多勢に無勢

 劉豹は鍾繇の言葉を聞いて走り去った蔡文姫を追って、ここまで来た即ち、ここにいる匈奴の兵なんてものは居ない。

 強がっただけである。

 この状況は、全く想像していなかった。

 いや、話し合いで方を付けるつもりだった。

 ところが突然武器を取り出して、鍾会が襲いかかってきたのだ。

 そのスニークスキルの高さに驚愕していたのは劉豹の方だった。

 常日頃から命を狙われている匈奴の長という立場でなければ、恐らく防げなかっただろう。


 鍾会「へぇ。やるじゃないっすか」


 劉豹「これが答えということで、構わないな義兄。いや司馬懿よ!我ら匈奴を敵に回すという選択を」


 司馬懿「やれやれ、こうも言いがかりをつけられては敵わん。挑んでくるというのなら迎え撃つだけのこと」


 鍾会「右脇がお留守っすよ!」


 劉豹「御忠告どうも。ウラァ」


 鍾会「大剣じゃ短剣の素早さには、追いつけねぇっすよ」


 2本の短剣を器用に使いこなす鍾会を相手に、劉豹は苦戦を強いられていた。


 劉豹「はぁはぁはぁ。口先だけではないようだな。随分と手強い」


 司馬懿「これだけ大きな騒ぎであるにも関わらず誰も来ぬところを見ると、どうやら2人だけで来たようだな?その蛮勇が命取りとなるのだ」


 劉豹「今更、こんなこと言っても信じてもらえないかも知れないが、話し合いで方を付ける予定だった」


 司馬懿「難癖を付けられて、話し合いで解決できるとでも?ちょうど良い。文姫には、別の相手に嫁いでもらう必要が出てきたのでな。返してもらうとしよう」


 蔡文姫「嫌よ。このクズ!」


 司馬懿「いやはや。随分と嫌われたものだ。昔は、仲達にぃちゃんと行く先々で後ろをついてまわる可愛らしい義妹であったというのに。そうか、人格まで蛮族に嫁いで変わってしまったのだな。哀れなものよ」


 劉豹「我が妻は誰にも奪わせん。匈奴は奪う側。奪われる側であってはならんのだ!」


 鍾会「そういう考え古臭くないっすか?今時、流行らないっすよ」


 劉豹「グハッ」


 蔡文姫「劉豹様!?」


 飛び出そうとする蔡文姫を止める劉豹。


 劉豹「案ずるなかすり傷だ」


 鍾会「いやいや。強がるのは良くないっすよ。結構、深く切り裂いておいたんで」


 劉豹「フッ。これぐらいの傷、匈奴の男なら勲章みたいなものだ」


 鍾会「へぇ。言ってくれるっすね。じゃあ、次は」


 蔡文姫「やめて!私が悪かったから劉豹には手を出さないで!」


 司馬懿「ほぉ。私が悪かったと?具体的には?」


 蔡文姫「仲達にぃちゃんを疑って、劉豹を巻き込んだ」


 司馬懿「良くできました。では、どうすれば良いかわかるな?」


 蔡文姫「はい」


 劉豹「やめるのだ文姫。聞きたくない。自分を犠牲にする言葉など。匈奴はいつだって奪う側なのだ。大丈夫だ俺が必ずコイツらを」


 蔡文姫「このクソ野郎!蛮族は嫌いだって言ってんだろ?アァ?何が愛してるだ?お前のことなんか別に好きでも何でもねぇよ!アタイが一方的に利用してただけだっつぅの。とっととアタイの前から失せな。弱い男に興味ねぇってんだよ!ペッ」


 そう決別の言葉を述べて、劉豹に唾を吐きかける蔡文姫。


 劉豹「嘘であろう。文姫」


 蔡文姫「気安く、字で呼ぶんじゃねぇよ。これがアタイの素だっての!仲達にぃちゃん、もうこれで良いだろ。こんなクソ旦那よりも良い奴紹介してくれんだろ?」


 司馬懿「あっあぁ(ここまで守るために徹底的に非常になれるとは、お前も変わったようだな。良かろう。それに免じて、この男を殺すことはしないでおいてやろう)」


 鍾会「オッサン、命拾いしたっすね。せいぜい、誰にでも股開く売女に感謝するっすよ」


 劉豹「取り消せ!文姫は売女などではない!それだけは、取り消せ!」


 鍾会「いや、売女っすよ。この後、別の男の元で股開くんすから」


 劉豹「貴様ーーーー!その顔を覚えたぞ。絶対に絶対にこの俺が殺してやる」


 鍾会「怖いっすね。でもオッサン、自分の立場理解できてるっすか?売女に命守られてるんすよ?そうじゃなかったら殺してるっす」


 劉豹「この野郎。ガハッ」


 右腕が吹き飛ぶ劉豹。


 蔡文姫「何で!?言われた通りにしたでしょ!」


 鍾会「勘違いしないで欲しいっす。別に殺しはしてないっす。煩いから腕斬り落としてやっただけっすよ」


 鍾繇「お前という奴は。愚息が申し訳ないことをしたな蔡文姫殿」


 蔡文姫「フン。べ、別に良いんじゃねぇの。元旦那の腕が吹き飛ぼうが今更気にしねぇっての。元々、コイツがウダウダとうるさかったわけだしな。で、アタイの新しい男はどこにいるんだい?」


 蔡文姫は、涙を堪えながらこれ以上、劉豹を苦しめないように嘘の言葉を吐き続ける。


 司馬懿「名医の元に急げば、斬られた手が引っ付くかも知れませんぞ。鍾会は腕が良いですからな」


 劉豹「ぐっ。言われなくてもそうする。司馬懿、匈奴を敵に回したこと必ず後悔させてやるからな。文姫も必ず取り返す。今は、貴様に預けておいてやる」


 司馬懿「負け惜しみなど不要。文姫には優秀な旦那を見繕いますので、今までご苦労様でした劉豹殿」


 司馬懿は蔡文姫を連れて行き、劉豹は愛妻を敵に捕らわれ涙を流しながら痛む腕と斬られた手を持って、荊州奥地にあるという名医のいる診療所を目指すのだった。

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