第139話 謁見

「城は目につくから、お忍びで出てきてくださる」


 翌日、アティアス達を迎えにきたワイヤードが案内したのは、以前にも行ったことのある詰め所の一室だった。

 もっとも、迎えのワイヤードは分身体のようで、案内後「しばらく待っていてくれ」と言い残して消えていった。

 本人はエレナ女王の警護をしているのだろうか。


「ドキドキしますね」

「俺もだ。雲の上の存在だからな」

「アティアス様から見てもそうなんですね……」


 落ち着かない様子で、エミリスにしては珍しくそわそわしていた。

 女王がお忍びで城を出るなど、聞いたことがない。

 それとも意外にもそういうのが好きな方なのだろうか。今まで話したこともなく、人柄も含めて噂でしか聞いたことがない。


 30分ほど経った頃だろうか、エミリスが口を開いた。


「来られたようです」


 それから程なく、部屋の扉が開く。

 まずワイヤードが入室し、そのあと帽子を深く被った初老の女性が入ってきた。

 彼女がエレナ女王なのだろう。


 アティアスはその顔を見て、すぐに恭しく膝をついた。

 それを見たエミリスも同じように真似をして頭を下げる。


「お二人とも、そんなに気を遣わないでちょうだい」


 ワイヤードの手によって扉が閉められたことを確認したエレナ女王は、帽子を取って笑顔を見せた。


「ははっ。お気遣いありがとうございます」


 アティアスの返答が気に入らなかったのか、女王は少し顔をしかめた。


「だーかーらー、普通にしてくださいね。……ほら、立って」

「は、はぁ……」


 立てと言われて困惑しながら2人は女王の前に立った。

 女王はエミリスと変わらないほど小柄なこともあって、アティアスからは見下ろすようになってしまう。

 その茶色の瞳と目が合った。


「あなたとは何度か会ってますね。……で、こちらのお嬢ちゃんは、初めましてですね」

「はっ、はい。わ、私はエミリスと申します。はじめまして!」


 緊張してガチガチの彼女は女王に頭を下げた。


「うふふ。エレナと言います。どうぞよろしくね」

「よ、よろしくお願いしますっ」


 女王が差し出した手を、エミリスはおずおずと握った。

 しかし、女王はそのままその手をぐいっと引いて、彼女をそっと抱きしめる。


「じょ、女王様……?」


 戸惑うエミリスの背中をポンポンと叩き、女王はそっと身体を離した。


「さ、座りましょうか」


 着席を促され、女王とワイヤード、そして2人は対面するように着座する。


「大体の話はワイヤードから聞きました。巻き込んでしまってごめんなさいね」

「いえ、元々首を突っ込んだのは私たちの方ですから。奴隷商はなんとかしないといけないと思っておりましたし」

「そうよね。わたしもずっと手は尽くしてたけれども、なかなかねぇ……。それにしても、まさかビズライトが一枚噛んでたのには、気づかなかったわ。でも王位を譲る前でよかったと言えるのかしら……?」

「……お聞きしにくいのですが、女王様はどのようにお考えでしょうか?」


 女王に対し、アティアスは言いにくそうに質問した。


「捕えるしかないわね。でも、あの子にはあの指輪があるから、そう簡単にはいかないでしょうけど……」

「指輪……?」


 聞き返すと、代わりにワイヤードが答えた。


「ビズライトが身に付けている指輪は、ここの王族に伝わる加護の指輪だ。かつて魔人が贈ったものだと言われてるが……あれは、どんな魔力でも吸収してしまう。だから、あいつには魔法が効かないんだ」


 ワイヤードが王子に対して「あいつ」呼ばわりするのは、よほど嫌っているのだろうか?

 そこでエミリスが疑問を投げかける。


「ええと、その指輪を女王様ではなくて、なぜ王子が持っているのですか?」

「いいえ、わたしも持っているのよ。指輪は1対あって、もともと王と王妃が付けているもの。でもわたしは独り身だから……」


 そのもう1つの指輪を先に王子が身につけているということか。


「なるほど……。でも魔法以外には効果がないんですよね?」

「そうだ。だが、あいつの剣技は昔から飛び抜けていた。生半可な腕じゃ、太刀打ちできないぞ」

「確かに、身のこなしにはびっくりしましたね。……ただ、タネが分かってしまえば、それほど怖くはないです。戦う場所を選べるなら、いくらでも対処のしようがありますから」


 自信を持ってエミリスは言い切った。

 魔法だけで戦うしかなかったあの場所では不利だったが、自分の得意な場所に持ち込めば勝てると踏んでいた。


「ただ、曲がりなりにも相手は王子だ。1人で出歩くことは滅多にないし、大っぴらに戦いを挑むわけにもいかない。捕えたとしても、奴隷商に関わっていたことを証明できなければ、分が悪い。……王子派の重臣も多いからな」


 ワイヤードが忌々しく話す。


「確かにそうだな……」


 アティアスが同意すると、エミリスが呟いた。


「……それじゃ、いっそのこと暗殺しますか?」

「流石にそれはまずくないか?」


 そう言いながら女王の方にちらっと顔を向けた。

 女王はしばらく考え込んでいたようだが、真剣な顔で口を開いた。


「……いいえ。それが一番かと、わたしも思うわ。……王都を離れるときを見計らって――始末しましょう」


 その瞳には、確固たる意志がはっきりと宿っていた。

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