第141話 尾行

「いや、俺も驚いたよ……」


 アティアスは青ざめたエミリスに答える。


「ま、まぁ……別に悪いことしてるわけじゃない……ですし……ね」

「そうだな……」


 どこからその話が漏れたのかはわからないが、隠してもいなかったし、彼女のような生い立ちの結婚談は良いネタだったのだろう。

 そのあたりを自覚していなかったのが失敗とも言えた。


「吟遊詩人が歌ってるってことは……あっという間に広まるんですよね……?」

「そうだろうな……」

「うーん。そのうち、その妻が実は魔女で、貴族を乗っ取ろうとしてた……とか、尾ヒレが付かないことを祈りますよぅ……」


 マッキンゼ領との騒動の話が広まれば、あながちそんなことになってもおかしくない。


「有り得なくはないな。特にエミーは色々目立つからな」

「あああ……。早くワイヤードさんに髪の色変える魔法教えてもらわないと……!」


 彼女は頭を抱えてうなだれた。


「……とりあえず帰るか?」


 アティアスが聞くが、エミリスは首を振った。


「いえ、こうなったら、今のうちにたっぷり遊んでおくことにします……!」

「ははは、大丈夫だって。心配しなくても、女王様ほどの有名人にはならないから」

「ほんと女王様とか大変ですよねぇ……。どこに行くとしても、護衛が付いてないとダメですよねぇ?」

「……そりゃそうだろうけど、俺を護衛してるエミーが言う台詞じゃないぞ、それ」


 呆れつつアティアスが諭す。

 確かに、四六時中彼の護衛をしてることを考えると、あまり大差ないのかもしれない。


「そうかも……。って考えると、さっき女王様がワイヤードさんだけを連れて来られたのって、やっぱり相当ですよね……?」

「だな。俺でも1人だけしか護衛を付られないってなれば、エミーのほかだとノードくらいだよ。信用できるのはな」


 横に座る彼女の肩に腕を回して、近くに抱き寄せながら言う。


「ふふ、ありがとうございます。アティアス様に居なくなられると困りますからね」

「俺もエミー居なくなると困るからな。……早く片付けて帰りたいな」

「はい、私にお任せください。……アティアス様のためなら、喜んで魔女にでもなりますよ」


 ◆


「……いるな? 入っていいか?」


 エレナ女王との謁見から3日経った日のこと。

 2人が宿でのんびりしていると、唐突にノックされ、ドア越しに声がかけられた。


「ああ、大丈夫だ」


 アティアスが返答すると、ドアが開けられてワイヤードが顔を出した。

 エミリスが気付かなかったことを考えると、いつもの分身体のようだ。いきなり部屋に現れることもできたのだろうが、わざわざノックして入ってきたということは、それなりに気を使ってくれたのだろうか。


「明日奴が動く。……やるぞ」


 単刀直入にワイヤードが話すと、聞いた二人に緊張が走った。


「……どこに行く感じでしょうか?」

「明日、王子は何人か護衛を連れて、郊外へと狩りに行く予定になっている。……あいつの趣味なんだ」

「なるほど。……野盗にでも扮して、それを襲うってことか?」

「そうだ。ただ、手ごわいぞ? 大丈夫か?」


 ワイヤードの言葉に、エミリスは頷く。


「外なら負ける要素はありません」

「大した自信だな。……それじゃ、頼む。一応、あいつの予定は紙に書いてきたから渡しておく。……後始末は俺と女王に任せろ」

「わかりました」


 そう言って二人にメモを渡し、ワイヤードはふっと消えた。


「どうやるつもりだ?」


 アティアスが聞くと、エミリスは軽い口調で答える。


「えっと、空から大きめの石を投げつけるだけで良いかなって」

「ふむ……。確かにな」


 自分が飛んでしまえば、相手が飛べない限り反撃される心配はない。

 あとは死ぬまでひたすら石をぶつければいい、という算段だった。


「雹が降ることもあるんですから、石が降っても自然災害ですよねぇ……?」

「いや……それは違うと思うぞ?」


 彼女のつぶやきに、アティアスは呆れて首を振った。


 ◆


「ワイヤードさんのメモの通り、何人かの気配があります」


 街道から少し離れた場所に身を潜めている二人は、街道を行く馬数頭の気配を感じ取っていた。

 話の通りなら、王子と護衛数人、というところだろう。


「そうか。見つからないように追うぞ」

「わかりました。でも相変わらず、王子の気配は感じられませんね。……乗ってる馬だけは分かるのですけど」

「それもあの指輪の効果なのかな? 厄介なものだな」

「本当にそうですねぇ……」


 彼女は頷きながらも彼の腰に手を回し、少しだけ地面から身体を浮かせた。

 そのまま目立たぬように草を陰にしつつ、王子の一行から一定の距離を保って付いていく。


 しばらく走ったあと、王子たちが止まったのは、王都から2時間ほど離れたところにある広い草原だった。


「……ちょっと広すぎますね」

「確かに、ここだと目立ちすぎるな」

「はい。よほど高く飛んでも見えちゃいますしね」


 草原はかなり広く、今二人はその周囲を囲む林の中から様子を窺っていた。


「狩りってどんなことするんですか?」

「まぁ色々だけど、一般的なのは弓とかで獣を狙ったりだな。魔法で追い立てたりして……」

「なるほど……」


 今はこちらからも目視で見えるほどの距離ではないため、逆に相手からも見られることはないだろう。

 そのため、何をしているのかも当然分からない。


「ここからだと、流石に狙えないか?」


 アティアスが聞く。彼女は少し悩んでから答えた。


「えっと、このくらいの距離なら私は大丈夫ですけど、あの王子は正確な場所が分からないので……。できれば目で見える範囲に来てほしいです」


 王子の居場所を魔力で感知できないということは、場所も曖昧だということか。

 おそらく護衛の者の近くにはいるのだろうが……。


「そうか。そうだよな……。しばらく様子を見るか」

「そうしましょう」


 エミリスは頷いて、草原のほうに意識を集中しながら身を屈めた。

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