟たちがいる。

 きっと大丈夫だろう。

 この世界は歪だ。

 本来、死ぬはずだった人間の多くが生存して、この時代を生きている。

 そして、呪術などという我が国でおける陰陽道のようなものが蔓延っている。

 こっちでは、方士というみたいだが。

 我が国における安倍晴明みたいな存在が左慈というわけだ。

 不思議なことが起こる世界か。

 全く、ここまでのことを経験して、心が壊れることのなかった己を精一杯褒めてやりたいものだ。

 そう思って、俺が寝込んで半年後のことだ。


 士仁「殿、戦況の報告を。司馬仲達、準備を整えた曹孟徳による奇襲を受け、壊滅。鍾繇・鍾会父子は遺体で見つかりましたが司馬家の者は、誰1人として見つからず。その行方は、誰にもわからないとのこと」


 義賢「そうか。ゴホッ。ゴホッ。報告御苦労だった。下がって良いぞ」


 士仁「はっ」


 つくづく、悪運の強い男だ。

 そう、結局歴史は変わらないのだろう。

 兄上が天下をとった後、どういう形であれ、司馬家のものとなり、晋が建国される未来は変わらないのだ。

 それが歴史の修正力というやつなのだろう。

 まぁ、良い。

 何度やっても殺せないのなら仕方ない。

 そういうものだと諦めよう。

 俺の役目は、きっと兄上に天下を取るという夢を見せてあげることなのだから。

 その先のことなど知らん。

 後のものが勝手にやれば良い。

 それは、俺の役目ではないということなのだから。

 さて、総仕上げといこう。

 曹操よ。

 天下を掴むのは我が兄なのだ。

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