第133話 報酬

「ど、どうなってるんですか……⁉︎」


 真っ二つになった丸太を見下ろして、エミリスは目を丸くしていた。

 とはいえ、自分が切ったとしか思えない状況だ。


「わしも聞きたいくらいだ。……同じような剣を何本か魔導士に使わせたことがあるが、こんなのは見たことない」


 ガーブの話を聞いて、アティアスは彼女から剣を受け取る。

 しかし、彼女が持った時のように、宝石が光ることもなく、もちろん刀身もそのままだ。


「俺も魔導士だが、持っても何も変わらないな」


 そう言って、アティアスは目の前の丸太の残った部分を切りつける。

 だが、丸太の表面で『ガッ!』という音がして、少し皮がめくれた程度で、刃は止まった。


「うん、普通はこんなもんだよな」


 頷いて彼女に剣を返すと、また刀身が光る。

 やはり彼女が持つことで、何か影響を受けているのだろう。


 改めて、ゆっくりと丸太に剣を添えると、そのままバターでも切るかのように、刃が木に沈み込んでいく。

 もはや切っているというよりも、溶かしているようにすら見える。


「……なんか凄いですね、これ」

「ああ……」


 彼女が剣を鞘に仕舞い、柄から手を離すと光が消えた。


「よくわからんが、まぁ使ってくれ。……これから次の剣を打つから、またな」

「ああ、ありがとう」


 工房に戻っていくガーブを見送り、2人は借りた家に戻ることにした。


 ◆


「で、結局何なんでしょうね?」


 テーブルの上に置いた剣をペタペタと触りながら、エミリスが呟いた。

 色々試していると、柄を握った時だけではなく、剣の近くで彼女が魔力を放出すると光るようだった。


「さあな。ただ、エミーの魔力に反応してるのは間違いないだろ。丸太はともかく、鉄とかもっと硬いものだとどうなるのかわからないが……」

「今度試してみましょうか。ちょっと怖いですけど……」


 あまりに切れすぎるのには恐怖心が勝る。

 レザーアーマー程度なら、強度を無視して切り裂くことができるだろうことは、容易に想像できるからだ。もちろん、その中の身体ごと、だ。


「無闇に使うのは危ないだろうな。まぁ、エミーなら剣が無くても大丈夫だろうから、本当に危ない時くらいだろうな、使うのは」

「ですね……。ナイフもありますし、いざという時だけにしておきます。あ……パンを綺麗に切るのに便利そうですね」

「やめろ。まな板やテーブルごと真っ二つになるぞ?」

「むー、いい案だと思ったんですけど……」


 これほどの切れ味なら、切りにくいパンでも綺麗な断面で切れるだろうと考えたのだが、確かに彼の言うようにまな板ごと切れてしまうだろう。

 エミリスは立ち上がると、鼻歌を歌いながらお茶を入れに行く。


「ドワーフのお茶って、意外と繊細なんですよね」

「剣や工芸品も装飾が凝ってるし、そういう気質なのかな?」

「でしょうかね。失礼ですけど、ご本人の見た目はあんまり気にしてなさそうなんですけど……」


 ドワーフ族は皆ラフなヒゲを生やしていて、服も結構汚れていたりと、あまり自身の身だしなみには気を使ってなさそうだった。

 とはいえ、その手で出来上がるものは繊細で、とても彼らが作ったとは思えないものばかりだ。


「それだけ職人なんだろうな。俺には良くわからないけれど」


 エミリスは、カップとお湯を入れたティーポットをテーブルに置き、自分も椅子に座る。


「で、この後どうします? まだ昼前ですから、王都に帰るくらいの時間はありますよ」

「エミーはどうしたいんだ?」


 逆に聞かれた彼女は、少し視線を泳がせたあと、言いにくそうに答えた。


「……えっと、私はクレープが食べたいです。えへへ……」

「あはは! エミーらしいな。じゃ、昼を食べたら一度戻るか」

「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げてから、彼女は笑みを浮かべた。


 ◆◆◆


「はい。確かにご依頼が達成できたことを確認させていただきました。報酬は金貨で構いませんか?」


 あれから数日経ってから、改めてドワーフの村に行き、完成した剣5本を受け取ってギルドに届けた。

 顔見知りになったマーガレットと話すと、この短期間で完了させたことに驚かれるとともに、報酬の支払いを受けることになった。


「ああ。それで構わない」

「それでは、こちらお受け取りくださいね。あ、受け取りのサインをお願いします」


 マーガレットは報酬の200万ルド、つまり金貨20枚を事務室の金庫から出して、トレーに置いてアティアスに差し出した。

 枚数を確認し、さらさらとサインを書いた彼は、その金貨をそのままエミリスに手渡す。


「……ええっと?」


 いつもお金はアティアスが持っていて、彼女はいざという時の小銭くらいしか持ち歩いていないことから、彼の意図が分からず戸惑う。

 初めて持つ20枚もの金貨は、ずっしりとした重みを感じた。


「今回、荷物運んだのもエミーだからな。お小遣いだ。好きなように使っていいぞ」

「い、いえ……さすがにこんな大金は……」

「気にするなって。そもそも修理のついでに貰った報酬だからな。それに、エミーは俺の妻なんだから、どっちのものってこともないだろ」

「そ、そうですか……。では、私が預かっておきますね……」


 恐縮しながらも、彼女はいつも小銭を入れている袋へと、大事に金貨を仕舞い込んだ。


「この依頼は定期的にありますので、また是非よろしくお願いしますね。報酬は都度変わりますけど」

「ああ、機会があったらな」


 マーガレットは笑顔で2人を見送る。

 2人にとっては比較的簡単な依頼だ。これほど稼げるならありがたいとは思うが、いつまでも王都にいるわけにもいかない。

 もうこの仕事を受けることはないだろうなと思いながら、ギルドを後にした。


 ◆


「……アティアス様。離れないでください」


 ギルドから宿への帰り道、人混みの中でエミリスは彼にそっと耳打ちした。

 彼女はいつものように彼の腕に手を回しているが、少し力を込めるのがわかった。


「どうした?」

「詳しくわかりませんけど、しばらく付いてきている人がいます」

「……何人だ?」

「男が1人です」


 もしかすると人身売買の組織だろうか。

 それにしては1人というのは意外だ。


「人混みのないところで接触するか?」

「承知しました」


 示し合わせて、2人は近くの路地に足を踏み入れる。

 そして、ある程度進んだところで、振り返った。


「……こんな辛気臭いところで話をしたくはないがな。もう少しマシなところはないのか?」


 そこに立っていた男は、2人に向かってニヤリとした表情を見せた。


 ◆◆◆


【第9章 あとがき】


「ようやく私の剣が修理できましたよっ!」

「壊してから2章も掛かるとはな……」


 元気いっぱいのエミリスに対して、アティアスは少し疲れが見えていた。


「まぁ、金貨20枚も貰ったら、結構稼げたんじゃないですか?」

「何を言ってる。あの定期船の運賃はそれどころじゃないぞ?」

「え……そうなんですか……?」

「ああ、船は高いんだ」

「……全然知りませんでした。じゃ、やっぱり陸路が一番ですね……」


 楽ではあるけれど、あんなに怖いのが高いのかと思うと、あまりメリットが感じられなかった。


「そうだな。荷物がすごく多い時は船が楽なんだけどな」

「なるほど……」


 商人が多くの商品を運ぶのには便利なのだろうことは理解できた。


「まぁそれはそれとして。そろそろ王都編も終盤ですね」

「ああ。……『王都編が』と言うよりも、この物語自体が終盤だ」

「えぇえーっ。終わっちゃうんです? 嘘ですよね……?」

「いつまでも続けるわけにもいかんだろ?」


 腕を組んだアティアスは難しい顔をした。


「そうかもしれませんけど……。なんとかなりません?」

「……ならないと思うぞ? 最後の感想で希望が多ければもしかして……?」

「うぅ……。それに期待するしかないですね。……あと何話ですか?」


 苦い顔をしながらエミリスが聞いた。


「俺が聞いてるのは、あと31話だ。ちょうどあと1ヶ月だな」

「なるほど。少なくともそこまでは続くってことですね?」

「ああ、そうだな」

「と言うわけでみなさん、それまでに長文レビューの準備をするのですー」

「おい、やめ――」

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