第142話 獲物

「なかなかですねぇ……」


 王子の狩りは、草原を時折移動しながらも続いた。

 ただ、視界に入るほど、2人の方には近づいてはこない。


「もう見られるのを覚悟して、こっちから行く方がいいんじゃないか? 飛んでれば反撃されることはないだろ?」

「……そうですね。そうしましょうか」


 アティアスの考えに、エミリスも頷く。

 確かに見られたところで、向こうには逃げ場もない。それに始末してしまうのだ。

 護衛の者達には罪はないが、ワイヤードがなんとかしてくれるだろう。


 ひとつ深呼吸したエミリスが真剣な顔で、魔力を練ろうとした――そのとき。


「ようやくか」


 2人の背後から声が聞こえた。


「――え?」


 慌てて振り返ると、そこには抜き身の剣を持った男が立っていた。


「……あなたは……!」


 魔力で感知できない男……となれば、考えられるのはターゲットの王子――ビズライトしか考えられなかった。

 前回は顔が隠されていたため、確信は持てなかったが、声は覚えていた。


「鼠が尾けてきてたんでな。ちょうどいい狩りだと思って来てみれば……またお前とはな」


 のんびりした口調で、ビズライトは話した。


「……エミー、間違いないか?」


 アティアスも剣を抜きつつ問う。


「はい。この前の男に違いありません。――ビズライト殿下、ですよね?」


 その問いに答えつつも、彼女は本人に確認する。


「ああ、その通りだ。……この前は逃したが、今日は逃さんぞ?」


 ビズライトはジリっと足を踏み出す。

 全く音がしないその動きは、相当鍛錬していることを窺わせる。


 ――その瞬間。

 咄嗟にエミリスがアティアスの腕を掴み、空に逃げようとした。


「おっと!」


 ――ギィン!


 しかし、目にも留まらぬ速さで距離を詰めたビズライトが、エミリスに切り掛かってきたのを、彼女の手を振り解いてアティアスが剣で弾く。


「アティアス様っ!」


 その反動で2人の距離が少し離れてしまう。


「逃げられると厄介だからな」


 ビズライトは彼女しか見ていない。

 飛びあがるタイミングを逃した彼女は、ごくりと唾を飲み込み、自分も剣を抜いた。

 剣で戦うのは到底無理だが、それでも無いよりは良い。抜いた剣がうっすらと光る。


「……変わった剣だな。試してやる。……来い」


 呟きながら、獲物を見る目でビズライトは彼女を見ていた。

 この間合いなら、逃がさない自信があった。

 あとは適当に痛めつければいい。

 先ほどの身のこなしを見て、男の方は大した腕では無いことはわかっていた。


「……来ないなら、こっちから行くぞ?」


 ビズライトは一歩ずつ、彼女に詰めていく。

 同時にエミリスも、その隙のない雰囲気に圧倒され、じりじりと後ずさる。


「――爆ぜろ!」


 その様子を見ていたアティアスが、突然魔法を放った。――その2人のちょうど間に。


「――――!」


 どちらにも魔法が通じないのはわかっていた。

 ただ、その爆裂魔法の余波で、周囲に土埃が立ち込める。


 それをチャンスと見たエミリスは、一気に空に逃れることに成功した。


「ちっ! ……舐めた真似を」


 ビズライトは平然としているが、取り逃したことに舌打ちする。

 代わりにアティアスへと向き合う。


「……アティアスか。どこかで聞いた名だな。まぁ関係ないが」


 言いながら距離を詰めて、アティアスに剣を打ち付ける。

 アティアスはそれを必死に捌く。

 全く力の入っていない太刀筋だが、それでも腕の差は大きく、遊ばれているようだった。


「――くっ!」

「ふむ……基本はできているようだな」


 ビズライトが講評しながら、徐々に速度を上げていくのを、防戦一方で対処していた。


 その頃、エミリスは空からその様子を伺っていた。

 彼女の周囲には、武器となる拳大の石が多数浮かんでいて、いつでも打ち出せる準備はできていた。

 ただ、今撃てばアティアスにも当たってしまう。

 ――隙をただ待ち続けるしかなかった。


 ビズライトもそれに気づいていた。

 アティアスを始末するのは簡単だが、そうすると盾がなくなる。人質のようなものだ。

 剣を打ち付けながら、考えを巡らせる。

 そして――


 ――ドゴッ!


「ぐはっ……!」


 交叉する瞬間に、膝をアティアスのみぞおちに蹴り込んだ。

 纏っているレザーアーマーなど無いかのような衝撃で、アティアスは崩れ落ちる。

 ビズライトはその首元を掴んで、剣を突きつけた。


「ふ……雑魚が。――おい、女。さっさと降りてこい。……大事な男が殺されたくなければな」

「――くっ!」


 エミリスの方を見て、ビズライトはニヤリとした。


 ◆


(……どうする?)


 エミリスは冷静に考えを巡らせる。

 人質とはいえ、自分がここで狙える位置にいる限り、ビズライトがアティアスを殺すことができないのはわかっていた。

 自分が降りていくと2人とも殺されるだけだ。


 だからと言って、今ここでできるのは何があるだろうか――?


 動かないエミリスに、ビズライトが焦れて口を開く。


「……別にコイツを切り刻んでいっても構わんのだぞ?」


 言いながら、ビズライトはアティアスの耳に剣を沿わせる。


「…………」


 エミリスは内心焦りつつも、挑発に乗る訳にいかないことも同時にわかっていた。

 なにか手はないか。


 ――ひとつだけ、思いついたことがあった。


「……まずは耳を削いでやろう」


 ビズライトが呟いたとき、エミリスが動く。


 ――ドオオーン!!


 先ほどのアティアスの爆裂魔法などより強く、しかし同じように、アティアスの足元に向かって魔法を放つ。


「なにっ⁉︎」


 ビズライトではなく、アティアスに向けて放ったそれは、彼を大きく吹き飛ばした。

 通常なら、この威力を受けると人間などバラバラだろう。

 しかし、エミリスは元々彼には魔法から守るよう、防御壁を張っていた。


 自分の魔法同士が弾けあって、ビリヤードのように彼とビズライトの距離が開く。


「アティアスさまっ!」


 跳ねる彼の身体を、彼女は魔力で器用に絡め取って、自分と同じようにビズライトの間合いから引き剥がした。


「荒っぽいな。……でも助かったよ」


 まだみぞおちの痛みに耐えながらも、彼が礼を言う。

 その光景をビズライトは忌々しく見ていた。

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