第140話 噂話
「エミーの髪が黒いと、新鮮な感じがするな」
謁見からの帰り、王都を歩きながら、アティアスは隣を歩く彼女の黒い髪に触れた。
「そうですか? 自分だとあんまりわからないですけどね……」
「ワイヤードはほんと凄いな。魔法でさっと髪の色変えたりもできるのか……」
しばらくは王子の動向を見ながらチャンスを探すとのことで、それまで二人は王都に滞在することとなった。
帰り際「その髪だと目立つだろう」と言って、ワイヤードが彼女の髪を黒く染めたのだ。とはいえ、あくまで他人からそう見えるようにしただけで、実際の色は変わっていないらしい。
数週間で効果は無くなるらしいが、今は眼鏡を掛けていることもあって、あれほど目立っていた彼女の特徴はほぼ消えていた。
「得体のしれない方ですね。……それに、女王様も結構気さくな方でしたね」
彼女は先ほどの感想を呟いた。
「そうだな。式典の時の女王様とは雰囲気が全然違ったよ。それに、ワイヤードがすごく信頼されてるんだな。それにも驚いたよ」
「ですねー。あんなにぶっきらぼうで歳も全然違うのに、昔からの友人みたいな感じがしましたよ」
彼女が何気なく言ったことだったが、それに引っかかる。
「……なあ、もしかして歳と見た目が違うってのはあり得るのか? エミーみたいに……」
「うーん……。まぁ、確かに……」
「簡単に髪の色だって変えられるんだったら、本当のことは分からないからな」
「なるほど。すごい魔力持ってそうですし。それなら、女王様が若い頃からってのもあり得ますね」
推測の域を出ないが、まったくあり得ない話ではなかった。
なにしろ、身近に同じような存在が実在しているからだ。
「ま、勝手な推測ばっかりしてても仕方ない。幸い目立たなくなったんだから、しばらくは王都をぶらぶらするか」
「はいっ! 楽しみですー」
◆
「……ん? どうした?」
あてもなく散歩をしていると、ふとエミリスが足を止めたのに気づき、アティアスは声をかけた。
「…………」
集中していてその声に気付かなかったのか、彼女は無言で店のショーケースに貼り付いていた。
何がそんなに気になるのかと、彼も近くに行く。
「あ、アティアスさま……! これ……」
彼女が見つめていたのは、レストランのメニューの見本が収められたショーケースの一角だった。
そこには、何人分か分からないほどの巨大なパフェが鎮座していた。
隣の普通サイズのパフェがミニチュアに見えるほどで、様々なフルーツやアイスクリームがこれでもかというほど乗せられている。
「これはすごいな……」
アティアスの言葉に、彼女はコクコクと頷く。
食べきるのに10人くらい要るんじゃないかと思える大きさだが、値札も1万ルドと、普通サイズの10倍だ。
「……アティアスさま、ここ見てください……!」
「ん?」
彼女が指さしたそこには、小さな文字で「一人で食べきったら食事代無料! さらに1万ルド差し上げます(制限時間30分)」と書かれていた。
「これ、私のためにあるメニューですよね……?」
自覚があるのか、ちらりとアティアスの顔を覗き込む。その口元からは涎が滲んでいた。
「……好きにしろ。俺はこの小さいのでいいよ」
その言葉を待っていたかのように、彼の腕を引き摺って店に入っていった。
◆
「うっふふふ……♪」
満面の笑みでレストランを後にするエミリスは、手に1万ルドの銀貨を握りしめていた。
「……おいしかったか?」
「はいっ! 毎日これができるなら、食費もかからなくてお金稼げて、最高なんですけどねぇ……」
「そりゃ無理だろ。ああいうのは1回だけだからな。……それにしても、パフェとハンバーグ食べた後に「『食事代』が無料なんですよね?」とか言って、ハンバーグまで無料にさせるのは酷いと思うぞ?」
呆れながら白い目で彼女を見る。
「ちゃんと書いてあった通りですしー」
「想定してなかったんだろうな。慌てて『パフェ代無料』に書き直してたからな」
「ですねぇ……。でも、1回でも無料で美味しくいただけたので私は満足ですー」
無料どころか、少なくない金額を手に入れたのだ。
しかも彼女にとってはさほどの量でもなかったらしい。
「で、お腹も膨らんだし、このあとどうするんだ?」
「んー、まだあんまり街を歩いてませんから、もっと歩きたいです。なんか楽しいところないですか?」
彼女の質問に、アティアスは少し考えこんで、思い当たるところを探す。
「そうだな……。この先に大きな噴水がある。観光客も多いところだから、一度見ておくのもいいんじゃないか?」
「噴水ですか。水浴びするにはちょっと寒いですけどね」
「子供じゃないんだから、夏でも噴水で水浴びは恥ずかしいぞ?」
「もちろん冗談ですよぅー」
笑いながら二人は噴水に向かう。
その噴水は、大通りの途中に作られた広場にあった。
それを間近に見たエミリスは感嘆の声を上げる。
「うわー、思ってたより大きいですねー」
どういう仕組みか分からないが、水が高く噴き上がり、日光を浴びて虹を作っていた。
夏場ならさぞ涼しく感じるだろう。
「前も来たけど、ここのは大きいからな」
「ここまでのは初めて見ました。すごいですねぇ……」
二人は近くのベンチに腰掛けて、噴水を眺める。
幾人もの観光客が同じように見に来ているのを横目に。
ふと、エミリスが視界の脇にできていた人だかりに気付く。
「ん、あれなんですかね?」
「何か人が集まってるな。近くに行ってみるか?」
「そですねー」
ベンチを立って、人だかりに近づく。
行列ができていると、つい並んでしまうのと同じような心理だった。
「あれは、吟遊詩人か……?」
人だかりの中心にいたのは、旅の吟遊詩人のようだった。
リュートを操り、流れるように語る彼の姿には、人々を引き付ける魅力があった。
途中から聞き始めた一曲が終わり、次の題目はどうも辺境貴族の恋愛を歌うようだった。
なるほど、一般の人たちが好む身分差の恋愛劇か。そう思いながらアティアスは続きを聞く。
旅をしていた貴族の若い男と、その途中で出会った奴隷の少女。
そんな二人が惹かれあい、そして最後には結婚して幸せになる。
そういう話だった。
「……なんか、私たちみたいで背中がむず痒くなりますね」
エミリスが小声で彼に耳打ちする。
確かに、聞いていると自分たちのことを歌っているようにも聞こえてくる。
「そうだな……」
それにしてもよくこんな話を創作できるものだと感心する。
その話は結婚式を挙げたところで終わりだった。
吟遊詩人もいったん休憩のようで、人だかりが散っていく。
興味をもったアティアスは、吟遊詩人に話しかけた。
「先ほどの歌は創作ですか? それともなにか……そういう話があったのでしょうか?」
40代ほどの小柄な吟遊詩人は、彼の質問に答える。
「先日、旅をしているとき耳に挟んだ話をもとに、少し創作を加えております。……ゼバーシュの貴族が、そのような少女を妻にされたということで、私たち吟遊詩人の中では話題になりましたから」
「へぇ……。そうなんですね。ありがとうございます」
「いえいえ。またお聞きにいらしてください」
二人は平然を装いつつも、内心は少し焦る。
似ている話どころか、まさに自分たちのことが元になっていたとは……!
チップを渡して、二人は先ほどのベンチに戻った。
「……もしかして、私たちって知らない間に有名人……?」
しばらくして、エミリスが青い顔でポツリと呟いた。
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