第7話 君が願ったのは
エルフは長命で美しかった。
だから多くの種族にその美を、その血肉を狙われた。恩恵があるとまことしやかに信じられていたから。竜はベールと親交を深め、そんな異種族からの侵攻を防ぐようになっていたと語った。
けれどその力の行使は、守った長耳族そのものを遠ざける結果にもなったという。残ったのはベールただ一人。
「またも力によりオレは間違えたのだ。自分が変わった気でいた。いや、変わったと思いたかったのか。ベールとしか話していないのに、共存できていると思い上がっていたのだ。もっとも彼女は、自分が長生きだからその内誰か来ると笑っていたがな。……しかし誰も来ることはなかった。お前やあれに寿命はないが、エルフには寿命があった」
僕の知るベールが独りだったように、竜もまた独りだった。
誰にも言えず、ずっと自分の中に閉じ込めてきた。
終わらせなければと言う竜の話は、僕にというよりも自分に言い聞かせているように聞こえる。
「お前とあれが住んでいた図書館。彼女はいつもそこで一人本を読み、時に持ち出し、オレに様々なことを説いて過ごしていた。最期の最期までだ。オレがいかに無知だったか思い知ったよ。彼女から教えられることだけでは、オレは彼女に何もしてやれる事などなかったのだからな。……勇者が赤子と言うわけだ」
そしてオレの後悔と未練で生まれた偶像があれだ。
そう吐き捨てるような言葉を最後に、饒舌だった竜は押し黙った。まるで
話し終えたのかもしれない。速度が上がった。僕の再生も終わっているから、形態も人型に変え、難なく付いていった。
竜との時間は、そのほとんどが戦いだったから、今まで僕に見せてきた態度との差に驚きはする。
きっと竜にとっては悲劇の物語なんだろう。寂しかったのかと聞けば、怒るかも知れないし、今ならもしかしたら頷くかも知れない。
けれど、僕には違和感があった。
確かめる前に、聞いている中で浮かんだ疑問を口にする。
「ねぇ、僕には寿命がないの?」
「お前とあれは、言わば意志を持ったマナだ。願い、作用し続ける限りないと考えていい。もっとも、マナが濃いこの森ではだろうがな」
僕の問いかけに、竜は隠すことなく返答する。
リムーバーゲルだと思っていた自分が
僕は精霊なんだろう。
あの泥地に元はあった湖の水を媒介に僕は生まれ、ベールがリムーバーゲルだと言ったからそう信じていただけ。
そもそも最初は形なんてろくにないのに自分をエルフだと思っていた。きっとそれは、ベールが湖に友達を願い続けていたことで、彼女を見ていたからだろう。
戦いに敗れて泥地で復活していたのは、僕の形を保っていたマナが、竜の攻撃で霧散して、あそこでまた形作られていただけだったということだ。
痛みに鈍かったのは、そもそも実体がないから。
竜が痛みを与えられるのは、マナに干渉していたから。
なら、握られたリーゼの手が温かかったのは、彼女もまた精霊だったから?
ううん、違う。彼女が触れることを望んだからだ。
多分そう確信できることが、竜の語った懺悔に対する違和感の根っこだ。
湖の水が戻っていたのは、僕を願い形作るリーゼに何かがあったから。
それでも消えてなくなっていないのは……竜が僕の存在を友として望んでくれているから。
なら、竜が戦いに夢中でベールを少しでも忘れていた時間、これから向かうベールがまだ消えていないのなら、それは僕がベールのためにって想い続けていたからってことだ。
僕が出会った、歪みと呼ばれたベール。
思い返せば、僕は彼女の笑顔ばかり浮かぶ。
……うん。やっぱりそうだ。
偽りは一つもない。けど、間違っている。
「君の意志が、いまの僕の形を保っているってことで良いんだよね?」
「……あれだけ昔話をしてやったのに、お前は自分のことを聞くのか?」
「え? あぁ、怒らない?」
「何がだ?」
僕はこの道のりで竜の過去を知り、それが悲しいことだと竜は言う。
それを否定することはしない。
でもじゃあ、それが全てだったら、僕が出会ったベールはどうしていつも笑ってくれていたんだろう?
どうして同じ精霊である僕には、木々の声が聞こえないんだろう?
「あのね。君は多分、勘違いをしているよ」
「なに?」
僕の言葉に、竜が呆気にとられた。
「まだ、何も終わってない。確かに君の知るベールは死んでしまった。でも、その後生まれたベールが後悔だけで生まれたはずはないんだ」
「お前に何が分かる!」
「違う! 僕だから分かるんだよ」
竜には、僕の言葉がのん気に聞こえて腹が立ったのかも知れない。でもここで伝えて変わらなきゃ、きっとこれから向かう先のベールは救えない。
「分かるよ。だって僕は、ベールが願って生まれたんだもの。彼女は君みたいに強くない! マナだって使えない! 僕が生まれたのだって、本当に長い長い時間かけて願って、湖のマナを変えたんだ。自分が願ったからなんてことも知らない! ずっと独りで。でも、その独りぼっちの時間も過ごせたのは、どうして? 僕が彼女の笑顔ばっかり覚えているのは、どうして?」
「そんなものは知らん。気でも触れたのだ!」
「バッカじゃないの!? ベールは森の木々たちの声が聞こえた。いっつも話してたんだ。同じ精霊なのに僕にはできない! じゃあそれはどうして? 竜よ、君が彼女の孤独を嫌って、願ったからだ!」
「なっ……そんな、バカな」
「何回だって言うよ。君が願ったのは、ベールだけじゃない。彼女が寂しくないように、笑って過ごせるこの森そのものを、きっと変えたんだ」
きっと間違いじゃない。けど、示せるものは何もない。
木の葉一つも傷つけない、竜の気持ちを僕は信じた。
「……ならなぜオレは、あれが生まれた時に、友の一人も作れんかったのだ?」
「? それは君に他に友達が居なかったからじゃない?」
竜から返ってきた言葉は、僕が期待するような前向きなものではなかったけれど、先ほどまでのような悲壮感が漂うものでもなかった。
竜の疑問に対して、自分では当たり前と思って返した答えだったけれど、竜には堪えたのか喉の奥から呻き声のような音がする。それがなんだかおかしくて、少し安心もした。
「君とベールが友達だったから、今のベールが生まれて、僕が居る。僕とベールは友達だ。僕はそれが嬉しいし、君だって僕を友達だと言ってくれた。それで充分じゃない?」
「……そうなのかも知れんな」
「だから、もう一回言うけど、僕が出会ったベールを、もう二度とあれって言わないでよね」
「……わかった。誓おう」
その返答に満足し、意気揚々と僕は竜より前に出て先を急いだ。
けれど、すぐに枝にぶつかって木の葉が舞い、なんだか恥ずかしかった。
「クク、締まらないな」
笑いながら、竜はあの日のベールと同じ言葉を僕に投げた。
それが嬉しい。
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