第5話 弱くなっているな

 それから、何度でもという言葉通りに、僕は何度も竜に挑んだ。

 竜は人の形を保ったまま、あの変質させた地面から動かずにいつも待っていた。まるでそのために舞台を作ったみたいに。

 無策で挑むことを責めたわりに、舞台は広く、隠れて挑むことはできない。

 始めはすぐにあの泥地に戻された。


 その度に僕は次を考えながら急いで竜のところへ戻った。僕は疲れないから、すぐに戻れば竜の消耗にも繋がるかも知れなかったからだ。

 まぁ、それが実感できるほど甘いことはなかったけど。

 けれどその甲斐もあってか、森を駆けることも、そうする内にどんどん早くなっていった。


 固いか柔らかいかだけの、見た目を真似するだけだった擬態も、一部を変質させて伸縮させたり、鎧も鎧らしく更に固くできるようになった。

 また、固くした一部を切り離して、短時間だけど剣として使うことも出来るようになった。


 身体の半分を一度に消耗すると、どうやら泥地に戻されてしまうということも分かった。少しづつ強くはなっているとは思うけど、再生の速度は変わらない。だから、機動力を欠くとすぐに負けに繋がった。

 足がなくても転がれる。リムーバーゲルとしてベールに最初に提案された動作が生命線だなんて、ベールはやっぱり賢いなぁと、気づいた時には嬉しかった。


 何百と負けて、その内何度触れられただろう?

 それくらい、僕と竜の間の隔たりは大きかった。

 それでも、竜は宣言通り何度も受けてくれた。


「よっぽどヒマだったんだね」


 そうふとした時に伝えると、


「否定はせん。だから退屈させないようにせいぜい自分を磨け」


 皮肉に聞こえたのかもしれない。竜は自分のやっていることを鼻で笑った。

 竜は最初の内はほとんど言葉を発さずに僕を蹴散らした。本当に、言葉通りバラバラに。

 けれど、泥地から戻ることが早くなった辺りから、竜からの攻撃が見えるようになってきた。剣なのか、尾っぽなのか、マナによる風の刃や、氷への変質なのか。

 見えても避けられないから、更に何百と負けた。けれど、見極めて避けられるようになってきた頃から、竜は僕に言葉を掛けるようになっていた。


――お前にそもそも足はない。勇者の像に囚われてもお前には使いこなせん。

――今のも避けられないのか間抜け!

――この森のマナを活かせ。マナは生存の糧になるだけではない。お前が凍った時、オレが使用したチカラもまたマナだ。

――馬鹿者が! お前にもマナが使えるという意味だ! こなして見せろ!

――お前はあれと過ごした時間で何を学んだ! 俺にまた正面からなどど、赤子か!

――不死身を過信するな。この場で復活しないのなら、所詮しょせんは死んだことと同じだ。あれを手にかける時に駆けつけられまい。

――弱い! 弱いぞ!

――今のも無駄だ馬鹿者め!


 ……ほとんどは悪口や悪態だ。

 けれどいくつかは、僕の成長に繋がることだと感じた。繰り返すうちに生存する時間も長くなり、戦える時間が長くなれば、試せる手段や掛けられる言葉も増えてくる。

 マナの扱いも、イメージ次第ということが理解できてきた。僕の身体の性質に近い液体、朝露や雨水なんかを凍らせたりするくらいはできるようになり、すぐに蒸発していた分離した身体を凍らせて留め、に使うこともできるようになった。


 理由は絶対に言わないけれど、そうしたアドバイスとも受け取れる言葉に、退屈以外の理由があることは、僕にはもう分かっていた。

 竜がたまに、明らかにベールと僕が過ごした家の方向を見ていたから。そこには僕には図れない想いがあるのだということも分かっていた。


 竜は多分、いいヤツだ。

 ……最初は微塵みじんも思わなかったけど。


「そんなに気になっているなら。会いに行けばいいじゃないか。小さくもなれるなら、話もできるんだし。ベールも竜は怖いと言っていたけど、君なら友達になってくれる」

「ぬかせ」


 何度目かのこのやりとり。返事はいつも同じだ。

 ベールに会わない理由は分からない。

 だからまともに渡り合えるようになったら、一度彼女のところに戻ろうと最近は考えていた。行かないなら、連れて来よう。





「ふん。くだらん」

「これもダメか!」


 竜の背後から鎌状に伸ばし、視界の外から攻撃することを狙った僕の右腕が斬り飛ばされる。硬質化で、竜の爪の剣にはまだ及ばない。接触すれば強度でこちらが負けていた。

 距離を取り、再生まで逃げ回る。竜は広範囲の攻めはしてこない。手加減なのか、人型だからかは分からないけど、物語のような炎のブレスは吐かない。もしかしたら森を燃やすからかもしれない。


「チッ、すばしっこくだけはなったな」

「ありがと」


 戦いの舞台は度重なる挑戦で、至る所が削れたり盛り上がったりしていた。まぁ、ほとんどが竜の踏み込みでできたもので、僕じゃ硬くて歯が立たなかったけど。

 でも利用することはできる。その地面の凸凹を伸ばした足で掴み、急転回しながら追撃を避ける。

 右腕が復活し、すぐに僕は右腕を硬質化させ、左腕を輪切りにして地面に撒いて凍らせて留めた。


「……」

「……もう一回」


 その仕掛けを竜が滑ったりはしない。踏むとそこから氷を分解させるから、全く影響が見られない。それに構わず、こちらは凍らせた地面を利用しつつ速度を上げて回避に徹した。

 今回、泥地からここに戻る途中に腰に備えていた、朝露で湿らせておいたを落として凍らせながら、氷のフィールドを広げていく。布は森の木の皮を叩いて柔らかくしただけの物だけど、凍れば何でも良かった。

 それを何度か繰り返し、凍らせる範囲を広げる。


 物まで使って何かを狙っていることは伝わっているだろうけど、押し通してみせる。

 腕が再生した。この仕掛けに二度目はない。

 意を決したことが見て取れたのか、竜はじっとこちらを見ていた。


「準備はいいのか?」

「……お陰さまで、ね!」


 両腕をムチのように伸ばし、地面の凹凸を掴み、自分の足も氷のソリ状に変化させる。凍らせたフィールドを、さっきまで以上の速度で滑るようにして背後に回り込む。

 この戦場の悪いところは、立体的な動きが出来ないことにある。速度で勝り背後をついても、振り向けば対応は容易だ。

 なら、敢えてそれを誘えばいい。


「――この!」


 背後から竜のすぐ側の地面を掴み、直角に加速して一気に接近する。今までなら、この時点で腕を剣に変えていたけど、まだ変えない。必ず振り向いてくる。


「……こんなものか」


 そう、落胆交じりに竜が振り向いた瞬間、腕を引き寄せ屈伸して跳んだ。竜の頭上を越えて背面へ。今の足では踏ん張りは効かない。僕は着地を待たずに、引き寄せた腕を硬質化させ、槍のように竜の背に突き出す。


「ふん!」


 けれどその刃は、また瞬時に半身を捻った竜の肘によって体に届く前に撃ち落される。


「惜しかったな」


 そうニヤリと竜は牙を剥いた。

 ソリ状の足を地面に突き刺すように僕は着地し、予想通りの竜の反応に、策がはまったことを確信した。


「大丈夫。君が強いのは分かってるから」


 そう僕も笑った。

 それを諦めと感じたのか、竜への感嘆ととったのかは分からない。今回の勝負の決着に、満足そうに剣を振り上げた竜。

 その刹那、竜の背後に地面から氷のトゲが生え、黒い光沢を放つ鎧を、確かな音を立てて削り取った。

 僕が切った腕と、朝露の布を撒いて広げ続けた氷の仕掛け。マナを操り、棘状に凝縮させたのだ。

 作戦の成功に、僕の笑みが更に吊り上がるのを感じる。


「届いた」

「ふん。……見事」


 大したダメージにはなっていないのは明白。けれど、確かな一撃。

 竜は嬉しそうにも見えた。まぁでも、これまでよりも力の籠った竜の一振りに、僕はまた泥地に送られたのだけど。





 僕はさっきくらいの立ち回りがもう一度できれば、ベールと竜を出会わせても、彼女が危ない目にあった時に逃げ切れるのではないかと思った。

 また急いで戻って、挑もう。いまなら切り取った腕から直接棘が出せるくらいマナをイメージできそうだ。


 けれど、それから急に僕は竜に歯が立たなくなってしまった。

 竜が何か変わったわけじゃない。

 竜もまた、難しい顔をしていたから。


 思い通りに戦えず、すぐに泥地に送られる。

 何だか身体も重かった。

 ふと気づくと、泥地にと呼べるくらいに鮮やかな青い水が溜まっていて、なんだか嫌な予感がした。


「お前、弱くなっているな」


 泥地の変化に気づいて戻った時、竜もまたそう僕に告げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る