外科の名医と呼ばれし者

 劉豹は、斬られた腕を抱えて飛び出したところで、とある人物とぶつかる。


 劉豹「うっ。ハァ。ハァ。失礼した。先を急ぐのでこれで」


 ???「やれやれ。劉義賢とやらは本当に何者じゃ。ここにワシの力を必要とする人間が現れるなどと。見たところ腕を斬り落とされたようだな?」


 劉豹「うっ。貴殿は?」


 ???「これは失礼した華佗と申す。恐らく貴殿が目指しているであろう場所の医者じゃ」


 劉豹「うっ。なんと!?渡りに船とは、まさにこのことであろうか。この腕では、愛する者をこの手に取り戻すことができん。頼む。この腕を。この腕を」


 華佗「わかった。わかった。腕を斬られて、気を失うことなく。ここから荊州の奥地を目指そうとしてあったとはな。その胆力、凄まじいものである。だが、それでは到底間に合わなかったであろうな。貴殿は、ワシにここに来ることを頼んだ者に感謝することじゃ」


 劉豹「うっ。ハァ。ハァ。どういうことだ?」


 華佗「時間があまりないということじゃ。すぐに縫合するが相当な痛みが伴おう。耐えられるか?」


 劉豹「うっ。俺を誰だと思っている。蛮族だが漢室の血を引く誇り高い家だと自負している。蛮族は奪う者。奪われる側になってはならんのだ。愛する妻が俺の助けを待っているのだ。痛みなど耐え抜いてくれよう」


 華佗「そうか。では、この布を咬むのだ。ここはまだ敵地。声を出して気付かれるのは、得策ではないのだろう?」


 劉豹「うっ。ハァ。ハァ。確かに、な。俺としても騒ぎを大きくして、兵らに駆け付けられるわけには行かない」


 華佗「うむ。では、すぐに腕を縫合してやるとしよう。幸いにも斬られて、時間はそんなに立っておらん。縫合すれば元通り動かせるようになるかもしれん。だが、暫くの間は、絶対安静を命じる。そのためワシと共に診療所の方にまで来てもらうこととなるが構わないな?」


 劉豹「うっ。ハァ。ハァ。そんな時間はない!この間にも愛する妻が俺じゃない誰かの慰み者に。ハァ。ハァ」


 華佗「気持ちはわかる。だが、その状態で、取り返せるほど敵は甘くなかろう?そうでなければ、ここまでの大怪我を負うことは無かったであろう?医者として、直ぐに動くことは許可できん。守れぬと生き急ぐのなら手術はせぬ」


 劉豹「うっ。ハァ。ハァ。それは困る。わかった。安静にする。だから、この腕を」


 華佗「承知した。では、失礼する」


 劉豹「うがぁぁぁぁぁぁぁ」


 華佗は劉豹の斬られた腕を器用に縫合し始めるのだがこの時代に麻酔などない。

 勿論、痛みはもろに伝わり、あまりの痛みに劉豹は、大きな悲鳴をあげた後、痙攣して泡を吹いて気絶する。


 華佗「なんじゃ。男らしく大丈夫じゃと言っておいて、呆気なく気絶しおってからに。結局、ワシが背負って診療所に運ばねばならんではないか。その前に腕を固定せねばな。場合によっては、再縫合もせねばならん。やれやれ、この男を救うことにどのような意味があるのか知らんが。彼奴のお陰で、医療とだけ向き合えることも確かじゃ。これぐらいの苦労は甘んじて受けてやるわい。じゃから、生き急ぐな若人よ。という歳でも無くなったな。治してやれたら良かったのじゃが。ワシに張角に張宝と雁首揃えて、診察してもわからんかった。覚悟に満ちたお前の顔を見て、安静にせよとは言えんであろう。医者として、絶対に送り出してはならんのに、なすべきことをなせと言わせたのだ。しっかりせよ劉義賢よ。こちらは、お主との約束通り、1人の男を助けたぞ」


 華佗は、遠く涼州の方へと目を向けて、そう呟き、劉豹を背負って、張角診療所へと戻る。


 張角「華佗殿、そちらが?」


 華佗「うむ。恐らく劉義賢が申していた人物であろう」


 張角「どうやら、壊死していない様子。これなら腕も」


 華佗「問題なかろう。だが、動かせるようになるまで、数ヶ月はかかろう」


 劉豹「うっ。ここは?さっきの話は、俺の?数ヶ月だと!?」


 張角「目を覚ましたか。ようこそ、ここが荊州奥地にある張角診療所じゃ。イテテテテ、コラ。お前たち、ワシの髭を引っ張るなと」


 再び人質に取れらないようにここで預かっている曹家の子供達に遊ばれている張角。


 曹泰「だって、爺ちゃん先生の髭、面白いんだもん!」


 李禎「ダメだよ。曹泰君、そんなことしちゃ。張角先生も困ってるよぉ〜」


 楽綝「でも真っ白なのに引っ張っても取れないんだもんなぁ〜。不思議だよな〜」


 曹爽「フン。チラッ。俺はお前らと絶対に馴れ合わんぞ。チラッ。それに、許しを乞うつもりも無いからな。チラッ。俺は、弟たちのために当然のことをしたまでだ」


 曹義「チラッ。兄上のことは、誰も責められないはずだ。チラッ」


 曹訓「じいじのひげ〜」


 曹泰「おっ。曹爽君と曹義君と違って、曹訓君には、この楽しさがわかるよな」


 曹訓「うん」


 張角「やれやれ。いつからここは託児所に」


 柊「賑やかなのもたまには良いではありませんか。それに産まれてくるこの子のための練習だと思えば」


 張角「はぁ。それもそうだな。失礼。騒がしくしてすまなかったな」


 劉豹「いや。構わん。子供というのは、これぐらい元気がある方が良いだろう。俺は、ここを失礼する」


 華佗「また、1人で挑むつもりか?そんなことをしてもまた同じようになるだけだ」


 劉豹「しかし、司馬懿は許せんのだ!」


 曹泰「司馬懿だって!?おっちゃん、司馬懿と戦ってんのか?それなら俺たちの親父に協力してあげてくれよ!おっちゃん、1人で挑もうとするぐらい勇敢で強いんだろう。そのためにもその糸巻き腕、ここで治そうぜ」


 劉豹「糸巻き腕?」


 曹泰「うん。その腕のやつ。おっちゃん、怪我したんだろう?無理したらダメだぜ。大事な人を助けるためには、時には立ち止まる時も必要だって、俺を助けてくれた英雄じゃ無かったヒーローが言ってた」


 劉豹「時には立ち止まる時も必要か。こんな子供に諭されるとは、な。承知した。俺も無理せずこの腕を治すとしよう」


 曹泰「それが良いよ。おっちゃん」


 劉豹は数ヶ月は、かかると思われたリハビリを1ヶ月程で、こなし、腕も元通り動かせるようになった。

 そして、匈奴を率いて、司馬懿と戦う曹操の元に馳せ参じることとなるのだが、それはまた別の話である。

 次の物語は、劉義賢のいるここ武都である。

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