第11話 逆転への序章


「……その後についてですか?」


 突然の話題転換に、ミード公爵がピクリと皺を寄せて反応した。


 表面上ではニコニコとした好々爺にしか見えないが、目は一切笑っていない。



「うむ。余は日頃より市井しせいの暮らしに興味があってな。くだんのブラッディ領に住む民がどのような状況にあるのか、少々気になったのだ」


「そうですなぁ……」


 ミード公爵はあごに手を当てながら、わざとらしく考える素振そぶりを見せた。



「私が聞いた話では、当主が神の怒りに触れて倒れ、民は不安で夜も眠れない日々を送っているとか。いやはや、なげかわしい事態ですな」


「ふむ、ミードの言う通りだったらしいな。しかしつい最近では、新たな商品の発売で大変な賑わいを見せていると聞いているが」


「なんですと!?」


 ミード公爵はくわっと目を見開き、彼にしては珍しく感情をあらわにした。



「それは本当なのですか陛下! ブラッディ家の信用は地に落ちたというのに、いったいどうやって!」


「落ち着くのだミード公爵。それに関しては事情に詳しい者を召喚しておる。近衛よ、呼んでまいれ」


 すると、傍に控えていた近衛兵の一人が扉を開けて退室していった。


 その間、ミード公爵は今にも噛みつかんばかりの勢いでジェリックを睨みつけていたが、すぐに落ち着きを取り戻した。だが表情は依然としてけわしいままだ。


 そうしているうちに近衛兵が一組の男女を謁見の間に招き入れた。



「紹介しよう。こちらがアリス=ブラッディと部下のヴェスターだ」


「初めまして、皆様。わたくしがそこにおりますブラッディ公爵の長女、アリスと申します」


 アリスはスカートのすそを持ち上げて優雅に挨拶をした。その所作は、今まで社交界で噂になっていたお転婆娘とはとても思えない。


 急ごしらえにしては上出来だ、と彼女の隣でヴェスターが苦笑いを浮かべている。



「アリスよ。そなたが説明してくれんか?」


「はい、かしこまりました」


 アリスは一礼をして、王や貴族たちに向き直った。



「まず、皆様にご報告しなければならないことがあります」


 アリスは一度深呼吸をしたあと、話を続けた。



「当家は『神罰』を受けていません」


 一瞬、謁見の間に沈黙が流れた。


 最初に口を開いたのはミード公爵だった。彼は眉間にシワを寄せ、アリスに問いただした。



「アリス嬢。貴女は何を言っているのですかな? ブラッディ家の人間が『神罰』を受けなかったなど、そんな馬鹿げた話があるわけがないでしょう」


「いえ、事実なのです。父たちや民は確かに、当家の腸詰を食べて体調を崩しました。けれど、それは女神様の神罰によるものではございません」


「はっ! そんなことあるはずが――」


「根拠はあるのか? アリスよ」


 ミード公爵が声を荒げると、彼の言葉を遮るように国王が口を挟んだ。



「もちろんでございます」


 アリスは静かに答え、自分の隣に立つヴェスターへとアイコンタクトを送った。


 ヴェスターは小さく首肯し、懐から一枚の紙を取り出して先ほどの近衛兵に差し出した。近衛兵はそれを主である国王陛下の元へと届ける。



「ふむ、なになに……これはブラッディ家が新しく発売した、商品の売上集計表か? 噂には聞いていたが、このひと月で随分と右肩上がりのようだ。これがどうかしたのか?」


「はい。ですが見ていただきたいのは金額ではなく、その販売数です」


「販売数? こ、これは……!」


「当初『神罰』が起きたとされた日に供された腸詰の数は、およそ百。そして今日までに販売された腸詰は二千を越えました。ですがあの日以外、『神罰』は一度も起きておりませんわ」


 ざわ、と謁見の間がざわめいた。


 問題を起こした料理がそこまでの実績を残せるはずがない。誰も口をつけたがらないのだから、当然である。



「バカな、二千だと……!?」


「まさか本当に……?」


 信じられないという顔をする者。「なにかの間違いだ!」と喚き散らす者などと様々。


 そんな中、ジャイール王は一人「ほほう、興味深い話だ」と愉快そうに笑っていた。



「『神罰』が起きる原因。それは食材自体が、人体に害をなすものに変化することだったのです」


 アリスは理路整然と、衛生という概念について語り出した。


 食べ物はあらゆる条件で腐敗し、それは食品工場や食べる現場の環境で起こりやすくなること。


 ブラッディ家の工場ではそれらを片っ端から改善していったことなど。ときには図を用いて(絵はヴェスターに代筆してもらった)説明をしていく。


 最初は疑わし気に聞いていた者たちも、彼女の説得力のある講義に次第に引き込まれていった。


 それはそうだろう。食材を扱う彼ら公爵家にとっても、他人事ではないのだから。



 そうして話し終わる頃には皆、アリスの話を信じるようになっていた。


 だが、その中でただ一人だけ。ミード公爵だけは違っていた。



(なんてことだ……。これでは儂の計画が台無しではないか!)


 アリスの話を聞いている間も、彼はずっと下唇を噛んでいた。そして彼女が説明を終えると同時に、耐え切れず反論した。



「お待ちください陛下。小娘の話を信じるおつもりですか!?」

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