二十二年 九月 「子規忌」
野球の面白さを初めて日本に紹介し、俳句という五音七音五音のシンプルな定型詩の美しさを世に広めた、明治時代の天才俳人にして夏目漱石の親友。正岡子規。
その誰からも愛された陽気な青年の死は、一九〇二年九月一九日。享年三十四歳。
日本文学の鑑賞と言うと、まず必ず、いつ生まれた、いつ死んだ。家族は何人。愛人は何人。小説を書こうものなら、身近にモデルがいると決めてかかって、探偵のような執拗さで事細かく調べ倒しますが、そういうことをやらなければ研究者になれないとしたら、正直に申し上げれば「気持ち悪い」です。
詩人なら詠った詩に、小説家なら書いた小説にこそ、その人の訴えたいものは書き尽くされています。ストーカーのように身元を調べるよりも、作品を繰り返し繰り返し読んで、その文体に、物語に、構成にこそ作者を捜して欲しいと、わたしならば思います。
枕辺に父と語りし
作者の亡き父は若い頃から体が弱く、体調を崩しては薬を飲んで蒲団に横になっていることが多い人でした。でも性格は陽気で優しくて、一人っ子のわたしは学校から帰ると、父の蒲団の隣に寝ころび、今日の学校での面白かった出来事や、父の子どもの頃の話などを心ゆくまで語り合ったものでした。気づくと母もそばに来て、はなしに加わりました。あの幸福だった時代が自分の人格の核になっていると思います。今でも獺祭忌と聞くと病弱だった父と子規が重なります。
風と待つ最終電車や獺祭忌
九月はまだ夏の終わりで台風が行ったり来たりする頃です。あの日は残業に加えて電車が遅れて、とうとう最終電車に乗るはめになりました。プラットホームに立つと生温い南風が髪を乱します。いつ終電に乗れるのだろう。不安な背中を風が叩いて耳元で笑います。
居酒屋の木の香
日が暮れかけて、突然気づいた。今日は獺祭忌じゃないか。
正岡子規って奴は俳句はスゴい、俳句はもうとんでもなくスゴい。近代文学の本の解説も書いて、これもスゴい。仲間と酒飲んで騒いで、バカだからまだ若いうちに死んじまったんだ。母親泣かせて妹泣かせて、とんでもないやつさ。そんなバカだから供養のひとつもしてやろうかってことよ。おお、いいねえ。新しい店が開いてるよ。この新しい木の香りがいいんだよな。
子規よお、ここで飲もうぜっ。
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