第12話 証人喚問とその行方


 ミード公爵の反論を最初から分かっていたかのように、アリスはひるむことなく笑顔で返した。



「はい、ミード公爵閣下がお疑いになるのも無理はありません。ですが、当家の腸詰は実際にここ王都においても販売をしております。陛下のお膝元で『神罰』が下ったというお話は、一度でもございましたか?」


 そうたずねると、ジャイール王は首を横に振って否定した。



「いや、ないな。枢機卿は何か聞いたことは?」


「いいえ、そのような話は全く耳にしておりません。それだけの数が人の口に入っていながら、『神罰』が起きていないということは――おそらくは、そういうことなのでしょう」


 感嘆の声を上げた枢機卿を見て、王は満足そうに頷く。



「『神罰』の真実も納得がいく話であったし、対策も効果があったのだろう。実際にやってのけたことも賞賛に値するが――この逆境の中で、どうやってそこまでの実績を出せたのだ?」


 ブラッディ家に『神罰』下ったという噂は国中に広まっていた。


 他の話題に比べてその情報伝達の速さは驚くほどで、その要因にはどこかの公爵家が関与していたと思われるが――それはともかく。


 腸詰に限らず、長らく重宝されてきた保存肉さえ、誰もブラッディ家の食品を買おうとしなかった。少なくとも、一か月前までは。



「それにつきましては、私から説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 アリスの隣にいたヴェスターは王の質問に答えるべく、一歩前に出た。



「構わんぞ。申してみよ」


「ありがとうございます。では、簡単に説明をいたします」


 平民であるヴェスターは王と謁見すること自体が初めて。そして曲者揃いである五大公爵の視線に晒され、足が震えそうになる。


 だがこれも大恩ある母を救う為。背筋を伸ばし、堂々と胸を張って語り始めた。



「おっしゃる通り『神罰』の噂により、当家の食品を口にしようとする者は皆無でした。そこで私たちは、腸詰を使った料理の無料提供を始めたのです」


 無料という言葉に反応して、貴族たちはどよめきを上げる。



「無料提供だと? しかしいくらタダだからといって、死ぬ可能性のあるものを食べるような者は……」


「はい。ですので私たちはまず、貧民街で提供することにしました。彼らはたとえ『神罰』を喰らわずとも、飢えでいずれ死にます。ならば腹を満たしてから死にたいと思う者ばかりですから」


 どんなに栄えた街でも、どうしても貧しい者が出てしまう。それは王都も例外ではない。


 飢えは人の心に悪魔を宿らせる。腹を満たすためなら、どんな悪行を犯してもおかしくはないのだ。空腹とはそれほどまでに恐ろしい。



「ふむ、なるほどな。それで結果はどうだった?」


「はい。予想以上の反響がありました。始めは警戒心もありましたが、実際に食べた者たちから噂を聞きつけた一般層の民が集まり、連日のように行列ができました」


 最初は無料という言葉に惹かれて集まった人たちだったが、今では違う。


 ブラッディ領や王都に住む人々にとって、腸詰めはすでに日常の一部となりつつあったのだ。それこそ毎日食べても飽きないくらいに。



「ふぅむ、それほどまでにその腸詰とやらは美味なのか?」


「えぇ。もし興味がおありでしたら、是非陛下もご賞味ください。本日は献上品として用意もさせていただいております」


「おぉ、準備が良いな。では早速、余も味見をするとしよう」


 そうして急遽、審問は試食会へと変化した。

 アリスはこれを見越し、あらかじめ王城の厨房に開発した商品を預けてあった。そして用意されたのは、腸詰を使った野菜スープだった。



「こ、これは……!」


「なんと美味な……しかも干し肉とは違った食感がまた……!」


「素晴らしい。こんな美食があるなど、知らなかったぞ!」


「うぅん……! もう一杯!」


 貴族たちの反応は上々。中には涙を流しながらスープを飲んでいる者もいる。


 ちなみにこのレシピを思いついたのはアリスだ。


 ガラス工房で試作品を作った際、エメルダが腸詰の入った水まで飲み干していたことから発想を得た。腸詰から滲み出た旨味エキスは、そのままスープとしても有用だった。


 これには王城のシェフも驚き、是非とも使わせてほしいと懇願されたほどだ。



「……」


 そんな中、ミード公爵だけは一人無言のまま、食事を続けていた。



「ミードよ。お主は感想を言わぬのか? これほどの逸品なのだ。余もお主の意見を聞きたいのだが」


 王がミードに声を掛けると、彼は顔を上げて王を見つめた。


 その瞳には怒りの炎が灯っているように見えたが、それも一瞬のこと。すぐに表情を取りつくろい、口を開いた。



「恐れ多くも申し上げます。味は素晴らしいと思います。ただ一つ気になることがございます」


「なんだ?」


「はい。それはこのスープの製法です。ブラッディ家の腸詰を用いているとのことですが、それをどうやって王都中に広めたのでしょうか」


「ふむ、レシピの独占か」


「はい。我ら五大公爵は神饌の儀に向け、料理のレシピを日々研究しております。食材としての販売をしても、調理法を公開することは決してありません」


「なるほど。確かにその通りだ」


 ジャイール王は顎に手を当てて、考え込む仕草を見せた。


 他の公爵家の面々もそうだ。レシピというのは、ある種の財産と言っても良いだろう。


 だがアリスの口から、とんでもない発言が飛び出した。



「失礼ながら陛下、そして閣下の皆様。このレシピはすべて、一般公開いたしました」

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