第6話 嫉妬
好きな人。
黒天使が天界で出会った唯一の存在。心と呼ばれる存在しない臓器の造りが極めて近いのではないかと感じるほどの、感じるからこそ惹かれ、天使を放棄しても構わないのだと気付かせてくれた存在。
堕天使となり、メルトを名乗る彼女がそれを教えてから、狼――ロウの機嫌が悪いのは明らかだった。
「折角、仲良くなれたのに?」
拗ねるように眠るロウを放置して、メルトは遊びに来た少女――ベルの会話に相槌を打つ。
「そうなの! 私が仕事の間は他の子と一緒に過ごしてたみたいで。いつまで経っても大勢の中のひとりなんだなぁって実感して、自分が嫌になるの」
嫉妬の感情を近くで眺めながら、嫉妬を抱え込むお友達とチョコレートケーキを食べる。ケーキ屋で働くベルは、恋愛相談と称して訪れるたびにケーキをホールで持ってきてくれるようになった。
「……ってヤダ。メルトに話聞いてもらうと時間がすぐ無くなっちゃう! ごめんね、また会いに来ていい?」
「もちろん! また来てね。それと、ベルがそう思うのは当然だよ。自分を嫌いになる必要ないと思う」
彼女への肯定。単なる事実をメルトは純粋に告げた。
それだけでベルは溜め込んだ感情を変換するように表情を和らげる。
「……っ! メルト、ありがとう。また来るね、だいすきよ!」
ベルと話している
「嫉妬って良いよね……。
「しっと?」
「あれ? 知らない単語? 躾不足だね、ごめんごめん」
「何? しっと。好きなの?」
ベルが帰った途端、隣に座るロウをメルトは愛らしく思っていた。ロウは話を聞きながら言葉を吸収して成長していく。見ていて退屈しないのだ。
メルトは残ったケーキをぱくりと食べる。装飾を担当するチョコレートは、すぐに溶けてなくなった。
「好きだよ? こう、ドロドロっとしていて、プラスの感情ゆえに生まれてしまうもの。恋だったり、羨望だったりね。負の感情が生まれる瞬間ったら、どんな気持ちなんだろう! 体感してみたさまであるね!」
「
「舌触りが最悪だと、最高に好み」
「説明下手くそ。伝える気、ないだろ」
(ご機嫌斜めだなあ)
好きな人の話をして以降、ロウは不貞腐れたような調子を続けている。
(よく会ったこともない相手にその感情を向けられる)
メルトが天界で出会った唯一の存在は、悪魔らしくない悪魔だった。
恋に堕ちたというなら、そうなんだろう。目が合った瞬間の高揚感を貰ったのも、微笑みを閉じ込めたい衝動に駆られたのも、あれが初めて。
人の一生分くらいの時間を捧げて天界を探し回ったけれど、その悪魔が見つかることはなかった。神の創った世界は広いと、その時初めて思い知ったのだ。
悪魔も、天使も、死ぬことはないだろう。創造神の意志で消される、それ以外に消える術をメルトは知らない。
白い悪魔が天界にいないのは事実。感情の面白さを初めて共有した悪魔を特別にした。
彼と、もう二度と会えない天界で生きるのに天使は飽きたのだ。
それにしても。
(ここまで不機嫌になるとは)
「さっきの、ベルの話が『嫉妬』という感情だよ」
「自分が嫌になるって言ってた」
「それは『嫌悪』だね。『嫉妬』をする自分が嫌なんだって」
「なんで? 『嫉妬』は駄目なの?」
「駄目じゃないけど、醜いと感じる人が多いかもしれないね」
「なのにメルトは好きなの?」
「好きだねぇ。チョコみたいで」
「あいつが持ってくるケーキ。好きだよね」
「私、甘い物好きみたい! ずーっと食べていたいくらい!」
「俺は、別に」
フォークに突き刺したチョコレートのスポンジケーキを、メルトはロウに差し出す。『口を開けて』と言わなくても、狼は勝手に口を開けるようになった。
『別に』と言うロウの口まで運んでやれば、彼は拒むこともせず食べ続けてしまう。
「不機嫌な君は、たぶんもう知っているんだよ」
そんな君を、少しずつ愛おしく感じているよ。なんて言葉を告げるほど、メルトは優しい堕天使ではない。
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